長年愛されたレストランの「イズム」を引き継ぐということ。~大井町『トラットリア ヨシダ』の場合~

【連載】通わずにいられない逸品  トレンドに流されず、一つのお店を長く観察し、愛しつづける井川直子さんにはその店に通い続ける理由がある。店、人、そして何よりその店ならではの逸品。彼女が通い続けるそのメニューをクローズアップする。

2017年07月21日
カテゴリ
賢人コラム
  • 連載
  • 大井町
  • イタリアン
  • プレミアム記事
長年愛されたレストランの「イズム」を引き継ぐということ。~大井町『トラットリア ヨシダ』の場合~
Summary
1.日本のイタリアン黎明期を支えた『イタリア料理用語辞典』の著者の店が閉店し、新しく託したのは?
2.南部・カラブリアの料理から北部・ピエモンテの料理へと大きく転換
3.料理もコンセプトも内装もガラリと変わったのに、受け継がれたものとは?

前身の『ファビアーノ』時代から数えて、大井町で20年。
このサイトでもお伝えした、『トラットリア ヨシダ』が、1997年からの歴史に終止符を打った。店は20年だが、オーナー・吉田政國さんのイタリア料理人生はその倍以上になる。

20年での終止符のわけ

昭和41年から料理を始め、日本のイタリアン黎明期を支えた人。カラブリア料理の伝道師にして、イタリア飲食人なら必携『イタリア料理用語辞典』の著者でもある。
「この店を閉めるときは、僕が倒れて死ぬときだと思っていました」
なのになぜ閉店かというと、自分の問題だけではない、と気づいたからだそうだ。
年齢とともに、自分の体調に加えて家族の事情も重なってくる。それでも押し通せば、今度はスタッフに負担をかけることになる。だったら次の世代に託そう、と決めたのだ。

▲大きくてふっかりとしたしらすは海の味。サルデーニャ産ボッタルガ(カラスミ)の塩味うまみも利いた、「大分県産しらすとブロッコリーとカラスミのリングエッティーネ」1,800円。リングイネ(断面が楕円形のロングパスタ)より薄くて細いリングエッティーネは、繊細な魚介とフィット(写真・すべて岡本寿)


託すなら、開店2年目から二人三脚だった愛弟子・有水かおりさんと決めていたのだが、さまざまな事情が重なって叶わなかった。
その時、声をかけたのが田町のピエモンテ料理店『リストランテ ラ・チャウ』の馬渡剛シェフだ。

▲「豚肉と鶏レバー、フォアグラのテリーヌ」1,800円。シェフを務めた『ヴィネリア ラ・チャウ』創業時からの看板メニュー。豚肩ロース肉の触感、鶏レバーやフォワグラのなめらかさ、マルサラ酒の香り。味も香りも濃厚な、でも後味は意外なほど軽やか


南のカラブリアと北のピエモンテでなぜ? と思いきや、遡れば接点がある。
馬渡シェフの出発点、ホテルのイタリアンレストランでの上司が、吉田さんの弟子だったのだ。20歳そこそこの彼は「勉強になるから」と上司に言われ、週2日の休日に『ファビアーノ』を手伝っていた。
「ホテルとまるで違う、食材の無駄を出さない料理に驚きました。後にイタリアへ行ってから、それがイタリア料理の原点だと知ったんです」
しかし当時の馬渡青年は会社の部活動に夢中で、1カ月後には行かなくなってしまったという若気の至り。
それでも、料理人そのものに向いてないと悩んでいた時期に、料理の楽しさを教えてくれたのは『ファビアーノ』。イタリアに行きたい気持ちを揺さぶってくれたのは、吉田さんだった。

ヨシダイズムを受け継ぐ孫弟子

その後、馬渡さんは4年に渡る北イタリア・ピエモンテ州での修業を経て都内数軒のシェフとなり、2007年10月に『リストランテ ラ・チャウ』を開店。
この間に吉田さんと再会。互いの店を行き来したり相談に乗ってもらったり、飲んだり歌ったりする仲になっていた。
馬渡シェフは吉田さんを師匠と呼び、師匠のほうは彼をこう言う。
「馬渡くんは、『原点は常にお客さん』という僕の“イズム”に共鳴してくれた人。つまりお客さんが何を望んでいるか、どうしたら喜んでもらえるか?が、すべての出発点であるということです」

