バングラデシュ生まれの肉の目利きが、焼肉店『ばぶ』をオープン! 武蔵小山『みやこや』の想いを継ぐ一軒

【連載】幸食のすゝめ #099 食べることは大好きだが、美食家とは呼ばれたくない。僕らは街に食に幸せの居場所を探す。身体の一つひとつは、あの時のひと皿、忘れられない友と交わした、大切な一杯でできている。そんな幸食をお薦めしたい。

Summary
1.武蔵小山のひとり焼肉の名店『みやこや』の跡地にオープン!
2.名物のハラミは健在! 前大将から入手ルートまで引き継ぎ復活
3.店主は牛肉に精通する、凄腕のバングラデシュ人

幸食のすゝめ#099、町の肉には幸いが住む、武蔵小山。

「おおーっ、こんにちは! 俺、今日は客だから」、店の名前だけが変わったお馴染みのドアを開くと顔見知りの先輩が満面の笑みでカウンターに座っている。

かつて、武蔵小山の伝説的な名店の1つだったひとり焼肉の殿堂『みやこや』の大将、後藤さんだ。

「店は変わったけど、ハラミはそのまんま、タレの配合もしっかり教えたから!これからも、よろしくね」

2019年のゴールデンウィーク前に、惜しまれつつ閉店した『みやこや』は、令和最初のクリスマスの日に『ばぶ』という名前で再生した。居抜きだから、変わったのは看板だけだ。

武蔵小山の地で愛され続けた、名店『みやこや』跡地

店に入ると、黒いカウンターに赤い椅子、斜めに置かれたガスのロースター、見慣れた風景が目の前に広がる。

近年、ムサコという愛称で親しまれている武蔵小山は、東の立石と並ぶ大人のワンダーランドだ。懐に優しい様々な飲食店が立ち並び、はしご酒を楽しむ人たちを手招きしている。

しかし、駅前の都市開発でタワーマンションが完成して、その風景は一変した。
駅前の名物だった立食い焼鳥の『鳥勇』と、この街から東京中に進出したせんべろの『晩杯屋』は、今は大人しくタワマン街の中に収まっている。

でも、武蔵小山の象徴、パルム商店街の巨大アーケードを横目に見ながら26号線を渡ると、風景は一変する。

『じまん亭』跡の美容院を過ぎると、ムサコのランドマーク『牛太郎』の紺地の暖簾が見えてくる。そのまま先の小径を渡ると、どんづまりが新生『みやこや』の『ばぶ』、左隣りが新生『PIZZA Q』の立食い鰻串『梅星』だ。

齢80を超えられた後藤さんが、そろそろ『みやこや』を畳むという噂は、何度もムサコの街に流れ、その度に最後のハラミを求める人たちで、店の前には行列ができた。幻の酒ホイスと、どこよりもリーズナブルなホルモンと焼肉。

近隣の『牛太郎』と共に、街の人たちに愛され続けた店の前に、「貸店舗」という紙が貼られたのはゴールデンウイークを過ぎた頃。なかなか借り手は見つからないのか、隣に『梅星』が開店しても、店はひっそりと静まり返っていた。

『みやこや』閉店から約半年、ホルモン焼肉『ばぶ』が誕生!

年末、令和に変わった旧『みやこや』に灯りが付いていた。覗いてみると爽やかな笑顔で、マッチョな外国人が顔を出した。

「ここで焼肉やります、来年早々には開店できると思う。よろしくお願いします!」

13年前にバングラデシュから日本にやってきた、(アハメド)バブさんだ。

それからは『梅星』に行く度に、隣の店内を覗いた。着々と急ピッチで、大掃除と開店準備が進む店内。店は年を跨がずに、令和元年の間にオープンした。名店『みやこや』の第2章、ホルモン焼肉『ばぶ』だ!

店主は、あの人気店にカレー作りを教えた人物

クリスマスの夜、筋骨隆々のバブさんの手でロースターに火が入った時、なんだか目頭が熱くなった。当然の如く、名物だった「ハラミ」を頼み、SNSに投稿すると、すぐに学芸大学『スタンドバインミー』のえりぽん(白井瑛里さん)から書き込みが入った。

「ジョンのお店! 私のカレーの師匠です」、そのひと言で目の前の異国人は大切な友人のひとりになった。バブさん、学大ではジョンと呼ばれているのか、so Happy Christmas♪

それにしても、肉の赤い断面はどうして人を幸福で包むのだろう。とりたての野菜も素晴らしい、旬の魚たちのおいしさもかけがえない。しかし、肉の赤ほど、人の気持ちを上げるものはない。

