鮨好きの「踏み絵」と呼ばれるシンコの鮮烈なうまさを堪能した、夏の終わりの新富町『鮨はしもと』

【連載】幸食のすゝめ #026  食べることは大好きだが、美食家とは呼ばれたくない。僕らは街に食に幸せの居場所を探す。身体の一つひとつは、あの時のひと皿、忘れられない友と交わした、大切な一杯でできている。そんな幸食をお薦めしたい。

2016年09月08日
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鮨好きの「踏み絵」と呼ばれるシンコの鮮烈なうまさを堪能した、夏の終わりの新富町『鮨はしもと』
Summary
1.夏の終わりのほんの短い季節だけの鮨屋の楽しみ「シンコ」
2.若き店主によるサプライズのある料理と職人芸の握り
3.2014年12月に新富町にオープンするやいなや鮨好き注目の店に

幸食のすゝめ#026、移ろう旬には幸いが住む、新富町。

「大将、ごちそうさま。今年の桜も綺麗だったし、こうしてシンコもいただいた。ありがとう!」
長田さんに出会ったのは、もう21年前、夜更け過ぎまでやっている明治通り沿いの鮨屋だった。
もうすぐ日付が変わりそうな時分、カウンターの老人がまっすぐ前を見つめたまま、大将に礼を言った。
その「ありがとう」が向けられた意味が分からなくて、僕は思わず声をかけた。
「なに言ってるんですか?シンコなんて、まだたくさん食べられますよ」
「ご同輩、この季節、自分の丈夫な足でここに来て、少しの酒をいただいてシンコをつまむ。
そんなこと、あと何回できるか?真剣に数えてご覧なさい」
それから、何杯かの酒を交わし、長田さんの話を聞いた。神戸の震災で家を失い、東京の娘の街で桜を見た。
そして、ようやく好きな鮨屋まで出かける気力と体力を取り戻したのだという。


素晴らしいシンコの握りに出会う度に、あの夜静かに刻まれていた柱時計の音を思い出す。
走りから、盛り、そして名残りの季節まで、できるだけたくさんの旬の恵みに出会うこと。
それは南北に長い島国に生まれた私たちの、この上ない至福に違いない。

『鮨はしもと』。
凛としたヒバ材のカウンターで、若き店主・橋本裕幸さんが握ったシンコを頬張った瞬間、鮮烈にあの夜が蘇った。

少し硬めに茹で、両端をカットした枝豆から始まり、朝〆の平目、ほんの少しの芥子が添えられた鰹と続いたつまみは、
絵唐津に載せられた鮑の登場で1つ目のクライマックスを迎える。

鮑を平らげると、敷かれていた肝ソースの上に、今度はごく少量の鮨飯と細かく刻んだ白イカが載せられる。
香しきブレスマーク、後半の握りが始まる前の豊潤な句読点だ。

ある時は毛蟹、ある時は桜えび、そして、肌寒くなれば白子と、旬の恵みを封じ込め、ブルーチーズやポン酢を隠し味に使う茶碗蒸しも、『鮨はしもと』前半のサプライズ。ハッと息を呑む、新しいうまさがある。

しかし、驚きはまだまだ続く。鮎の身を丸ごと叩き、卵黄と味噌、胡麻で仕上げた鮎は、ワタの苦みに大自然が息づき、筋子の味噌漬けと対照的な味覚のハーモニーを奏でる。
つまみの終焉を飾る焼き魚は、太刀魚。薄い皮目の下に脂を感じさせながら、繊細な余韻を残す。

その場で少し厚めに切られる鋭角な生姜で口を洗えば、いよいよ握りの時間。

のっけから、鮮烈なシンコの洗礼を受ける。
やや深めの〆加減ながら、柔らかな感触と繊細な味わいは佐賀産だろうか。

続く真鯛は、塩を打ち3日間熟成したもの。
やや硬めの鮨飯の味わいを、真鯛のうまみが追い抜き、甘い余韻を残す。そして、白眉の真鯵の、ふくよかな香りと、どっしりとしたうまみに心が躍る。

穏やかな脂と酸味が渾然となった小トロ(=背トロのこと)を挟み、ほどよく脂がのり始めた旬の味覚、秋刀魚が登場する。

塩と酢が脇を固める終わらない旬のハーモニー

茹でたてのレア感を残し、味噌の甘みを奥に隠した車海老。軍艦ではなく、しっとりと握られた雲丹を挟んで、握りのトリを飾る穴子の出番だ。

甘過ぎないツメが穴子の香りを際立たせ、赤酢が控えめに香り立つ鮨飯と絶妙のコントラストで響き合う。

歓びのドラマを終わらせたくなくて、追加の握りを注文すると、銀から白のグラデーションで脂を纏う鰯が、たちまち舌の上で溶けて行く。湯霜にした赤身のヅケは、ねっとりとした赤身の濃いうまみがもはやトロを凌駕する勢いを持つ。

伝統的な仕事の果てにある新しい味覚のオペラ

福島県郡山市の鮨屋に生まれた橋本さんは、上京後、名店として名高い『日本橋蠣殻町 都寿司』で9年間修業後、『日本橋橘町 都寿司』で二番手を務める。その後、2014年12月、新富町に『鮨はしもと』をオープンさせた。
ななつぼし、つや姫、魚沼産こしひかりなど、3種の米からブレンドした鮨飯は塩と酢を効かせ、少々硬く仕上げる。
一つひとつ仕事が為された江戸前の鮨種には、確かな存在感を持った鮨飯がよく合う。
徹底した仕込みを施し、コースの中に、香りや温度、熟成などでリズムと変化を付けて行く。
伝統的な旬の食材と、親方譲りの職人芸は、新富町の静かな一角で、新たな塩と、酢と、温度と、時間のマジックを生み出すだろう。移ろう旬には、幸いが住んでいる。

<メニュー>
おまかせコース(つまみ8品、握り10貫) 14,000円、
ビール(小瓶)600円、日本酒800円〜1,200円くらい
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税込です。

※森一起さんのスペシャルな記事『【幸食秘宝館】中目黒にてランキングサイトにも出ない割烹ほか3軒の名店を巡る』はこちら

鮨 はしもと

住所
〒104-0041 東京都中央区新富1-15-11 マキプラザ1F
電話番号
03-5541-5578
営業時間
18:00~23:00(21:30最終入店)
定休日
定休日 月曜
公式サイト
http://xn--68j8at1fy133e.jp/

上記は取材時点での情報です。現在は異なる場合があります。