東京にもない、最高のレストランが沖縄に。北谷の非日常レストラン『ARDOR(アルドール)』

【知られざるいい店のすゝめ】地元民しか知らない店。裏通りや駅から少し遠くにある店……。街にはまだまだ知られざる店がある!街と店と絡み合ってきた人生の中で食の賢人・松浦達也が辿り着いた珠玉の一軒を紹介する。

2019年07月01日
カテゴリ
レストラン・ショップ
  • レストラン
  • 沖縄
  • スペイン料理
  • イタリアン
  • 魚料理
東京にもない、最高のレストランが沖縄に。北谷の非日常レストラン『ARDOR(アルドール)』
Summary
1.今沖縄で熱い店。北谷(ちゃたん)のスペイン×イタリア料理『Restaurant ARDOR(アルドール)』
2.中目黒のピッツァリア『SAVOY』出身、仲村大輔さんが実現させた“いいリゾート地の本当にいい店”
3.名人の肉と地の産品からなる変幻自在のコースメニュー

東京から南へ1,500kmの沖縄に、唯一無二のレストランがある。那覇から北へ車を1時間ほど走らせた北谷(ちゃたん)絶景ビーチのほど近く。ここは美術館のようであり、コンサートホールのようでもある。重厚な扉の外から中の様子を窺うことはできない。

『Restaurant ARDOR(アルドール)』。ラテン語で"情熱"という意味のある、この店のドアが開かれた先には、非日常がある。店内へと続く前室を始め、店内のそこかしこにディスプレイされたアート作品。ここには完全なる"ハレ"がある。

フロアへと歩を進めると全長10mはあろうかという、L字型のカウンターテーブルが出現する。そのカウンターは同じ高さで地続きとなる厨房の長さでもある。

"シェフズテーブル"というには規格外。"劇場型"という呼称とはスケールも躍動感もケタが違う。ここはもはや劇場そのものであり、カウンターの奥には、ヨーロッパを思わせる巨大な薪炭火のグリルが強烈な存在感を放つ。

▲ヨーロッパの巨大な肉焼きレストランを思わせる薪炭火グリル。この日熾火(おきび)で長時間火入れされていたのは、骨付き豚もも肉のハム「ジャンボン」。

沖縄に持ち込んだ最先端のセンス

オーナーの仲村大輔さんは20代の頃、数か月のイタリア滞在を経て、当時中目黒にあったピッツェリア『SAVOY(サヴォイ)』に入店。麻布十番への移転後も含めて合計5年間をピッツァの修業に充て、生まれ故郷の沖縄に帰還を果たした。

そうして2008年、飲食店のない那覇の裏通りにピッツェリア『BACAR(バカール)』をオープン。ていねいで繊細な生地扱いと、豪快かつ精妙な薪窯での焼きは、あっという間に評判となった。決していいとは言えない立地を跳ね返し、数年で内地からも客が押し寄せる大人気店に。そして9年後の2017年4月28日、北谷に『アルドール』を開店させた。

「僕が『バカール』をオープンさせた頃、沖縄には料理だけを武器に料理人が独り立ちできる土壌がまだなかった。『いいリゾート地だけど、本当にいい店はない』って言われるのが悔しくて。だけどピッツァを焼いていたら、沖縄で最高のレストランを作ろうという仲間と知り合うことができたんです」

『アルドール』における仲村さんはオーナー業に徹し、調理場には立たない。厨房の核となるのは海外や東京などで研鑽を積んだ沖縄出身のシェフたちだ。スペイン料理の比嘉一也シェフ、イタリア料理の玉城絵利子シェフ、潮平里志シェフ、フレンチの末吉美紀子パティシエール。この4人が現在、『アルドール』の調理場の屋台骨を支えている。

▲2周年イベントの一コマ。マイクを持つのが仲村さん。右へ潮平シェフ、玉城シェフ、末吉パティシエール。一番左が仲村さんの盟友でもある比嘉シェフ。この他にも、ソムリエや料理人など外部にもアルドールを支える仲間は多い。

名人の肉×地の産品という無敵の素材

素材も充実の一途だ。オープンから2年が経った厨房には、国内随一の肉名人「サカエヤ」の新保吉伸氏が仕上げた骨付き肉や、朝に水揚げされたばかりの地魚が届く。シェフ自身も山に分け入って自生の木の葉や木の実、島胡椒を摘み、パティシエールは黒糖などの沖縄素材を使って海の向こうのスイーツを再構築する。

向かうところ敵なしの素材が持つ特徴は鮮やかに切り取られ、アルドールという器の中で幾重にも混じり合い、新たな魅力へと昇華されていく。

▲店内のレイアウトは無限に変化する。イベントなどではこうした"舟盛り"も

その厨房は、常にライブのような熱気で満ちている。時に静かに、時に激しく。変幻自在のコースメニューに散りばめられた展開はフリージャズにおけるアドリブの掛け合いのようでもあり、何百回と作り込んだスペシャリテに込められた熱量はロックバンドの爆発力をも想起させる。

