●新本店ビルの敷地にあった旧伊豆栄本店



「伊豆栄の歴史」

  伊豆栄という屋号は、江戸時代の末頃、店を大きく発展させた女将、土肥栄子の名をとったもので、錦絵や浮世絵にひんぱんに登場するようになったのも、その頃からのようです。冠に伊豆とついているのは、栄子が伊豆の出身であったためだろうと考えられがちですが、ひところ、料亭や割烹店の屋号に、伊豆何々とつけるのが流行したことがあり、とりわけ伊豆と縁りがあるという確証はありません。先祖に東海地方の武士だった人がからんでいることもありますが、それですと伊豆というよりむしろ三河、濃尾あたりですから、伊豆と直接結びつかないわけです。いずれにせよ、伊豆守とか駿河守とかいった大名の称号のように、ひとつの美称と考えていただいてもよいでしょう。
 明治時代になると、池の端の名物として評判が高まり、多くの方々からご愛顧を賜るようになりました。老舗としての貫禄もでき、こんどは錦絵にかわっていろいろな小説や随筆などに書かれるようになります。
 「上野の博物館を見たあと、山を下って池の端へ出、伊豆栄の鰻を食べて、本郷へ抜けるノノ」というコースが、いわゆる・文化的散歩道・としてもてはやされ、明治、大正、昭和にまたがって、さまざまな文芸作品の中に登場します。折にふれて御作の中にとり入れてくださった先生方としては、村上浪六、森 鴎外、谷崎潤一郎、川口松太郎、小島政二郎の諸先生など錚々たる大家が御名を連ねていらっしゃいます。


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