トロ発祥の鮨屋がここ! 江戸前鮨の伝統を今に伝える、鮨の楽園『吉野鮨本店』

【連載】老舗の当主が明かす「老舗が愛され続ける、隠れざるヒミツ」。老舗を守り続ける当主にインタビューを敢行し、「老舗の逸品」「老舗のおもてなし」にスポットを当てる。
♯5『吉野鮨』

2018年07月17日
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トロ発祥の鮨屋がここ! 江戸前鮨の伝統を今に伝える、鮨の楽園『吉野鮨本店』
Summary
1.東京・日本橋で屋台からスタートし、「トロ発祥の店」としても現代に名を残す
2.バブル期の“鮮度命の生鮨”を経て、再び伝統的な江戸前鮨が支持される
3.鮨という食べ物の原点である“自由な楽しさ”を体現できる店

魚河岸があった時代の日本橋を今に伝える、貴重な一軒

『吉野鮨本店』の創業は、1879(明治12)年。日本橋に魚河岸があった時代に屋台からスタートし、幾度かの移転・拡張を経て、1970年より現在の地で営業している。

砂糖を使わず塩と酒粕酢のみで作るシャリをはじめ、丁寧な仕事を施したすしダネや、煮切り醬油を塗って出すスタイルなど、江戸前鮨の伝統を今に伝える貴重な一軒である。5代目店主・吉野正敏さんに、お店の歴史や受け継がれてきた江戸前鮨の伝統について伺った。

――『吉野鮨』は、屋台の鮨店として創業されたのですね。

吉野:「初代の吉野政吉は、料亭で10年ほど修業したのち独立したのですが、当時は料亭を出すほどの資金がありませんでした。そこで当時、日本橋にあった魚河岸のそばに並んでいた鮨の屋台を見て、屋台の鮨店を始めたのが1879(明治12)年のこと。その3年後に、日本橋の路地裏に店を構えました」

吉野:「第2次世界大戦中は、店を閉めて信州へ疎開していた時期もありました。戦後、疎開先から戻って店を再開させ、私が生まれて3年後の1970(昭和45)年に、現在の場所に移転してきました。日本橋の街の発展とともに、我々の店も少しずつ大きくなりました」

――『吉野鮨』は、“トロ発祥の店”としても有名ですね

吉野:「江戸時代には、刺身といえばタイやヒラメといった透き通った魚がよいとされ、マグロのような赤身の魚は下魚として扱われていました。庶民がマグロを食べるようになってからも、脂の多い部分は好まれず、握り鮨のタネになることはありませんでした。うちの店にトロの握りが誕生したのは、2代目・正三郎の頃と聞いています。マグロが不漁で赤身を買う資金がなかったときに、傷みやすい上に脂が多く、廃棄処分されることの多かった腹身の部分を購入して握ってみたのがはじまりだそうです。最初は名前がなく、“アブ”“だんだら”などと呼ばれていたそうですが、名前がないのは不便だから、『口の中でとろっとするから、トロにしよう』とお客様の声で決まったと聞いています」

▲吉野正敏さん・プロフィール
1967年生まれ。明治大学経営学部卒業後、『吉野鮨本店』にて父や祖父のもと、すし職人としての修業をスタート。出前や洗い場、仕込みやサービスなど一通りの仕事を習い、3年目から魚をおろすようになる。お客に提供する鮨を握るようになったのは、修業後約10年目から。2016年より5代目当主として、弟やお弟子さんとともに江戸前鮨の味や文化を伝えている。

塩と酒粕酢のみの酸味のきいたシャリが、ネタとの一体感を生む

――砂糖を使わないシャリは、創業からの味を守っているそうですね。ほかに、創業から大事にしていることはありますか?

