漫画家・江川達也が老舗『つきぢ田村』へ。おふくろの味がだしのない味噌汁の味になっているのは実に哀しい

【連載】江川達也の散食散歩散話vol.4 ちょっと散歩してお腹をすかせてからの夕ご飯。これが一番おいしくごはんを食べる秘訣だろう。お店にすぐ行くんじゃなくて、お店の近くの隠れた名所を歩いてから食べましょう。知られざる色っぽい地形が沢山ある。知られざる歴史が埋もれている。知られざるお店のおいしいメニューがある。漫画家・江川達也氏が食べて歩いて喋って、日常に埋もれた歴史やグルメを再発見していく。

2016年11月08日
カテゴリ
賢人コラム
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漫画家・江川達也が老舗『つきぢ田村』へ。おふくろの味がだしのない味噌汁の味になっているのは実に哀しい
Summary
1.高級旅館のようなにおいと設えが温泉街の旅気分を味わえる
2.老舗だからこそ伝統を守りつつ常識を覆す日本料理を創ってきた
3.三代目主人が作る秋の味覚は目と鼻と舌で楽しめる

今回は築地を散歩。そして、有名な『つきぢ田村』で食べる。

『つきぢ田村』。話には聞くが、実は、行ったことがなかった。うまかった。ご主人の田村隆さんを目の前にお話を伺いながら食べる。これがまた贅沢な話だ。何より話が面白い。講演を多数こなされていて話もまた、うまい。耳と舌と目で楽しませてもらった。

と、その前に地図と散歩。散歩に関心のない人は、いつものように散歩の部分を飛ばして下さい。

江戸時代、『つきぢ田村』は海の上にあった

築地。ここは、江戸時代に作られた埋め立て地だ。1632年徳川家康が亡くなって16年後の地図にはまだ築地が存在しない。築地は海である。当然のことながら『つきぢ田村』も海の上だ。時代は下って約250年後の1880年明治初期。江戸時代に築地も埋め立てられて江戸は東京になった。

江戸時代の堀は明治の初期には残っている。江戸時代は物資の運搬は船だったから堀が必要だった。明治になり海路から鉄路へと運搬路が変わっていく。昭和になり鉄路から道路へと運搬路が変わった。明治時代の新橋駅は今の新橋駅より東にあった。地図の発車場の場所に行くと明治の頃の新橋駅が復元されている。新橋の名前の由来は堀に架けられた橋の名前だということが昔の地図からわかる。

新橋と京橋を結ぶ道が東海道だった。堀の殆どは現在、高速道路になっている。水路が高速道路になっているのだ。高速道路の脇にあの有名な鹿鳴館があった。今は帝国ホテルの場所である。八丁堀は現在桜川公園にその名残がある。

築地と言えば、築地市場である。明治時代初期、ここは、海軍兵学校だった。その後、海軍兵学校は広島の江田島へと移転する。

地図1:江戸時代の地図

地図2:明治時代の地図

地図3:現代の地図

『つきぢ田村』の玄関の前の道を北西に行くと明治の地図で祝橋を渡ることになる。現在は川ではなく左手眼下に首都高速道路が見える。右手は公園だ。また、『つきぢ田村』の前から北西に行きすぐ角を右へ曲がり北東に歩くと築地橋を渡ることになる。ここも現在は首都高速道路の新富町出口が川のかわりに眼下に見える。ここらへんの首都高速道路は、川(堀)の水を出してそのまま道路を作っただけのように見えるし、実際そうだ。

東・東京は堀の跡を巡るのが楽しい

ここは、『つきぢ田村』を中心にした人工島だったのだ。この島の海岸部分のヘリをぐるっと回るのも楽しい散歩コースだろう。本願寺の裏まで堀だった頃の地形の名残が現在でも残っているから楽しい(埋め立てられて公園にもなっている)。

祝橋を渡って北西に向かうと明治の地図上では朝日橋にぶつかる。現在この朝日橋は単なる十字路でしかないし、どこが朝日橋なのかわかりにくい。この橋が架かっていた堀(川)は完全に埋め立てられ、細い道になっている。銀座朝日ビルというビルが北の角に建っているところに朝日橋の名残があるのだろう。

