大井町の喧騒の先にある女性バーテンダーによるテキーラの店

【連載】幸食のすゝめ #010  食べることは大好きだが、美食家とは呼ばれたくない。僕らは街に食に幸せの居場所を探す。身体の一つひとつは、あの時のひと皿、忘れられない友と交わした、大切な一杯でできている。そんな幸食をお薦めしたい。

2016年02月01日
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大井町の喧騒の先にある女性バーテンダーによるテキーラの店
Summary
1.すべて竜舌蘭100%のプレミアムテキーラ
2.実は食中酒にもなるという楽しみ方
3.沖縄にも支店をオープン

幸食のすゝめ#010、アガベの賜物には幸いが住む、大井町。

ある夏の初め頃、バーテンダー1人、客1人の渋谷のんべい横丁のバーに1人の女性が入って来た。試写会帰りだと言う彼女は「私、宮崎あおい萌えなんです」と言いながら、ラフロイグのストレートをノー・チェイサーであおり、僕らの名前を聞き、しばらくすると涼しげな後ろ姿だけを残して夜の闇に消えた。少女の瞳と、年齢より大人びた妖艶な風情。「昨日お会いしたユカです」、次の日、SNSでリクエストが来るまで、バーテンダーと僕は彼女のことを酔っぱらいの幻想だと信じていた。

スパイシーで辛い料理と、純度の高いアルコール。酒はいつもストレートか、ロックで飲み、基本は夜明けまでの梯子。昼は大型スクーターに跨がり、退屈な都内を駆け抜ける。彼女は由緒正しき大手出版社の編集者だった。その頃、小説誌から女性誌へ転属。野獣派の作家のおもりから、コスメやビューティ、ペット、占いや旅行へと、環境も生活も大きく変わった。やがて、ハイボールだけではやりきれない夜、旗の台のバーに飛び込んだ。「こんな時はテキーラだろ!」、しかし、出て来たテキーラ『ドン・フリオ』は彼女を甘美に裏切った。「え?美味し過ぎる」、編集者のハートが再び燃え始める。

テキーラの汚名を晴らしたい。それが新しい編集コンセプトだった。出版社をやめ、テキーラのソムリエであるマエストロの勉強を開始。実はサボテンが原料ではなく、アガベ(竜舌蘭) 100%のプレミアムテキーラをコツコツと集めて、Gatitoを開店する。

罰ゲームの酒、一気飲みの酒という間違ったイメージを払拭するための地道な作業と、テキーラの美味しさの布教。「みんなが知らない、いいもの、優れたものを見つけて正しく紹介して行く」、それはそのまま編集者の仕事だ。しかも、ダイレクトな反応が返ってくるバルは歓びも大きかった。テキーラ通が集まって蘊蓄を言い合う場所ではない、エレガントなテキーラの入口が誕生した。

大井町の西口を出て、京浜東北線の線路沿いを大森に向けて歩くと、大井陸橋を潜る辺りから商業地帯は途絶え閑静な住宅地に入っていく。左側にはただ電車が走り抜けて行くだけだ。そろそろ引き返そうかと思う頃、Gatitoの灯りが優しく迎える。

実はこのシチュエーションこそ、新しいテキーラの世界へのイントロダクションだ。もし駅前にテキーラバーがあったら、若者たちの一気飲みのメッカになるだろう。ただ酔いたいのではなく、Gatitoのテキーラを飲みたい人たちがわざわざ訪ねる距離と空間。駅から少し離れているが、決して遠くはない、窓の外を走り抜ける電車が見える、テキーラの杯が進む。

優れた食中酒というもう1つの顔

食中酒としてのポテンシャルが高い、テキーラの新しい側面を楽しむためのフードも数多い。「灼熱のエローテ」はメキシコの代表的な屋台料理のアレンジ、現地では焼きトウモロコシそのものにマヨネーズやチーズ、チレ(唐辛子)を塗って食べる。

酸っぱ辛いコーンは、青く爽やかな熟成なしのブランコにも、1年未満の樽熟成を経たレポサドにも相性抜群。他にも、実山椒トーストや鮭のポテサラなど誘惑が多い。そんな中、最近人気の〆は禁断のTKG。千駄木の名店腰塚のコンビーフに生食用の黄身とトリュフソルト、ハラペーニョ、燻製醤油を垂らして食べる。氷なしのテキーラハイボールと、まさに悪魔の相性だ。

テキーラが拓く至福へようこそ

現在230本のテキーラが並ぶGatitoには、もう1つの名物がある。カウンター上部に広がる、彼女のパートナー伊藤桂司氏によるチョークアートだ。

チョークという初めての画材で一気に描かれたテキーラの世界は、過去のテキーラへの誤解を笑い飛ばす痛快な秀作だ。現在、日々の営業に加え「テキーラ・フェスタ」運営スタッフとしても活躍する中、昨年は沖縄に支店Eloteも開店した。様々な味が楽しめ、最高に上がるのに、決して翌日に残らない頭が冴える酔い心地。一切の混ぜ物がない純粋なテキーラだけが持つ至福を世に伝えるため、凛として明日も彼女は駆け続ける。アガベの賜物には、幸いが住んでいる。

<メニュー>
各種テキーラ650円〜、氷なしテキーラハイボール800円〜(写真のレポサドハイボール950円)、灼熱のエローテ800円、
燻製醤油で食べるコンビーフTKG1100円
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。

※森一起さんのスペシャルな記事『幸食秘宝館・武蔵小山、グルメランキング上位には載らないホントウの名店3軒を巡る』はこちら

Gatito(ガティート)

住所
〒140-0014 東京都品川区大井4-10-7
電話番号
03-3774-7757
営業時間
水・木 18:00~24:00、金・土・日 18:00~26:00
定休日
定休日 月曜・火曜
ぐるなび
https://r.gnavi.co.jp/4xrswdn70000/
公式サイト
http://gatito.jp/

※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
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