東京がほこる酒飲みの聖地・立石ホッピングの要所、おでんと酒が心ゆくまで楽しめる『おでん丸忠』

【連載】幸食のすゝめ #033  食べることは大好きだが、美食家とは呼ばれたくない。僕らは街に食に幸せの居場所を探す。身体の一つひとつは、あの時のひと皿、忘れられない友と交わした、大切な一杯でできている。そんな幸食をお薦めしたい。

Summary
1.以前は、この地で大人気の『二毛作』だった店舗そのもの
2.日本酒、レアな国産ウイスキー、ナチュラルワインとおでんを楽しめる店
3.掲げられた暖簾は立石に人を呼ぶ名店『宇ち多゛』の三代目から

幸食のすゝめ#033、おでんの湯気には幸いが住む、立石。

「今、何やってる?一緒にやんない?」、立石仲見世で30余年続くおでん種専門店、『丸忠蒲鉾店』の二代目、日高寿博さんからの電話だった。
「え?トシくん、いつから?」驚きながら西村浩志さんが訊くと即座に答えが返って来た。「今日!」。
トリュフォーとゴダールの出会いみたいに、立石のヌーヴェルバーグは、その瞬間に産声を上げた。

地元で生まれ育った2人は、髪を切りにいく場所が同じだったりして昔から顔馴染みだった。
もともと、立石の街はいい意味で村のような処だ。街を歩いていても、顔見知りばかりがすれ違っていく。
丁寧に作られた日本酒や、レアな国産ウイスキー、ヴァンナチュール(自然派ワイン)。酒が大好きだった2人は立石の街で出会い、1つの夢を育んでいく。閉店後のおでん屋の店先に椅子とテーブルを出し、置きたい酒やつまみについて、缶ビールやコップ酒片手に時間を忘れて話した。

2007年、2人の夢の城、『二毛作』(現在の『おでん丸忠』)がオープンする。
日本酒のお燗が大好きだった西村さんは、広島の竹鶴や埼玉の神亀、奈良のどぶなど、貴重な銘柄を酒蔵まで訪ねて並べた。国産ウイスキーも、秩父のイチローズモルトなど、レアなものがカウンターいっぱいに並んでいる。
日高さんはフェスティヴァンなどヴァンナチュールのイベントにも積極的に出店して、多くの先輩たちから薫陶を受け、内外の珍しいワインなどを集めた。2人が好きなドリンクしか置かない、甲類焼酎の街だった立石に新しい風が吹き始めた。

店の斜向かいにある立石を代表する名店、『宇ち多゛』の3代目朋一郎氏からは暖簾を貰った。
アニキと呼ばれ慕われる3代目から、足りないものを聞かれ、「宇ち多゛より」と染め抜いた暖簾をリクエスト。名店の3文字は世代を越えた『宇ち多゛』ファンたちの目に留まり、立石探訪の2軒目や3軒目として、反対側の『栄寿司』と共に多くの人たちが訪れるようになった。
暖簾ばかりではない、アニキは多くの顧客たちに、立石の新しい波を積極的に援護射撃してくれた。

そして、2015年の春、跡取り息子の日高さんが京成線の線路脇に新しい『二毛作』をオープン。
店は『二毛作』から『おでん丸忠』へと名前を変え、西村さん主宰で再スタートした。もちろん、名前が変わっても、築き上げて来た日常は変わらない。隣りの『丸忠蒲鉾店』で手作りされた出来立てのおでん種は、そのまま店先で丁寧に煮込まれ、美味しそうな湯気を立てている。
お客の注文が入る度に、西村さんとスタッフはお隣におでんを装いに行く。ヴァンナチュールの注文にも、隣りに走り、何本かの候補を手に戻ってくる。

今はすっかり西村さんの店としてのカラーが定着した『おでん丸忠』には、カップルや女性たちの姿も目立ち、暖簾だけで商店街と繋がる開放的なムードも多くの人たちの共感を呼んでいる。
おでんや居酒屋の定番メニューから、毎日千住市場で仕入れる魚介類。カリーライスや「おじん」(おでん+おじや)、「うでん」(おでん+うどん)などの〆も充実している。どれも、たくさんの種類の練り物のうまみが溶け込んだおでんスープの滋味が活きる。
日本酒やヴァンナチュールを頼むと、ソフトな語り口で西村さんがレクチャーしてくれる。その口調には「自分が好きなものしか置かない」、西村さんの誠意が生きている。

新しい丸忠の暖簾にも、再び「宇ち多゛より」の3文字。客たちは、遠く県外からも訪ねてくる。
「東京はいいですね。1つの店で燗酒飲めて、自然派ワインを飲める店なんて横浜にはないですよ」。
今日、初めて訪れた客の言葉に、西村くんが装ったばかりのおでんの湯気の向うから笑顔混じりに答える。
「缶ビールだって、ありますよ!」。
おでんの湯気には幸いが住んでいる。

<メニュー>
おでん各種50〜200円、おでんのトマト400円、刺し盛り600円、日本酒(一合)750円〜、自然派ワイン(グラス)750円〜、
サワー各種400円、缶ビール400円
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税込です。

おでん丸忠

住所
〒124-0012 東京都葛飾区立石1丁目19-2
電話番号
03-3696-6788
営業時間
15:00~22:00(L.O.21:00)
定休日:木

※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。