吉野:「シャリに関しては、創業から全く変えていないですね。砂糖を一切使用しない酒粕酢と塩のみの酢飯で、使っているお酢も変わっていません。それからちらし鮨も、昔からこの盛り付けです。薄い玉子焼きも、よく特徴的だと言われますが、この形にしているのはシャリとの一体感を出すため。お鮨=握りなのだから、使用するすしダネは握らなければならないという考えがあって、祖父の頃はイクラの軍艦などもやっていなかったそうです」

▲ちらしずし2,700円

吉野:「味づくりも大事ですが、お店として最も大事にしていることの一つが、お客様が好きなネタを好きな順番で、好きなだけ食べられるような店であること。最近の鮨店は、おまかせ主体のお店が増えているけれど、本来鮨というのは、もっと自由に食べていいもの。実際にうちにいらっしゃるお客様は、お好きなように食べますよ。マグロから食べる人もいるし、とりあえず穴子4つ、という人もいます。また握りだけ食べて帰る人、お酒をゆっくり飲む人、いろいろです。基本的には握り鮨がメインなので、つまみはお刺身や焼き物などシンプルなものが中心で、煮魚や揚げ物などはあまりやっていないですね」

▲にぎり2,160円

老舗も、新しい店も同じ。創意工夫と努力で、味のレベルを保ち続ける

――老舗の5代目として、大事にしてきたことはどんなことですか?

吉野:「強いて言えば、老舗だからどう、というわけではなく、鮨店として当たり前のことをきちんとやることでしょうか。うちはたまたま明治時代から続いているけれど、江戸時代から続く老舗でもつぶれてしまうお店もあるし、新しい店で頑張っているお店もたくさんあります。例えば今日オープンした店が100年続くかもしれない。だから、古い、新しい、ということは関係なく、驕りを持たないようにしています」

吉野:「例えば、うちの店にはサーモンも納豆巻きもないのですが、それは『老舗だからやらない』のではなくて、うちにいらっしゃるお客様にニーズがないだけ。もし納豆巻きを提供するのであれば、きちんとやりたいので、まな板も包丁も変えなくてはならないだろうし、慎重にやる必要がある」

吉野:「サーモンに関しても、代わりに季節になると桜マスをお出ししています。もしかしたら今後、サーモンを食べ慣れた多くの世代がうちに来店してくれるような時代になれば、扱うかもしれませんね。老舗としてのアドバンテージは確かにあるかもしれませんが、そこに甘えていたらすぐに追い抜かれてしまう。歴史を重ねてきたぶん、きちんとやらなければならないことはたくさんありますし、常にアンテナは張っていないといけないと思います」

▲マグロの漬け432円

――そうしたアンテナを張って、時代に応じて変えてきたことはどんな部分ですか?

吉野:「そもそも江戸前鮨は、冷蔵庫のない時代に魚を保存するために、酢で〆めたり煮たりして発達してきた食べ物です。それが戦後になって流通や保存がよくなると、今度は魚の鮮度を競うようになり、バブルの頃は昔ながらの酢〆などを出す店が減っていきました。うちも、鮪のヅケとヒラメの昆布〆をやめていた時期がありましたが、近年、昔ながらの江戸前鮨が見直され、お客様から求められるようになってきたので、再び出すようになりました。昔出していたメニューが一時期消えた、というのは、老舗には多いことだと思いますけどね」

▲小肌324円

――流通が発達して、昔は出せなかったけど今は出せる、というものもありますよね。それに、同じ魚でも、50年前と今では異なるものあります。

吉野:「ホタテのように東京湾ではなかったネタが扱えるようになったり、一年中マグロが確保できたり、素材に関しては時代によって全然違うでしょうね。だからこそ老舗であっても、常に変化していかなくてはいけない。これは鮨に限らず、なんでもそうだと思います。例えば、ウイスキーの場合は、樽によって味が違うウイスキーをブレンダーがブレンドすることによって、そのブランドの味を揃えていきますよね。30年前のウイスキーと現在のウイスキーがまったく同じ、ということは恐らくないけれど、その30年間、ブランドを保ち続けている。時代の流れとともに、創意工夫といろいろな努力で、味のレベルが落ちないように頑張りながら、そこにさらに新しいものを加えていく。常にチャレンジしていく姿勢が大事なんじゃないかと思います」

お客それぞれの好みを臨機応変に入れ込むことができるのが、鮨の魅力

――ちなみに、創業してから一番の危機はなんでしたか?

