和食が持つ比類ない価値を受け継ぎ、後世へ伝える

村田
10月下旬、うれしいニュースが届きました。ユネスコ無形文化遺産の事前審査をする補助機関が、「和食・日本人の伝統的な食文化」の登録を勧告しました。
これを受けて、12月の政府間委員会で正式に登録が決定される見通しです。「遺産」というくらいですから、今、保護しないとなくなってしまうかもしれない。そんな貴重なものだということですね。
小山
和食はヘルシーという価値がベースにあると思います。和食の技法がフレンチやイタリアンのシェフなどにも広まり、世界に拡散されてトレンドになっている感もあります。
ですが、その一方で和食とそうでないものとの境界線が薄らいできていることに、危機感があるのでしょうか。
村田
文化とは融合するものですから、境はなくなってもいいのです。では、和食の価値とは何か。よく四季の情感を映し込み、素材の持ち味を活かすなどと言われますが、そういう料理はほかの国にもあります。
では何が違うのか。それは、和食が「旨味」を中心に構成した唯一の料理だということです。人間は1日に30品目くらい食べますが、同じものばかりでは飽きてきます。しかし、油脂と旨味と糖質が脳の快感中枢を刺激して、また食べたいという欲求を持たせます。そこで、世界のほとんどの地域では、油脂を中心に料理が構成されたのですが、ただひとつ、和食だけが旨味を中心としました。
これは唯一無二の価値であり、失うわけにはいきません。日本ばかりでなく、人類にとって意味があるのです。和食があります。これらは取るに足らないつまらない習慣なのではなく、守るべき価値ある日本の食文化なのです。

日本食文化の根本的な魅力に、日本人自身が気づくこと

小山
僕は、日本人の一番の才能は他人をおもんぱかることだと思うのです。それは、資源も何もない小さな島国で暮らしていくために、他人といろいろなものを共有したこと、木や紙などを使った家に住んでいるため、常に隣の人を気遣って生活してきたことが育んだ気質です。
料理でも、どうしたら一番おいしく食べてもらえるかを考え、すべてにおいて繊細で、〝塩少々〟という言葉ひとつにも、本能的に心地よい塩加減が含まれていると思えます。そんな日本のよさを気づかせるのが、外からの視線ではないかと思うのです。
村田
他人に「あなたのお父さん、すごいね」と言われて、初めてすごさに気がつくということですね。
小山
そうです。「フレームを変える」ことが大切なのです。日本の食文化の何気ない風景が、ものすごく美しく、かけがえのないものであることが伝わる「フレーム」を探し出せば、日本人自身が日本の食文化にもっと自信と誇りを持ち、積極的に次世代に受け継ごうとするのではないでしょうか。
先日試乗したJR九州の「ななつ星in九州」という列車は、日本の伝統技術の粋を集めた豪華な車両で、九州の食材、郷土料理、工芸や産業、そのほか多くの人々を巻き込んで九州の魅力を掘り起こし、日本と世界に向かってアピールする要として走り始めました。
こういう「フレーム」が食文化の世界にもあったらと思うのです。
村田
そもそも日本人には、自分たちが持っているものはたいしたことがないと思う悪いクセがあります。毎日見ている風景がどんなに美しいか、目の前の水や米がどんなにおいしいか、昔から伝わる伝統産業の技術がいかに素晴らしいか、これに気づいていません。
小山
まさに、そのとおりです。僕は熊本出身ですが、東京で30年暮らして戻ったとき、熊本の水はなんておいしいのだろうと驚きました。阿蘇山に降った雨が20年かけて流れてきた湧き水だから、甘いのです。この水で、毎朝、歯を磨くなんて、すごく幸せなことです。
つまり、無理に厚化粧することはない。そこに暮らしている人々が外からの目線や「フレーム」を持って、今まで気がつかなかった自分たちのよさに気づくことが、まず大切なのです。
村田
日本人が目指す料理人の一番人気はパティシエで、フレンチ、イタリアン、中華と続き、和食は5番目です。確かに和食の世界はわかりにくく、レシピは門外不出、見て覚えるものだと言われてきました。
和食でいう「一口大」とは人間工学に則ったもっともおいしいと感じる寸法なのですが、何センチで何グラムなのか、記述されたものがないのです。数値化し、科学的なレシピにしないと、後世に伝えられません。
しかし、こうした研究が進めば、将来、検定制度につながり、誰もが公正に評価されるようになって全体のスキルも上がると思います。登るべき階段が見えてくれば、和食のよさに気づく人も、和食の料理人を目指す人も増えてくると期待しているのです。

「無形文化遺産登録」を機会に、飲食店の原点を見つめ直そう

小山
すごく近代的なことをやろうとしているのですね。僕は、和食が無形文化遺産へ登録されることで、日本人が内なるものへの誇りを再確認するきっかけになるように思います。これも「フレーム」のひとつですよね。
さらに「ななつ星in九州」のような究極の和食店を作って、一流の料理人が日替わりで腕を披露するという「フレーム」はどうでしょう。
個々の飲食店でも、原価率にこだわらない予算枠を設けて、食文化を守るために、例えば〝鰹節にこだわる〟なんていう取り組みもあっていいかなと思うのです。
村田
食に携わる人は、自分の仕事に今まで以上に誇りを持てるようになるでしょう。
和食以外のシェフも含めて、日本の料理人として自分の料理を見つめ直すきっかけにもなるはずです。
なぜ飲食店を始めたのか、誰のために料理をしているのかを問うという、原点に立ち返る機会にもなることでしょう。
小山
僕は仕事をするとき、「新しいか」「おもしろいか」「誰かが幸せになるか」を考え、どれかに当てはまることをやろうと思っています。
日本の飲食店の人たちすべてが、日本食文化の魅力と大切さに気づき、その継承と発展のために活躍されるよう期待します。

世界に誇る「日本食文化」を見直し、飲食店からその価値を次世代へ!

「菊乃井」主人  村田 吉弘

京都・祇園の老舗料亭「菊乃井」の長男として生まれる。大学在学中、フランス料理修行のため渡仏し、卒業後は名古屋の料亭で修行。その後、「菊乃井木屋町店(現・露庵 菊乃井)」開店。1993 年株式会社菊の井代表取締役就任。日本料理を正しく世界に発信すること、公利のために料理を作ることがライフワーク。エアラインの機内食の考案や講演活動など、様々なかたちで食育活動にも取り組んでいる。現在NPO法人日本料理アカデミー理事長。

放送作家  小山薫堂

熊本県出身。
放送作家、脚本家。日本大学芸術学部在籍中に放送作家として活動開始。「料理の鉄人」「カノッサの屈辱」など、斬新なテレビ番組を数多く企画。初脚本となる映画「おくりびと」では第81 回米アカデミー賞外国語部門賞獲得。その他、書籍・雑誌での執筆、ラジオ番組の出演、企業コンサル、地域活性キャンペーン、飲食店プロデュースなど、幅広い活動を展開。RED U-35(RYORININ'S EMERGING DREAM)総合プロデューサー