城南の酒都ムサコ(武蔵小山)はしご酒の終着駅は、帰って来たリアルな『深夜食堂』

【連載】幸食のすゝめ #060 食べることは大好きだが、美食家とは呼ばれたくない。僕らは街に食に幸せの居場所を探す。身体の一つひとつは、あの時のひと皿、忘れられない友と交わした、大切な一杯でできている。そんな幸食をお薦めしたい。

2018年04月26日
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城南の酒都ムサコ(武蔵小山)はしご酒の終着駅は、帰って来たリアルな『深夜食堂』
Summary
1.朝までママの笑顔と料理に迎えられる、ムサコラヴァーたちの終着駅
2.立ち退きによる閉店の夜に溢れた客と花束、そして熱いラブコールからの再開
3.初めてでも誰もが懐かしい味、家庭料理の1つの頂点に出会える店

幸食のすゝめ#060、家庭の味には幸いが住む、武蔵小山

「ママ、素麺持ってるんですけど、ソーミンチャンプルーって出来ますか?」 最近、近くに越してきたバーバラが聞く。
「何それ?ゴーヤチャンプルーなら作れるけど」
「だったら、そこに茹でた素麺を加えてください」
「まぁ、とにかく、やってみるわね」

深夜2時、下北沢の現場から帰って来た演劇系女子の無茶ぶりに応えて、ママのノブちゃんこと澤田信子さんが立派なソーミンチャンプルーを完成させる。

横から少しお裾分けして貰うと、思わず笑ってしまう程うまい。とても、初めて作った料理だなんて信じられない。

こんなおいしさは、地元沖縄でも、桜坂を上がる手前の路地にあった『きよちゃん食堂』か、今はずっと休業している美栄橋の『あんつく』位でしか出会ったことがない。すっかり食欲に火が点いた僕らは、思わずスパゲティーも頼んでしまった。

ここは、「できるものなら、なんでも作るよ」で大ヒットし、小林薫主演で実写化された人気漫画、あの『深夜食堂』のリアル版だ。
宵の口から次の朝まで、おなかを空かしてやって来る呑んべいたちを温かく迎え入れ、いつでも幸せな気持ちにして送り出してくれる。

東京都都市整備局による「東京のしゃれた街並みづくり推進条例」という、丸っきりしゃれてない条例によって廃墟になってしまった武蔵小山飲食街。「りゅえる」という愛称で呼ばれた夢のラヴィリンスは、200店以上の飲食店が建ち並ぶ大歓楽街だった。

少しずつ歯抜けになって行くりゅえるの中で、最後の最後まで灯りを灯し続けた名店の1つがここだ。この店の料理を楽しみにやってくる住民たち、終電を逃した呑んべいたち、店の営業が終わってひと息つきに来る近隣の店のスタッフ、夜勤明けで空腹を抱えた若者たち…。
みんなママの料理と人柄に惹かれて、真夜中の灯台のように夜の静寂から集って来る。
僕自身、心がガサガサした夜、何度もママの会話と料理に助けられた。

いつまでも条例に屈しないママに対する嫌がらせのように、隣接する店舗の取り壊しが始められ、とうとう最後の夜がやって来る。最後の一週間は、いつも店頭に行列ができ、スナックのママやマスター、ガールズバーの女のコたちが花束を持って集った。
やがて朝陽が昇り、店にラストワルツが流れる頃には、店の中はたくさんの花でいっぱいになった。一時は引退を決めていたママが再出発の決心を固めたのは、武蔵小山の街からの熱いラヴコールが日増しに大きくなって行き、本人の耳にたくさん届いたからだ。


そして、昨年末、装いも新たにキャパも大きくなり、さらにパワーアップした新しいノブちゃんの店が帰って来た。

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森一起
ライター/作詞家/ミュージシャン
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