アルドールでは、どんな皿が提供されるのか。メニューから一部を抜粋する。

「ルーツと技術」が素材にかける魔法

比嘉一也シェフの「ミーバイのドノステア風」(写真上)。沖縄好きならおなじみのごちそう魚、ミーバイを炭火で焼き上げた。

炭火でミーバイの皮目をガリッと焼き、一枚内側の皮ぎしの脂の旨味と弾力ある白身の味わいをふくらませる。皿の上にたゆたうソースは「ドノステアソース」。

「ドノステア」とはスペインの美食都市サン・セバスチャンを指すバスク語。現地では魚のグリルにガーリックオイルとビネガーを合わせたソースを使うが、比嘉シェフは島にんにくに自家製のコーレーグースを合わせて味を引き締めた。

弾むような食感のミーバイの白身をひと噛みすると、その奥から上品な脂とうまみが押し寄せ、沖縄を感じさせるドノステアソースと見事に絡み合う。スペイン風味なのにまぎれもなく口のなかには沖縄がある。

実は比嘉シェフは仲村さんと幼なじみ。比嘉シェフはスペイン料理、仲村さんはイタリア料理とそれぞれの道で研鑽を積み、はからずも沖縄で再会。それが現在の『アルドール』へと続く第一歩目だった。

玉城絵利子シェフのスペシャリテ、「ほうき鶏胸肉のロースト 古式豆腐よう」(写真上)。鳥取県の大山で75日飼育した「ほうき鶏」を網脂で包んで炭火でローストしたもので、ソースはマルサラ酒と豆腐ようを合わせたもの――。というところまでが型通りの説明だが、スペックだけで、この一皿の凄味は語り尽くせない。

鶏の胸肉に薪や炭火で火を入れるのは、とてつもなく難しい。「食の安全」を考えると鶏肉はレアでは出せない。だが、火を入れすぎると身はパサパサになってしまう。網脂で丸く成形した鶏胸肉を炭火の上で転がしながら、「しっとり」と「香ばしさ」が交差するピンポイントを狙いすます。

ソースは琉球王朝時代から伝わる銘品、与儀華江さんの「古式豆腐よう」に、修業先のイタリア・シチリア名産のマルサラ酒を合わせた。なめらかな舌触りのほうき鶏の上品なうまみと香ばしさの奥から、磨き抜いた技術、沖縄の食文化、玉城シェフ自身の系譜が渾然一体となって、輝きを放つ。

強力に沖縄の食文化を感じさせる一皿もある。潮平里志シェフの手による「クブシミのレアグリル」(写真上)がそれだ。「クブシミ」とは沖縄近海で水揚げされる、世界最大級のコウイカのこと。高温のグリルで表面を焼き上げ、内部をレアに仕上げた。分厚いクブシミの身肉を噛みしめると、香ばしさが鼻に抜け、ねっとりとした食感が口内の粘膜を刺激する。

ただし「レアグリル」と言っても、いい素材をグリルで焼いただけではない。

実はこのクブシミ、焼く前に10日間、超低温で寝かせて、凝縮感と甘味を引き出してある。火にかける前に存分に時間をかけることで、味わいは未体験ゾーンにまで伸びていく。『アルドール』の調理は、素材が持つ地力を底上げするところからスタートしている。

さらに脇を固めるミジュン(沖縄イワシ)のアンチョビがうまみをブーストさせ、ピスタチオはコクを加える。一杯のクブシミという沖縄素材から発想が無限に広がり、灼熱の沖縄にラテンの熱狂を連れてくる。

沖縄素材の特徴を引き出す四則演算

圧巻なのは料理だけではない。パティシエール、末吉美紀子さんが作るデザートにも無数の引き出しがある。

「リコッタチーズ×はちみつ」(写真上)。沖縄県産牛乳を緻密な温度管理で凝固させた自家製のリコッタチーズ。そこにひと垂らしするのも沖縄の花弁から運ばれた蜂蜜だ。

サシ草(くさ)の蜂蜜はコクがあり、濃厚で柑橘が香る。フカノキは甘味に潜む苦味が印象的だ。透明感ある乳の香りを包む、蜂蜜の味わい。巧みな足し算と引き算が皿の上と口の中で無限に繰り返され、最後は淡雪のように消えていく。

「中山農園コーヒーのティラミス」(写真上)は安里の専門店「ポトホト」の山田哲史氏が焙煎した北部やんばる産のコーヒー豆を使用。ティラミスを分解・再構築し、幾層にも異なる口溶け感をかけ合わせた。

ここにしかない素材を沖縄というフィルターを通し、海外や県外で血肉とした技術で表現する。地方の最高は、時として東京の最上を上回る。

なにもなかった荒野に旗を立てる者がいる。志をともにして、道なき道を往く仲間がいる。情熱的なその姿は美しく、尊い。ここは『アルドール』。沖縄の情熱が凝縮された、日本の最南端――いや最先端である。

【メニュー】
コース9.800円(席料別)にオプションでメニューの変更可。
(例)パスタをカルネ・クルーダ(牛肉タルタル)の冷製スパゲッティに変更(+1.800円)など。
記事内で紹介した料理はメニューの一例です。

※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて(税別)、サービス料別です

Restaurant ARDOR(アルドール)

住所
〒904-0113 沖縄県中頭郡北谷町字宮城3-223
電話番号
098-926-0777
営業時間
18:00~23:30(L.O.22:00)
定休日
水曜日
ぐるなび
https://r.gnavi.co.jp/7v5y43ge0000/
公式サイト
https://www.facebook.com/restaurant.ardor/

※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。