「門外不出の技法」

 鰻をおいしく食べていただく条件は、数え上げればキリがありません。まず、鰻そのもの。脂のりが程よく、風味のまさる天然ものが良いのは申すまでもありませんが、近頃は養殖技術もすすみ、天然にまけない品質そのものも出廻っています。台湾や韓国などからの輸入も年々ふえているようですが、味はともかく、これも天然ものではあります。
 タレもだいじです。老舗の老舗たるゆえんはタレにあると断定する方もいらっしゃいます。作りかたも門外不出で、大きなカメにどっぷりと蓄えておきます。
 ごはんのよしあしがこれまた大事。まして、一般家庭でもササニシキやコシヒカリ以外は敬遠するという現代ですから、ごはんがおいしいかどうかでお店を選ぶ人もあるくらい。ただ、いくらお米がよくても、炊き方のコツまで買うわけにはいきません。むろん、器にも気を使います。
 お客様の目に見えないところでは、「裂き」「串」「焼き」が重大三要素といえます。名のある鰻屋さんは、それぞれに秘蔵の技術を、店の宝として伝承しています。
 さて、その三要素ですが、中でもとくに決定的なのが「焼き」です。俗に《裂き三年、串八年、焼き一生》ということばがあるくらいで、微妙な味の差が「焼き」一つで出てくるといってもいいほど難しいとされています。つまり、鰻を料理する方の側から申しますと、「焼きこそいのち」なのです。
みな様は、鰻屋というと、鉄灸に並べた鰻の串を、渋うちわでパタパタあおいでいる状態を思いうかべられることと思います。あれは、焼き職人が暑いから風を入れているわけではありません。炭をおこしているのでもありません。あれは、煙をまわしているのです。だい一、鰻をのせてから起こさなければならない炭なんて、およそナンセンス。炭は、火持ちがよく輻射熱の均等にまわる備長炭が最上です。この炭加減で煙のまわり方が違ってきます。
 ひところ、「焼けてりゃ良い」という考え方から、一斉に炭ばなれして、ガス器具や電気器具に切りかえる店が続出したことがありました。手軽で、能率もよく、安あがりだというわけです。おまけに、炭で味が左右されるなんて迷信だと、それこそ科学信仰の盲信がまかり通っていたのです。しかし、ほんとうの味がわかる人たちが、やはり備長炭で焼いたものは違う、とおっしゃるようになりました。世の中が落ちつき、ほんものを味わう心のゆとりができてくると、選りすぐられたものの良さに郷愁を感じていただけるのでしょう。
 蒲焼屋は煙を食わす商売だ、といった人があります。つまり、先ほどの渋うちわで、堅炭の上にこぼれた脂が焼ける煙を、うまく鰻全体にまわす。そのまわし方で、あの、何ともいえない蒲焼の匂いと味がつくのです。ふしぎなことに、ガスや電気では、どうしてもその按配が出ません。まして、超近代的な煙の出ない厨房器具など問題外ということになりましょう。
こんなわけで、「焼き」は、技術はもちろんですが、炭が良くなければどうにもならないのです。それと、あのバタバタ鳴る渋うちわの動きとノノ。
 ところで、コマーシャルを申しあげますならば、当伊豆栄の「焼き」の技術は、二百数十年の伝統をふまえた上に、代々、名人芸ともいえる腕をもった職人に恵まれ、今日まで、のれんに輝きを付加してまいりました。炭の具合と、火の通し方の間(マ)と、それに、いま重点的にご説明申しあげました煙のまわし方と、そうした秘伝的技法をカン一つで見事にこなし、あのふっくらと香ばしい蒲焼ができ上がるというしだいです。
 ついでながら、伊豆栄では、タレも備長炭で作ります。意外とお思いかもしれませんが、仕込んでから出来上がるまで、中間で味見など一切いたしません。どんな材料で、炭をどう使い、どれだけ時間をかければよいか、職人が体で覚えているからです。これは、科学を超えた技術と言えるのではないでしょうか。

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