【連載】幸食のすゝめ #002

食べることは大好きだが、美食家とは呼ばれたくない。僕らは街に食に幸せの居場所を探す。身体の一つひとつは、あの時のひと皿、忘れられない友と交わした、大切な一杯でできている。そんな幸食をお薦めしたい。

2015年10月05日
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【連載】幸食のすゝめ #002
Summary
・勝どきの行列ができる立ち飲み
・京都と東京のハイブリッド
・「生うに牛巻き」だけが名物ではない

幸食のすゝめ#002 寄せ合う肩には幸いが住む、勝どき。

虹の橋を渡って、ドロシーは幸せが住むエメラルドシティに辿り着いたのだろうか?おとぎ話の結末はいつもはっきりと覚えていない。でも、築地市場を越え勝どき橋を渡ると、僕はいつでも幸い住む場所に辿り着けた。晴海通りと清澄通りの交差点にあった、小さな一軒家の立ち飲み店『かねます』。ある意味、日本で最も有名な立ち飲み店の終着駅だ。20代の最後、時はバブルの導入期、いっぱしの食通を気取っていた僕は、1日目のかねますであらゆる既成概念から幽体離脱してしまった。

単に「サラダ」と書かれたものを頼むと、茹で玉子と胡瓜が覗くマヨネーズ色のひと皿。しかし、中にゴロゴロ入っていたのは蒸し蚫だった。「コロッケ」はジャガイモではなく、百合根でできていた。「塩辛」を頼むと、何やら真っ黒い物体が出現。
食べると、烏賊ではなく蚫の肝で作られた塩辛だった。「みそ汁」には、小ぶりながら伊勢海老が1本丸ごと入っていた。
しかも、周りの先輩たちは皆、清酒ではなく色の濃いハイボールを飲んでいる。杯数を数えるレモンがもう入りきれない。

どこにもない、誰にも真似のできない、かねますの味を作り上げたのは、今はご老齢でなかなかお会いできないお父さんだ。深川で生まれ、京都で修業したお父さんは、板長格まで登り詰めた後、東京に戻り、勝どきに立ち飲み屋を開店。都市計画で幾つかの仮店舗を転々とした後、現在の勝どき駅直結のビルに落ち着いた。東京と京都のハイブリッド、和食の料理人としては最強だ。今はご子息の洋さんと、京都仕込みの九州人マサやんが腕を奮い、連日行列を作っている。

東京最強ハイボール!

下町ハイボールのベースは甲類焼酎、だから、合成の梅エキスでウィスキーの色に染める。しかし、かねますのハイボールはウィスキーベースなのに、予めウィスキーに梅エキスが投入され「ハイボールの素」になっている。グラスに氷を入れ、その「素」を投入、下町ならではの強炭酸で一気に満たす。フォワグラやフカヒレまで登場するかねますの料理には、このハイボールが良く合う。「牛にこみ」も、ここではモツでもスジでもなく、高級牛のビーフシチュー状態。清酒ではなく、ハイボールの強炭酸で喉を洗いながら、めくるめくメニューに食らいつこう。たしかそう言えば、『タモリ倶楽部』のハイボールの回はここが舞台だった。

かねますが高いか、安いか、その判断は各個人に任せよう。しかし、コスパを考えると、とてつもなくリーズナブル。その原価率の高さに応えるためにも長居は無用。立ち飲みは、足腰を鍛えるための場所ではない。注文のタイミングも、店側のルールに従おう。慣れたら、先輩のオーダーに相乗りするのもいい、なるべく多くのメニューに挑戦して自分の定番を見つけよう。何人かで押し掛けて、今や名物メニューの「生うに牛巻き」だけを頼むのは自分たちにも不幸なことだ。

瓶ビールを飲んでもいい、しかし、人数分オーダーしよう。お酌は厳禁、立ち飲み店は手酌の場だ。料理も人数分、もちろんシェアし合い幸せを分かち合うのは賛成。しかし、店が混雑して来たら身体を斜めにダークダックス状態にして立ち、なるべく多くの人にカウンターを分け合おう。食器を洗い、調理しながら、満員の客を2人でまわすスタッフ。高級割烹さながのクオリティを安く提供するための立ち飲み。その場の気遣いは、きっと自分の笑顔に還ってくるはずだ。寄せ合う肩には、幸いが住んでいる。

<メニュー>
ハイボール600円、牛にこみ900円、生ゆば1,300円、生うに牛巻き2,300円、予算5,000円~6,000円くらい

※価格すべて税抜
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。

※森一起さんのスペシャルな記事『幸食秘宝館・武蔵小山、グルメランキング上位には載らないホントウの名店3軒を巡る』はこちら

かねます

住所
〒104-0054 東京都中央区勝どき1-8-1勝どきビュータワー1F
電話番号
03-3531-8611
営業時間
16:00~20:00(売り切れ次第)
定休日
定休日 水曜・日曜・祝日

※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。