店から「人間として小さい」と思われる客にならないための「客力」の鍛え方

【連載】正しい店とのつきあい方。  店や街とのつきあい方がわからない人が増えている。初めてなのに常連と同じように扱われないと怒る人や金さえ払えば何でもしてくれると思う人。お客様は神様、などではない。客としてのあり方を街と店に深い考察を持つ江弘毅氏が語る。

Summary
1.「常連」になる必要はあるのか?
2.コストパフォーマンスを求めすぎると結果的に「自分が損している」という意識を芽生えさせる
3.どこを見てどんなタイミングで注文すると店遣いは楽しくなるのか?

「いい客」とは何か?

「常連ぶる常連客は好きではないです」
これはとある老練な料理人の言葉だが、なかなかの含蓄に富んでいる。その店で「いい客」になることは、別に「常連」にならなくてもいいのだと思う。
その店で常連になるための「近道」みたいなのを気にしたり、スキルを身につける、などという考え方は捨て去った方がいい。飲食店で賢い消費者であろうとするあまりに、店側に顧客満足的なコストパフォーマンスを求めすぎることは、ほかの客に比べてなにか自分が損をしているのではないか、という要らぬ意識を持つことにつながる。
取引でも駆引きでもない。
やたらへりくだったり有り難がったりするのも、客だからと横柄になるのもよくない。
その日その時の「かけがえのない」時間を過ごせるかどうか。

だから「客力(きゃくぢから)」というか、店で楽しめる基礎力を身につけるには、やはり客と店側がカウンターを挟んでコミュニケーションする店舗形態が一番だ。
その代表はなんといっても割烹(それは案外、お好み焼き屋もよく似た構造)だ。

どういう注文の仕方をするのが気持ちの良い店遣いにつながるのか?

「おまかせ」が主流だったりお決まりのコースのみの店は、客側も店側もお互いにいらぬ気遣いは無用ゆえ、たしかに的を外す確率は低いがそれでは面白くないし、カウンターに一列に並んで一斉に同じものを食べ酒だけ好みのものを飲む、ということだけではあまり客力を身につけることは出来ない。
やはりその日その時の自分の気分を大切にしつつ、その日その時の店側の食材やおすすめに気持ちを重ねていって、具体的に食べ飲みする。
オーソドックスな割烹に行くと、だいたいその日の素材が書いてあって、テキストの脚註やアンダーラインのように、刺身なのか塩焼きなのかが書かれている。

あるいはカニや松茸といった食材は、客から見えるようにカウンターに置かれてあったりする。
この日の祇園の割烹「橙」も、まさにその現場だった。

「客として満足させろ」というさもしい姿勢

割烹だからとそれらを完全に無視して、いきなり自分が食べたいものを注文したり、「何がおすすめなののですか?」とかと訊くのはあまりいいやり方ではない。
要は「客として満足させろ」という姿勢ではなく、うまいものうまい酒、楽しい時間…を「一緒に作ってください」という懇請のシグナルを送れるかどうかなのだ。
そのためのご主人とのコミュニケーションなのだ。

松茸があるならタイミングよく「松茸おいしそうですね」と話しかければ、「土瓶蒸しにしましょか」と薦めてくれるだろう。その時に秋の鱧のだしおいしさを知れば、またひとつ身体がうまいものを覚えてくれる。

また「最後にまったけごはんもどうですか」というサインだったりすることもある。


「ぐじ」と書いてあったなら、その脚註のひとつにある「若狭焼き」を聞いてみるのもいい。
味付けの要である、酒と味醂と昆布だしによる「若狭地」について教えてもくれる。違うと思えば「酒蒸しで」と頼めばいい。

そういう実地体験は、大げさにいえば「客力」の実地訓練ならぬ血となり肉となるはずだ。
その積み重ねこそが店側に「良い客」として認知してもらい、なんだか依怙贔屓してもらっているような醍醐味が味わえる美食への道なのだとひとまず思っておこう。
あらかじめ店についての情報や料理素材についての知識をまとって狙った店に行くよりも、ずっと基礎力が身につくし、これには汎用性がある。

ただし客側も店側もマニュアルがないのと同じで近道なんてない。
変化球を投げるのはそれからで十分だ。

橙(ダイダイ)

住所
〒605-0000 京都府京都市東山区祇園花見小路四条下西側
電話番号
075-561-2380
営業時間
12:00頃〜14:00頃、18:00頃〜21:00頃(要電話確認)
定休日:不定休

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