吉野:「やっぱり戦争のときですよね。戦争でいよいよ危ないということになり、その当時何店舗かあった店を全部畳んで疎開したんです。3代目だった祖父(吉野昇雄氏)はもともと演劇が好きで、鮨店をやりながら役者としても活躍(芸名:野口元夫)しており、疎開先で劇団を作ったりして、舞台をやるために土地を売ってしまったこともあったそうです。それで、日本橋の土地も売りそうになったから、祖母が『いい加減にしなさい』といって戻ってきた、という話を冗談ぽく聞いたことがあります(笑)。祖父はまた、鮨の研究の第一人者でもあり、晩年はとくに研究に没頭し、鮨の歴史についての記録もたくさん残しました。私もそうした歴史や文化を一通り学んだうえで店に立つようにしていますが、知っていてやるのと、知らないでやるのとはずいぶん違うと思います」

――握りや自由な注文スタイルにこだわるのも、そうした歴史や文化を知ってこそなのですね。

吉野:「鮨がこれだけ日本に広まったのは、好きなネタや食べる量がみんな違っても、それぞれの好みを臨機応変に入れ込むことができるからだと思うんです。もちろん、それぞれベストなバランスはあるけど、そこに少し手を加えられて、アレンジしながら食べていける。それが、お鮨屋さんのよさだと思います。小肌が好きだから1貫じゃもの足りないと思ったら、追加が許される。食べる順番も、好きなように食べればいい。ガリやお茶はお魚の味をリセットするためにあるわけですから」

――あえておまかせコースを売りにしないのも、そうした鮨の“自由な楽しさ”を大事にしたいからなのですね

吉野:「むしろおまかせがないって珍しいでしょう? うちでは、最初に「お刺身にしますか?握りにしますか?」と尋ねるのですが、例えば『おまかせで握ってください』と言われたら、『それでは、夜のおきまり10貫をお出しするので、足りなかったら追加してくださいね』などと案内します。お酒を飲んでいたら10貫でもうお腹が一杯になってしまうかもしれないので、『食べたいものがあれば、先に言ってくださいね』と勧めたりして、できるだけお客さんが自分の食べたいものを注文できる余白を作れるように意識しています」

――最後に、お弟子さんに伝えていること、お店として今後も大事にしていきたいことを教えてください。

吉野:「お客さんに対して、常に正直であること、かな。おいしいものを提供しようという気持ちがあるだけで、全然違うんです。つけ場に立っていると、目の前のお客さんやテーブル席、2階のお座敷のお客さんからも注文が入りますが、注文のたびに必ずどこの席のお客さんなのかを聞くんです。このお客さんが食べるのだな、この人においしいと言ってもらいたいな、と顔の見える相手を思って握るだけで、ちょっとした所作にも緊張感が走る。そういう気持ちは、常に持って我々は営業しています」

【メニュー】
▼昼
にぎりずし(1人前) 1,620円、2,160円、3,240円
ちらしずし(1人前) 1,620円、2,160円、2,700円
▼夜
にぎりずし 3,240円~
ちらしずし 2,700円~
お刺身盛り合わせ 3,888円~
※価格は税込

吉野鮨本店

住所
〒103-0027 東京都中央区日本橋3-8-11
電話番号
03-3274-3001
営業時間
月~金・祝前日 11:00~14:00(L.O.)、16:30~21:30(L.O.)/ 土 11:00~14:00(L.O.)
定休日
日・祝日 ※夏季・正月休あり
ぐるなび
https://r.gnavi.co.jp/g195100/
公式サイト
http://yoshinozushi.net/

※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。