渋谷区と世田谷区の境界で、いま呑兵衛が注目しはじめた知る人ぞ知るツウな街・代田橋を堪能する

【幸食秘宝館】#010 グルメサイトでもなかなか表れない、本当は教えたくない至福の隠れ家。街をさすらい、街に愛された賢人だけが知っている、店選びの黄金律。人気のレビューでは辿り着けない、「幸食の秘宝」そっと教えます。

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渋谷区と世田谷区の境界で、いま呑兵衛が注目しはじめた知る人ぞ知るツウな街・代田橋を堪能する
Summary
1.口コミやネットを頼りに呑兵衛たちが集まり始めた代田橋の知られざる至極の4軒
2.アーティストも訪れる立ち呑み&ギャラリーと、将来、中野『おかやん』勝どき『かねます』のようになることが期待される一軒
3.「朝まで」呑兵衛にはうれしい、馬肉料理専門店と秘密基地的バー

#010 いくつもの夜が交錯する異郷、代田橋

ダイダラボッチは、大太郎法師という文字の通り、心優しき巨人だ。中部や関東のいろんな場所に、盛大に足跡を残している。いちばん有名なエピソードは、富士山を作った話だろう。なんでも、甲州の土を取って土盛りしたらしい。それでも足りずに、近江の土も掘ったらしい。その広大なる名残りが、甲府盆地と琵琶湖だ。

そのエピソードを元に、富士宮市と近江八幡市は夫婦都市になっている。
柳田國男の「ダイダラ坊の足跡」によると、東京にもダイダラボッチが歩いた足跡があり、そこにできた街が代田だと言う。玉川上水が暗渠化(あんきょか)される前には、今の京王・代田橋駅の北西100mの所で甲州街道が上水を越え、代田橋が架かっていた。
あの、代田村に繋がっていく道だ。

目黒駅が目黒ではないのと同じように、代田橋駅は代田ではない、世田谷区大原だ。しかも、駅近くに杉並区、渋谷区との区境が存在する。
小さな駅舎を降りるとすぐに、たこ焼き屋や、弁当屋、レトロなオモチャ屋などの路地が始まり、甲州街道に近づくに連れて、小さな飲み屋が軒を連ねるようになる。マスコミにも登場する有名店も、若い夫婦が切り盛りする新顔も分け隔てなく商いを続ける温かいムードは、南の街のどこかの路地を歩いているみたいだ。

代田橋から甲州街道を渡った和泉の沖縄タウンに向かうと、牧志の交差点を渡り栄町市場に迷い込んだような錯覚を覚える。
日々、口コミやネットを頼りに、飲んべえたちが集まり始めた代田橋には、まだまだ知られざる名店が存在する。
もちろん、今回ご紹介する4軒もまだまだメディアでは見かけない店ばかりだ。

池ノ上から代田橋へ、更なるアップデートを遂げた立ち飲み兼ギャラリー。
立ち飲みの域を超えた魚介類の創作割烹に出会える小さなパラダイス。
馬に特化して、丁寧な仕事と味で勝負する新しい顔のリアル深夜食堂。
夜が明けるまでそのまま飲んで遊べる、大人のための心躍る地下基地。

さて、そろそろ世田谷最北端のゆるい楽園、代田橋に飛び出そう。

世界が見えるギャラリー兼立ち飲みスタンド

その昔、池ノ上の駅から下北沢に降りて行く坂道のほど近くに、『現代HEIGHTS』というギャラリーがあった。学生アパートを一度スケルトンにして、白く彩色したようなギャラリーには膨大なフライヤーが置かれ、かなりの数のCDも並んでいた。
ギャラリーはカフェも兼ねていて、本格的過ぎるほどのカレーやピザも食べることができた。
もちろん、夜はたくさんのアーティストの卵や地元の人たちが、年代の壁を乗り越えて楽しい杯を重ねた。

いつも、その中心にいたのがオーナーの岩田利紀さんと、女将の藤井教子さんだ。『現代HEIGHTS』無き後は、2人を慕うHEIGHTS難民たちが街にたくさん溢れた。
1年ほどの時が過ぎて、更にパワーアップして戻って来たのが代田橋の沖縄タウンにある『納戸』だ。
1階に立ち飲み屋、2階に『gallery DEN5』、外のカウンターではセルフのかき氷も楽しめる。

沖縄タウンに変容した古い市場の入口、藤井さんのレトロな装いが街にしっくり馴染んでいる。
煮玉子と島豆腐とスジ煮込みがセットになった、赤味噌煮込みの全部盛りをつまみながら、チューハイやハイボールをひと口飲むと、身体中のしこりや悔恨のようなものが少しずつ流れ出して行くのが分かるはずだ。
大皿に盛られた日替わりの惣菜も人気が高い。2人の温かい人格に抱かれて、静かにゆったりとした時間を過ごす喜び。

