※「開国博Y-150」は、9月27日(木)をもって終了いたしました。

横浜はじめてグルメ

横浜は開港以来、食文化の発信地(発祥地)であったため、様々な”はじめて”が存在します。
  • 食肉
    居留地最初の屠牛は、一八六〇年(万延元年)春、横浜ホテルで行われた。食肉業者の第一号はアイスラー・マーティンデル商会。慶応元年には、外国側の要求により、幕府が北方村字小港に公設屠牛場を設けた。
  • 氷とアイスクリーム
    開港直後からボストン氷が輸入されていたが、記録の上で確かなのは、一八六五年(慶応元年)五月にリズレーが天津氷を輸入し、アイス・クリーム・サロンを開いたのが最初。明治二年には中川嘉兵衛が函館氷の切り出しに成功した。
  • 牛乳
    一八六六年(慶応二年)四月頃、リズレーの開いた牧場が最初。ジェイムズ商会の横浜牧場がこれに続く。日本人では中川嘉兵衛、下岡蓮杖が早い。従来最初とされてきた前田留吉の牧場の真偽は不明である。
  • ビール
    一八六九年(明治二年)十月頃、山手四十六番にできたジャパン・ブルワリーが最初だが、長続きはしなかった。技師はウィーガントである。翌三年、天沼にコープランドのスプリング・ヴァレー・ブルワリーができた。
  • パン
    一八六〇年(万延元年)、内海兵吉がフランス軍艦乗り組みのコックから手ほどきを受けて焼き始めたのが最初。外国人では、翌年にグッドマンの開いたベイカリーが早い。続いてフランク・ホセ、ロバート・クラークが開業した。
  • レストランとカフェ
    記録の上で確かなものとしては、一八六二年(文久二年)十二月、ジョージが開いたゴールデン・ゲイト・レストランが第一号。一八六四年三月開業のアリエ・カフェがカフェの最初。
  • 西洋野菜
    万延元年、神奈川奉行所がアメリカ麦を生麦・鶴見両村に試作させたのが西洋作物導入の最初。外国人では文久年間にローレイロが菜園を作り、続いてスミス、ベイリー、カーティスが山手に農場を開いた。





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