▲以前の、壁も天井も吉田さんの絵が描かれたデカダンな雰囲気から一転、白を基調にしたシンプルなリストランテに。と思いきや、ふと見ると天井には吉田さんがこの店のために描いた太陽が。Tutto soleとは「太陽がいっぱい」という意味


跡を任せたいという申し出を、馬渡シェフは二つ返事で「はい」と答えた。
「吉田さんの歴史、功績が刻まれたこの店が、“物件”として他人の手に渡るのが嫌だったから」
とは言え、北のバックグラウンドを背負った自分が、南の『トラットリア ヨシダ』をそのまま引き継ぐことはできない。
「ヨシダイズム」を引き継ぎ、歴史を消さずに、かつ新しい店を。それが7月3日に開店した『オステリア トゥットソーレ』である。

▲「北海道十勝産処女牛イチボのタリアータ」3,000円。牛肉は進藤シェフの故郷、北海道釧路市のお隣、十勝の食材。表面はしっかりと焼き上げ、中は優しく。イチボの筋と赤ワイン、香味野菜の複雑味のあるソースと絡めてどうぞ。付け合わせは旬のとうもろこし、こちらも北海道産

この記事にはまだ続きがあります

今すぐ続きを読む

プレミアム記事をすべて読むには、ぐるなびプレミアム会員登録が必要です

関連記事

なぜ正月に「雑煮」を食べるのか? 日本人なら知っておきたい、雑煮のルーツと江戸雑煮のおいしい作り方

日本古来の伝統食は、日本の気候や風土、歴史によって長年育まれてきた大切な食文化です。中でも、暮らしの節目節目にくり返される「行事食」には、日本人のスピリットが凝縮されています。本連載は、日本の伝統食、行事食にスポットを当て、知っておきたい基本知識について、日本料理研究家の柳原尚之さんにお話しいただき、さらに覚えておけば日々の食ライフがランクアップする、日本料理の基本レシピも随時紹介!

柳原尚之
江戸懐石近茶流嗣家(きんさりゅうしか)/「柳原料理教室」副主宰
なぜ年末に「年越しそば」を食べるのか?【日本料理研究家/江戸懐石近茶流嗣家・柳原尚之】

日本古来の伝統食は、日本の気候や風土、歴史によって長年育まれてきた大切な食文化です。中でも、暮らしの節目節目にくり返される「行事食」には、日本人のスピリットが凝縮されています。本連載では、日本の伝統食、行事食にスポットを当て、知っておきたい基本知識について、日本料理研究家の柳原尚之さんにお話しいただき、さらに覚えておけば日々の食ライフがランクアップする、日本料理の基本レシピを随時紹介します!

柳原尚之
江戸懐石近茶流嗣家(きんさりゅうしか)/「柳原料理教室」副主宰
【dressing読者は期間限定で入店可能に!】オトナが注目する街・四谷荒木町の紹介制隠れ家

【連載】幸食のすゝめ #055 食べることは大好きだが、美食家とは呼ばれたくない。僕らは街に食に幸せの居場所を探す。身体の一つひとつは、あの時のひと皿、忘れられない友と交わした、大切な一杯でできている。そんな幸食をお薦めしたい。

森一起
ライター/作詞家/ミュージシャン
「日本酒」選びに迷ったら? 騎士団オフィシエがこっそり教える、年末年始に飲むべき旨い「日本酒」

みんな大好き「お酒」だけれど、もっと大人の飲み方をしたいあなた。文化や知識や選び方を知れば、お酒は一層おいしくなります。シャンパーニュ騎士団認定オフィシエによる「お酒の向こう側の物語」 ♯3:年末年始にオススメの「日本酒」

岩瀬大二
ワインナビゲーター/酒旅ライター/MC