絵画から写真まで、2人がチョイスしたギャラリー展示も楽しみだ。カウンターの奥には、ジャムの空き瓶に詰められた世界中の塩が並んでいる。小さな沖縄タウンの小さな立ち飲み屋は、世界を覗く窓なのかもしれない。

<メニュー>
赤味噌煮込み・煮玉子100円、島豆腐170円、スジ煮込み310円、全部盛り540円、本日のメンマ100円、チューハイ/ハイボール330円、生ビール小280円、中550円、
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税抜です。

納戸

住所
〒168-0063東京都杉並区和泉1-3-15市場入口
電話番号
070-6469-6908
営業時間
16:00〜23:00
定休日
水曜日

上記は取材時点での情報です。現在は異なる場合があります。

進化が止まらない新しき和の立ち飲み

代田橋の小さな駅舎を出たとたんに、小さな路地はオモチャ箱をひっくり返したような原色の楽園だ。日暮里辺りでも見かけなくなった子どもたちの当たりくじや、昔ながらの玩具、もはや陳列されているのか売っているのか分からない膨大なミニカー、たこ焼きで酒を飲んでいる大人たち…。
駅前の喧噪を抜けると、おきなわタウンに向かう甲州街道に続く道に出る。その一角には、たびたびメディアにも登場する『きんせい』の角からずっと、色々な飲食店が軒を連ねている。

『きんせい』とスタンディングのイタリアンに挟まれて、いつも人でいっぱいになっている立ち飲み屋を見つけたら、それが『田っくん商店』だ。九州の街角でよく見かける活魚料理の幟が表す通り、毎日書き直される『田っくん商店』のホワイトボードには、新鮮な旬の魚介類が並ぶ。
魚ばかりではない、生ラムの肩ロースや純情豚のローストポークもある。しかし、ラムには黒酢とカシスを合わせ、豚には昆布ソースを使うなど、一つひとつのメニューが創意に溢れている。

一般的に、創作料理、しかも、和食には食傷させられるものも少なくない。だが、『田っくん商店』の畑琢也さんの手にかかれば、どの食材も最上の一品に仕上がる。その実力に触れたければ、まず刺し身を1つ選び、「本日のおまかせ6種類盛り合わせ」を頼んでみることだ。揚げ物、肉、野菜、デザート的なもの、そのすべてに手がかけられ、どこにもない田っくんワールドを形成している。
これほどの立ち飲み屋は、滅多にない。まだ若い田っくんは、将来、中野の『おかやん』や、勝どきの名店『かねます』みたいになるのかもしれない。
ずっと、進化を見続け、見守りたい店だ。

<メニュー>
本日のおまかせ6種類盛り合わせ1,200円、ニラのユッケ490円、こしょう鯛カブト豆豉蒸し640円、今宵の日本酒各種690円、
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税込です。

※電話無し(Instagramでのメッセージ送付は可能)

田っくん商店

住所
〒156-0041東京都世田谷区大原2-26-5
営業時間
18:00〜26:00
定休日
日曜日
公式サイト
https://www.instagram.com/takkun_shouten/

上記は取材時点での情報です。現在は異なる場合があります。

馬に特化した静かなる実力派の深夜食堂

駅近くの『田っくん商店』が魚介類を中心とした、あらゆる食材に対するオールマイティなら、もう1人、正反対の天才肌を紹介しなければならないだろう。おきなわタウンを抜けた裏、代田橋を象徴する大衆酒場『升屋』の近くにあるこちら。
店の前に立てられた看板には、ひと言「馬」の文字、ここは馬に特化した珍しい食堂だ。しかも、深夜の4時まで、丁寧に調理された料理に出逢うことができる。身体に優しい馬肉という素材も、深夜飯の罪悪感を薄めてくれる。
そのせいだろうか、深夜の馬肉食堂にはうら若き女性たちの姿が目立つ。

小さなテーブル席はあるが、客のほとんどは調理風景を見渡せるカウンターに座る。藍色の作務衣を着て、黙々とオーダーをこなしていく堀慶一郎さんは割烹や洋食店などで腕を磨いて来た。だから、繊細なだしと見事な火入れの馬肉が1つの店に同居している。それは、客たちにとって、この上ない贅沢だ。
ドリンクも、自家製のジンジャーシロップで作るサワーやハイボール、同じく自家製の白いサングリアが人気だ。
爆弾納豆や揚ジャガジェノ馬、揚ニョッキのカレーがけ、茹で蒸しビンタなど、オリジナル料理も丁寧な仕込みと仕上げが美しい。

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