中目黒で15年も愛されているイタリアンの隠れた老舗にはイタリアの日常がある

【連載】通わずにいられない逸品  トレンドに流されず、一つのお店を長く観察し、愛しつづける井川直子さんにはその店に通い続ける理由がある。店、人、そして何よりその店ならではの逸品。彼女が通い続けるそのメニューをクローズアップする。

2016年03月21日
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中目黒で15年も愛されているイタリアンの隠れた老舗にはイタリアの日常がある
Summary
1.蕎麦屋に行くように日常遣いされる店
2.修業先はすべて星付きでも、作る料理はイタリアの「日常」の美味
3.まずは「ピチ」よりはじめよ

15年、変わらない3本柱のチーム

久しぶりにお昼にふらっと訪れると、まるで昨日も会ったみたいに迎えてくれた。藤澤正彦シェフとマダムの由里子さん、そしてサービスの相原通(とおる)さんも2001年のオープンから、もう15年ずっと一緒だ。

平日のランチどき。ラストオーダーに近づいて、すこしほっとしたムードになっていたそのとき、ギリギリにおじさんが滑り込んできた。
どこかの球団のキャップにジャンパーという気負いない服装。イタリアンというより蕎麦屋の暖簾をくぐるような、勝手知ったる感。いつもの席っぽい場所へ座ると、最初から決まっていたらしいスピードでパスタを注文し、ひとり「うまいなぁ」と呟いている。
で、さっと会計を済ませると、厨房のシェフに向かって「今日もうまかったよ」と片手を挙げた。
なんていいお店に育ったんだろう、と思った。

「イタリアン戦国時代」といわれた世代

「トラットリア タルトゥーカ」は、私がまだ駆け出しだった2004年に取材させてもらった一軒だ。
君島佐和子編集長時代の『料理王国』、特集「’04 日本のイタリアン 99店+1」。イタリアンの今を「食堂化」「南イタリア」「炭火焼」「深夜営業化」など12のキーワードで解析する試みで、今読み返すと時代が見えてちょっと面白い。
そういえばシチリアやナポリが人気だったとか、旨いもの屋的なトラットリアがあっという間に増殖したとか。
あの頃はカジュアルフレンチ勢力が押し寄せる直前の、「イタリアン戦国時代」なんていう文字が堂々と踊っていた時代だ。

「トラットリア・タルトゥーカ」は、この中の「イタリアからスタート」というキーワードで登場していただいた。日本で修業してからイタリアへ渡るのでなく、料理人そのもののスタートもイタリアから始めたシェフの店である。
藤澤さんは高校卒業後すぐ、トスカーナ州シエナの料理学校へ進んだ。料理を学びたいというよりも、一刻も早くイタリアという国に行きたかったのだそうだ。
それから、トスカーナ州のほかロンバルディア州やエミリア=ロマーニャ州、ピエモンテ州など北を中心に約4年。一旦帰国後、今度は南へ約10ヶ月。
修業先は当時二つ星だった「ダル・ペスカトーレ」(現在は三つ星)を筆頭にすべて星付きだったけれど、休みの日には町場のトラットリアばかり食べ歩いていたという。
「リストランテは技術を磨く場所。でも料理として、地元の人が普通に食べているものそのままを知りたかったんです」
そこにあったのは「日常」という美味だった。

トラットリアとは、町に根ざしていること

「日本にあるイタリアンでなく、現地にあるトラットリアを日本でやる」
定番メニューを柱にした“いつものあれ”を食べてもらう店。それは百花繚乱のイタリアンブームにあって極めて地味で地道な選択だが、2004年の取材時、私には逆にものすごくとんがったことのように感じられた。
「普通」「日常」「定番」「変わらない」。
そんな言葉を大切にする時代が来たということに、ワクワクしたのだ。
ちなみに同特集の同じキーワード、イタリアスタート組には「イ・ビスケロ」の早川智也シェフ、「カーサ・ヴェッキア」見崎英法シェフの名前も載っている。
早川シェフと見崎シェフは1967年生まれ、藤澤シェフは1968年生まれで、当時37歳前後。まさに東京のイタリアンを引っ張っていく世代の3人とも、トラットリア。
ただしそれは形態としてのトラットリアでなく、町に根ざす「生き方」を選んだ結果であると思う。