銀座3丁目8-10だ。ここを左に曲がり、堀(三十間堀と言われていた)だった道を歩くと道が行き止まりになっていて左右に分かれている。私はこの変わった道をこの三十間堀の目じるしにしている。東京の東側は堀の跡を巡るのが楽しい。

目と鼻と舌で秋を感じる

さて、散歩した後は御馳走だ。

『つきぢ田村』は地図で見た通り築地のど真ん中にある。今の地図をズームすると「田村ビル」と記載されている。その『つきぢ田村』に入ると高級旅館のようなにおいがする。エレベータに乗って上に昇る。部屋も旅館のにおいだ。ちょっと旅に来たような気がする。最初の料理はこれだ。

すごく綺麗な箱庭である。秋を感じさせるジオラマ。三代目のご主人・田村隆さんのお父さんの本を読んだら、初代の頃から器へのこだわりが熱く語られていた。器だけじゃない、伝統を守りながらも、常に新しいものへの挑戦を忘れない、ということが語られていた。初代から、「初めて日本料理で何々をしたのは田村だ」、と、数々の常識を覆す日本料理を創ってこられたとのこと。二代目も三代目もその姿勢は崩さずに続けている。目で秋を感じ、鼻で秋を感じ、舌で秋を感じた。写真を見返すだけでも実に楽しい。

いつも飲まないお酒を呑んだ。あえてお酒を呑むとしたら日本酒だ。うまい日本酒しか自分は呑まない。他のお酒は体に合わない。料理と日本酒がまた絶妙に合う。いつも呑まないのですごく酔って心地よくなる。たった一杯でかなりの気分になる。築地を忘れどこか遠い温泉街の旅館でくつろいでいる気分になる。

正面に『つきぢ田村』のご主人の田村隆さん、三代目だ。話は、なぜか娘さんの話になる。田村隆さんには三人の娘さんがいる。田村の「田」には「水」だということで三人とも名前に「さんずい」の字を入れたそうだ。「潤」「泳」「沙」の字がそれぞれ入っている。継いでもらおうとは思っていなかったけれど、長女の旦那さんがお店を継ぐらしい。もともとは料理とまったく縁のない仕事をしていたそうだが、「料理屋とは何ぞや」を知ってもらいたくて知人のお店にお願いして修業した。ちなみに、三人の娘さんはだしが離乳食だったそうだ。羨ましい離乳食だ。

熱く語る三代目主人を前に緊張!?

スッポンのお椀だ。自分は猫舌じゃないので熱いお椀が美味しく味わえる。だし、スッポン、ネギ、生姜……、いろんな味が次々に口の中で混じり合い、何ともいえない変化に結局「うまい」という言葉しか出ないw

祖父、父、自分と三代にわたって伝統を守りつつ、常に改良と進化を続けていると語る田村隆さん。熱く語る三代目を前に食べるというのはかなりの緊張なのだろうが、いつも呑まないお酒が入っているので気楽に美味しくいただいた。日本料理で一番好きなのは、お椀だ。だしがしっかりきいた熱いお椀を口にすると「日本人に生まれてよかった」といつも感じる。最近はだしのない味噌汁を若いお母さんが作るので、おふくろの味がだしのない味噌汁の味になっている小学生が少なからずいるとのこと。哀しい話である。

これまた高級なお刺身を、これまたかわいく少しずつ盛りつけたお皿だ。少しずついろんな種類を食べるのは実に贅沢だ。そもそも、お店が終わりそうな時間に入ったお客さん2人に一人前しか残ってない刺身を半分に分けて出したことから、この少量多種の皿が生まれたそうである。確かに、これは素敵だ。しかもお造りというより、今流行りのカラフルなケーキが乗った皿よりも彩りのある皿に仕上がっている。山葵好きの私にはちょこんとのった山葵がうれしい。山葵がうまい。

