「焼鳥を串から外して食べないで!」の炎上に見る、顧客満足度という言葉を濫用することの頭のイタさ

【店づきあいの倫理学】店は生きものであり「おいしさ」や「楽しさ」は数値化できない。だから顔の見えない他者からの情報「評価」を比較して店や食べるメニューを決めたりすることは無効だ。その店だけの「固有の身体感覚」のようなものがあり、その場その時の「代替不可能な店側/客側のコミュニケーション」が、その店の真価を決定づけている。「店と客の関係性」をもとに「よりおいしく食べるための店づきあい」の方法とは?

2016年12月07日
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「焼鳥を串から外して食べないで!」の炎上に見る、顧客満足度という言葉を濫用することの頭のイタさ
Summary
1.「焼鳥を串から外して食べないでください」炎上事件について
2.客と店の間に関係性のないところですら、より美味しいものを食べようとする「ユーザー」のあざとさ
3.基本的に食べ方は客が決めるものであるというのもまた真理

「焼鳥を串から外して食べることはやめてもらいたい。一本一本丁寧に刺し、丁寧に焼いているんです。これでは切った肉をフライパンで焼いても同じ。絶対美味しくない」
というとある焼鳥屋さんのメッセージを乗せたTwitterが炎上していた。
その焼鳥屋さんは「切なるお願いです。こんなことを言える立場では…」というエクスキューズな姿勢だったが、この種の「正しい食べ方」についてのあれやこれやは、このところますます派手な罵詈雑言的意見が飛び交う様相を呈している。

中には「一番上の肉は大きめで味濃いめ、中盤から終盤で火加減や塩の振り変えて1つの起承転結を創り出しているのです」というような書き込みもあって、「なるほどなあ」と思ったりもする。
けれども「食べにくいし、好きに食わせろ」「いちばんおいしい食べ方をするべきだ」という左右2つの見方に大方が別れている。

目を覆いたくなるのは「金払ってんだからどう食おうが勝手だろ、舐めてんのかコラ」といった暴言、「にぎり鮨をネタとシャリを分けて食べるのか」「フレンチに行って手づかみで食うのと同じ」といった一刀両断的なスタンスであり、それがことごとく的外れでシロウト丸出しである。

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森一起
ライター/作詞家/ミュージシャン
身体的経験もなく無自覚に情報だけで店を選んでいるだけの客は実は店からもその「程度」を見抜かれている

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