イタリア的な緩さと、丁寧な仕事の塩梅

先日、あらためて夜の「トラットリア・タルトゥーカ」をじっくりと味わった。
定番メニューも15年選手だ。私は一応メニューを開くけれど、で、迷ってみたりもするけれど、結局パスタは「ピチ」に決まっている。

しばしばうどんにも例えられるトスカーナのロングパスタは、伸ばした生地を切るのでなく、一本一本こよって伸ばし麺状にする。伝統的には小麦粉、水、塩、ラルド(ラード)のみ。土地や家庭によっては卵も使い、藤澤シェフの修業先では全卵を少し加えていたそうだ。
このムチムチ過ぎず、やわ過ぎずの食感が何とも言えない。
「僕はフォークで巻く時にプチプチ切れるのが嫌。だから、もっちり感がありつつも、しっかりつながっている感じが理想です」
打った生地は冷凍せず(出てはいけないコシが出るから)、余ったらまかないでおいしくいただく。
ピチのラグーは冬なら蝦夷鹿や猪、夏はウサギ、一年を通して仔羊肉に替わるが、不揃いにゴロゴロ切った野菜の感じも、煮込んだ肉のほぐれ具合もぴたりとイタリアに着地する。

イタリア的な緩さと言うか抜け感と言うか、それと、突き詰められた丁寧な仕事との塩梅が私のツボだ。
フリットだってシンプルなのに、何だろうこの軽くさっくりした食感は? と思ったら、薄衣なのに粉を二度つけていた。一度つけて余分をはたき、水にくぐらせてもう一度粉を重ねる。すると最初の粉がヤリイカなどの水分を吸ってさっくり揚がるのだそうだ。

トリッパとウズラ豆のトマト煮込みは、トリッパの下処理に尽きる。酢と水で2回茹でこぼし、3回目で香味野菜とさらに茹で、臭みを抜く。
ここまでで3時間半。さらに、トマトで煮込むこと2時間半。
時間にしか作れない味なのだから、しょうがない。そうして日々やるべきことをちゃんとするのに一生懸命で、15年はあっという間だった。

10年前、シェフは日本でのイタリアンブームに、すでに危機感を抱いていた。
「僕は自分の店を消耗品にしたくない」
だからタルトゥーカ=亀のように、自分の道を、自分のテンポで歩いてきたのだろう。
変わったところは、開店当時40代50代だったお客が50代60代になって、「量を食べられないから」と小皿メニューを加えたことだ。

この夜は、子ども連れの家族が合同でお誕生日を祝っているらしい。
賑やかでごめんなさい、と言われたけれど、楽しげな声がお店の高い天井に響いて、むしろ旅をしているような気分にさせてもらった。
町に馴染んで、町と生きる。
イタリアの静かな町にあるトラットリアの在り方が、中目黒に根付いている。

※写真の「骨付き仔羊ロースの炭火焼き」は、1皿を2人でシェアしたポーションです。

〈メニュー〉
プリフィクスコース3,000円〜。小さな前菜(小皿料理)300円〜、前菜1,400円〜、プリモ1,000円〜、セコンド2,000円〜。グラスワインは泡700円〜、白・赤各3種類680円〜、ボトル約60種類。すべて税別、コペルト500円、サービス料なし。

東急東横線「中目黒駅」より約10分、東急田園都市線「池尻大橋駅」より約9分

トラットリア・タルトゥーカ

住所
〒153-0043 東京都目黒区東山1-11-15 ARK2 ANNEX1F
電話番号
03-3792-8977
営業時間
11:45~L.O.12:00、18:00~L.O.21:30
定休日
定休日 日曜 26席
ぐるなび
https://r.gnavi.co.jp/bpzr4zbj0000/

※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。