「魚はどんな魚を?」との質問に、「魚は魚屋の魚」と田村隆さん。「米はどんな米を?」と訊かれたら、「米は米屋の米」と答えるとのこと(笑)。どんな米にするかは、その道のプロである米屋に任せる。毎朝、魚河岸に行っているが、そこでは彼らの顔を見て「おはよう」と言うだけ。信頼関係があれば、その時、いいものを考えて出してくれる。魚屋には、よくても悪くても、いつも電話する、と。いいものだった時は、「こんないいヤツ持ってきやがってー。次がつらいぞ(笑)」と言う三代目は、江戸っ子という印象だ。

初代・田村平治さんは関西から関東にやって来て、関西と関東の味の差を痛感し、関東の人か関西の人かそれ以上にその人それぞれの好みの味付けにして出していたと二代目・田村暉昭さんの著書の中で語っている。

最後は鍋だ。脂の乗ったトロ。ネギ。料理の仕方によって材料はいろんな味になる。新しい料理がどんどんできる。組み合わせでこんなにうまいモノになるのか、と感心する。『つきぢ田村』は初代から材料は捨てる場所がないくらい全ての食材を様々な工夫を凝らすことであますところなく使い切っておいしく料理してきたそうだ。

ああ、うまいものが口の中に入る瞬間。この汁がまたなんとも言えない味だ。すみません。オレだけ楽しんで。

ああ、猫舌じゃなく生まれた幸せをかみしめる瞬間。あつい汁が実にうまい。汁を呑んだ後のほくほくのご飯がまたうまい。

最後は、ご飯にこの汁と、ピリッと粒こしょうの辛い味付けのだし漬け。これがまた癖になる味。ごちそうさまでございました。すべて楽しませていただきました。

「語り」がとても上手な三代目主人

三代目の田村隆さん。話がとても面白い。いろんなところで講演されている。料理と同じくお客さんの集団によって、ぴったりの味付けの話の持って行き方をする。松山千春さんのファンだそうで、松山千春さんのコンサートは歌より語りが多い。その松山千春さんの語りに影響を受けているようだ。

お母さん相手には、きちんとだしをひくこと。三回違うタイミングで味噌汁を出す場合、味噌をとく前の状態のものを作っておき、手間がかかっても、食べる直前に三回、味噌をとくと美味しく食べられますよ、と語る。おじさん相手には、夜の生活に効く百の食材を語る。女子高生には、彼氏をゲットする美味しい唐揚げの作り方を語る。小学生には、だしの味を感じて下さいと言って、おいしいだしの汁をふるまう。

先にも述べたが、『つきぢ田村』は、三代目の田村隆さんの娘さんの旦那さんが継ぐようだ。「もったいないくらいの努力家」が、三代目・田村さんの娘さんが選んだ人の評価だ。三代目・田村さんも、初代、二代目から、節目節目にいい言葉をもらったようだ。二代目の本を読んでも感じることだが、言葉に愛情と信頼と寛容さを感じる。三代目・田村さんも本を出していて、この『つきぢ田村』で売っている。どういう時、どんな言葉を次の世代に贈ったかは、その著作で読まれたほうがよかろう。

料理の最後のほうに正月のおせちの話になった。一緒に詰めたおせちの他の料理の味がかまぼこに染みても、それが味わい深いかまぼこに変えるという話をうかがい思わずおせちを注文してしまった。大晦日におせちをとりに来ると、待っている時間にこれまたうまい餅をふるまってもらえると聞いて今から楽しみだ。おせちのお値段10万円をカードで払った。

<メニュー>

大原弁当 3,500円
宮島[コース料理] 6,000円
夜コース
橋立 8,000円
松島 10,000円
五十鈴 15,000円
宇治 20,000円
若狭 25,000円
嵯峨 30,000円
※価格は税抜

つきぢ田村

住所
〒104-0045 東京都中央区築地2-12-11
電話番号
03-3541-2591
営業時間
平日11:30~15:00 17:30~22:00、土・日・祝11:30~22:00
定休日
不定休日あり ※(臨時休業有り)
ぐるなび
https://r.gnavi.co.jp/tamura/
公式サイト
http://www.tsukiji-tamura.com

上記は取材時点での情報です。現在は異なる場合があります。

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