クリスマスの焼肉には、たちまちたくさんの「いいね」が殺到した。

そろそろ、ハラミが焼ける頃だ。いい肉なんだから、焼き過ぎは禁物だ。
噛み締めながら、名店の新たな復活をバブさんに感謝した。

約13年の研鑽を積み、いつしか牛肉に精通するように

2007年にバングラデシュから来日したバブさんは、最初、向ヶ丘遊園のカレー屋さんで働いた。お酒もあって、パーティーもたくさん入る大箱のインドレストラン。もちろん、厨房にいるのはインド人だけではない。日本中のインドレストランを支えているのは、バングラデシュやパキスタン、ネパール、スリランカなどのインド亜大陸の料理人たちだ。その中でも、食に定評がある民族がバングラデシュとインド西ベンガル州に住むベンガル人たちだ。

もしかしたら、日本人が大好きなカレーの味を完成させたのは、バングラデシュの人たちかもしれない。ヒンドゥー教徒が多数派を占めるインド人には、日本カレーの定番「ビーフカレー」は作れないからだ。

「食べられないのは豚肉だけ、牛は毎日食べても大丈夫」、そんなイスラム教徒主体の国バングラデシュのバブさんは牛肉にも精通していた。色んな店で働いている内に、いつか職種は焼肉屋にシフトして行き、仕入れや加工にまで携わるようになった。最後に働いた店は、一見、普通の焼肉屋さんに見えるが、高級店に引けを取らない上質な肉を出すことで有名だった。

店の厨房で、バブさんの肉を見る目はさらに磨かれていった。

名店の歴史は継承され、さらなる進化を続ける

昔からの常連たちが必ず頼み、「昔のままだ」と感動するハラミ(写真上・右)も、実は昔のままではない。並は『みやこや』当時のものだが、もう1つの特上はA5松阪牛のハラミ。関東ではなかなか出逢えない、しかも、『ばぶ』プライスでは決してお目にかかれない部位だ。

同じく、以前の店から人気だったミノ(写真上)も、しっかり火を入れて噛み締めてみると、そのやわらかさに驚愕するはずだ。国産ばかりがもてはやされる風潮の中で、実はミノは外国産、それもパナマ産が最も素晴らしいと言う。肉に対する正確な批評眼は、バブさんが異国の地で懸命に働いてきた証だ。

もちろん、『みやこや』そのままの人気メニューも引き継いでいる。コブクロ刺し(写真上)とガツ刺しは、タレもそのままで、後藤さん直々に伝授されたものだ。

人気の牛レバー(写真上)やホルモンも、後藤さんの芝浦の知り合いから新しく最上のものが入ってくる。ミスジはバブさん開拓の別ルートから塊のまま仕入れ、店でカットしている。

「本日のおすすめ」のホワイトボードに並ぶ、ミスジやランプのステーキ(写真上)もバブさんが丁寧にカットして切れ目を入れている。

変わらない味を守るための、絶えまない変化

A5松阪牛のテールで作るテールスーブや、ユッケジャンスープも人気が高い。プラス100円でごはんを頼むと、クッパにしてくれるサーピスも心憎い。

街の人たちが「何にも変わらない」という称賛の中で、日々、小さな変化を繰り返して進化する『ばぶ』。変わらないものは味ではなく、いつもおいしいものを提供したいという意志なのかもしれない。

家族やグループなら、2階の座敷(写真上)で楽しめばいい。ひとりなら、バブさんと話しながら、自分だけのペースでロースターの火を入れればいい。

ひとりでもたくさんの部位を楽しめるように、ホワイトボードには、ハラミ、ロース、カイノミなどが3切れずつ入る「肉3種盛り合せ」もある。チェジュ(済州島)の生マッコリをビールで割った「モッコリ」と合わせると、いくらでも肉と酒が進む。

これからはホルモンの盛り合わせや、裏メニューでお得意のカレーも出す予定だと言う。

予約困難な高級焼肉店ではなく、「肉を食べたい」という欲求にすぐに応えてくれる町の焼肉屋さん。ひとりでも、家族でも、仲間同士でも楽しめて、しかも、肉質は高級店に決して引けを取らない。
『ばぶ』は、そんな「町焼肉」の先頭を走り始めた。

町の肉には、幸いが住んでいる。

<メニュー>
和牛カイノミ 1,350円
ミスジ 1,480円
ロース/カルビ 780円
ハラミ 780円
特上ハラミ 1,380円
タン塩 880円
ホルモン/マルチョウ 680円
牛レバー/ミノ 880円
各種刺し 480円
ユッケジャンスープ 680円
テールスープ 880円
ライス 小200円/中250円/大300円

各種サワー 400円
ハイボール 350円
グラスワイン 400円
ソフトドリンク 280円、
(今日のおすすめはホワイトボードをご覧ください)
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税別です

ホルモン焼肉 ばぶ

住所
〒142-0062 東京都品川区小山4-9-1
電話番号
03-6364-0671
営業時間
17:00~24:00
定休日:無休

※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。