広尾、冬になるとどんどん美味しくなる北イタリアのあの料理

【連載】通わずにいられない逸品  トレンドに流されず、一つのお店を長く観察し、愛しつづける井川直子さんにはその店に通い続ける理由がある。店、人、そして何よりその店ならではの逸品。彼女が通い続けるそのメニューをクローズアップする。

2015年12月21日
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広尾、冬になるとどんどん美味しくなる北イタリアのあの料理
Summary
・隣村でさえ味が全く違うイタリアの味
・北イタリア料理は冬が美味しい
・毎年の楽しみは"アレ"を燻製にしたもの

複雑でミステリアスなフリウリ料理

寒くなると、北の料理が食べたくなる。
もとい、寒くなるほど、北の料理はおいしくなる。
ならば向かうべきはこちら。シェフの渡邉善洋さんはイタリア最北端の一つ、フリウリ=ヴェネツィア・ジューリア州で修業した人だ。

イタリアの右上の端にあって、スロベニアやオーストリアと隣り合っている州。いまだにスロベニア語にドイツ語、イタリア語とは違うらしいフリウリ語やヴェネト語が普通に話されることからも、歴史と民族の複雑さがよくわかる。
そのうえ地形も複雑で、目の前は海、内陸は深く入り組んだ山岳地帯。いくつもの谷あいには、あらゆる民族の小さなコミュニティがつくられた。
で、その数だけ食文化が育まれることになる。イタリアでは、同じ郷土料理でも隣村ではレシピが違うというけれど、フリウリはその差が極めて激しいかもしれない。

たとえば「チャルソンス」というラビオリがある。日本で知っている人は、たぶん甘いバージョンを思い浮かべるだろう。リコッタチーズが入っていて、シナモンやミントも効いている、お菓子のようなパスタ。
けれど現地には、実はドルチェ(甘いもの)もサラータ(甘くないもの)もある。生地にじゃがいもを加える地域もあれば、粉を熱湯で練る村もある。詰め物は同じリコッタでもアフミカータ(燻製)派、フレスカ(生)派があったり、ジャガイモ派がいたり。さらにドライフルーツ、ナッツ、ハーブ、スパイスの組み合わせは無限大だ。
どれが正解ということはない。ちなみに渡邉さんは修業先や友だちのおかあさんに訊いたいろんなチャルソンスを作っている。

ふわりと溶ける、燻製パンチェッタ

紅葉が終わりに近づくと私は「パンチェッタ・コッタ、そろそろかな」とムズムズし始める。というか、前の冬の終わりにはもう、次の冬はいつから? と訊いていたような気がする。

パンチェッタは豚バラ肉を塩漬けにしたイタリア全土で一般的な加工肉だが、フリウリではより保存性をより高めるため、燻製をよくかける。パンチェッタ・アフミカータ(燻製)と呼ばれるが、コッタはそれに火を通したもので、冬に食べられる。
渡邉さんが作ってくれた「パンチェッタ・コッタ」の、淡雪のようなふわふわと、薪ストーブを思い出す香りは忘れられない。

チンタセネーゼ豚のバラ肉を塩漬けにした後、蒸すことで、脂が信じられないほどふわっとした食感になる。で、その後に燻製をかける。日本では一般に桜のチップを使うことが多いが、リンゴはどこか甘やかで優しい。
寒い冬だけの味。そういうものが、「オステリア スプレンディド」にはけっこうある。

「かぼちゃのヨータ」はかぼちゃ、牛乳、ボルロッティ(うずら豆)、ポレンタ粉をゆっくりと煮込み、リコッタ・アフミカータをかけたスープ。とろっと溶けたかぼちゃと豆ととうもろこしの甘味に燻製の香りが衝撃的だ。

それにクリスマスのドルチェ「グバーナ」も。オーストリア国境近くのごく一部で作られるケーキで、バターと卵がたっぷりの生地をカットすると、シナモン、オレンジ、チョコレート、ヘーゼルナッツがマーブル模様に入っている。

北イタリアのおかあさんの味

渡邉シェフはフリウリで1年半修業したが、うち半年は山側の町ポルデノーネのオステリア。残りは「イタリア料理の根っこを見たい」と、やはり山側のウディネを中心に、その近郊の家庭で料理を教えてもらった。
道理で彼の料理には、おかあさんの手仕事を感じる。
先に名前の出た「ヨータ」は「スープ」の意で、代表的なバージョンでは豆と豚肉とクラウティ(ザワークラウト)を煮込む。発酵から生まれる酸味が味の奥行きを広げ、じんわり体を温めてくれる冬のスープだ。

キャベツを塩漬けで発酵させたザワークラウト(酢漬けではありません)を使うところにドイツやオーストリアを感じるが、それが山へ行くと、クラウティではなく蕪をワイン用ブドウの搾りかすに漬けて発酵させた「ブロバーダ」に代わる。
なんと渡邉シェフは東京の厨房で、この蕪をせっせと漬け込んでいるのである。まるで、青森のおかあさんが冬に漬け物を仕込むようではないか。

先日も店へ行ったら、鹿と山羊のミンチをポレンタ粉と香草でまぶし、燻製をかけて熟成させる「ピティーナ」を仕込んでいた。ドロミテのほぼ麓の地域でつくられる独特のサラミで、12月初旬から店に登場するという。ころっとした素朴な丸みは、ついコロッケと言ってしまいそうになる。

地味な作業から生まれるイタリア料理は、ルックスも本当に地味。でも、イタリア料理において「地味」は最高の褒め言葉だ。
一つひとつの仕事をはしょらず、真面目に積み重ねたところに生まれるおかあさんの味を、私はひそかにとても尊敬している。

〈メニュー〉
アラカルト1,200円~(税込、コペルト別途500円)。料理とワインのアッビナメントを楽しめるデグスタツィオーネコース10,800円(税別、コペルト込み、サービス料無し)。
地階の「オステリア スプレンディド」では、料理に合うワインを選んでくれるソムリエール、森友紀子嬢もいる。ちなみに1階のバール「インプリチト」にはイタリアでワインとサービスを学んだ江木義宏さんも。ワインの愉しみも大きい。

Osteria Splendido (オステリアスプレンディド)

住所
〒150-0011 東京都渋谷区東4-6-3 Bell Air B1
電話番号
03-3406-0900
営業時間
18:00~翌1:00
定休日
定休日 日曜
ぐるなび
https://r.gnavi.co.jp/6kxe91kt0000/
公式サイト
http://www.osteria-splendido.jp/

※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
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