生産者たちの食材と食卓に虹を架けるために。自由が丘『mondo』宮木康彦シェフの葛藤

【連載】vs.corona時代の飲食の明日へ#001 ある時は喜びを2倍に、ある時は悲しみを半分にしてくれたもの。それはいつでも、おいしい食や酒だった。「おいしい食で目の前の人を喜ばせる」ことを意義としていた料理人は、変わりゆくテーブルの風景に何を想うのか。“食”の明日に向かってアクションを続ける人たちの声を訊く。

Summary
1.自由が丘の名イタリアン『mondo』宮木康彦シェフの葛藤
2.テイクアウトを始めたのは、生産者への発注を絶やさないため
3.築いてきたスタイルはそのままに始まる、新しい『mondo』とは

自粛時代のレストランの役割

「1人で見る夢は、ただの夢でも、2人で見る夢はリアリティになる」、そう言ったのは小野洋子さんだ。彼女の言葉にインスパイアされて、ジョン・レノンは名曲「イマジン」を書いた。

いつも夢や微笑みの隣にいて、ある時は喜びを2倍に、ある時は悲しみを半分にしてくれたもの。それはいつでも、おいしい食や酒だった。

文化は点からは生まれない、いくつもの点が結ばれて1つの線になる時、都市には文化が開花する。そして、そこにはいつもレストランや酒場、カフェがあった。かつて、ロバート・フロストが詩を定義した言葉を思い出す。

「人がそれを忘れたら貧しくなるようなものを思い出すひとつの方法」。

確かに、詩や音楽、あらゆる芸術は、なくても生きていけるものだ。酒場やレストランは、その最たるもの。だが、そんな場所があったからこそ、僕らはこの都市で友と結ばれ、愛を育み、明日という文字の上に希望を重ねることができた。

哀しみに包まれながら迎えた春

遠い中国の市場で起きていると思っていた出来事が、少しずつ近くまで忍び寄っている。そんな中、急にウイルスの存在が現実感を帯び、牙を剥いたのは、ニューヨークからの訃報だった。

古くからの知己で、ジョーン・ジェットやブリトニー・スピアーズのヒット曲、「I love rock’n roll」の作者でもあるアラン・メリル(母はヘレン・メリル)がコロナで死亡!? 写真家であるお嬢さんのSNSで知り、やがて報道で医療崩壊の悲劇を再確認する。

その翌日には志村けん氏の訃報、日本中が哀しみに包まれる。ウイルスはいつのまにか、僕らの至近距離にまで迫っていた。

忍び寄る、食文化の危機

「三密」が唱えられ始め、人は家を出なくなり、街は静けさに包まれた。
ナイトクラブやバーだけが、接客を伴う場所ではない。レストランにも、酒場にも、人の足は遠ざかった。やがて、週末の自粛要請から緊急事態宣言。

生命の危機ばかりでなく、同時に日本の食文化の危機も始まった。

そんな中、完全休業の道を選んだ店、テイクアウトやデリバリーを選んだ店、店は休んでいるのにSNSで秘伝のレシピを公開するシェフ、同じく家庭で楽しめる料理バトンをボランティアで始めた料理研究家たち、生産者たちの食材を無駄にしないようにSNSで訴える人たち…。

「料理で人を喜ばせる」ことが働く意義である人たちの誠実な行動の奥には、今何をすることが正解なのか分からないという憔悴(しょうすい)の念も重なっていたはず。何れにしても、家賃や人件費はかさんでいき、月日ばかりが流れていく。

そんな中、食の明日に向かうアクションを続ける人たちを追いたい。

レストランという名の幸福な時間

「相次ぐレストランの休業で、いつも最上の食材を届けてくれた生産者たちが行き場を失っているんです。もし僕ら(レストラン)が生き延びることができても、彼らが倒れてしまったら何にもならない」。

自由が丘の隠れ家イタリアン『mondo(モンド)』の宮木(康彦)シェフは、開口一番そう語った。

彼らから届く食材を通常時と同じように使い切るため、家庭用のテイクアウトを始め、SNSでの料理ライブも発信し始めた。

SNSライブでは分割画面も可能なので、生産者たち本人をゲストとして招待。

熟成肉専門店『中勢以(なかせい)』(写真上・左)は熟成庫の中を見せてくれ、日本で南イタリアの魚醤を再現する『瀬戸内コラトゥーラ』(同・右)の生産者が登場した回には、テイクアウトでの需要が急増した。

「実は、テイクアウトを始めた時、初めて看板を外に出したんです」。

宮木シェフの言葉通り、これまで『mondo』には一切の看板がなかった。

自由が丘の駅前から商店街を抜け、等々力に続く通りを渡って坂道を上りきり、緑小通りという小路をどこまでも抜けて行く。途中出逢うものは、緑豊かな自由が丘屈指の高級住宅ばかり、レストランどころか、店らしきものは一切ない。

やがて、その通りの行き止まりに着き、ふと足元を見ると『mondo』と書かれた透明のガラス球があり、夜には灯りが点る。

駅から決して近くはない距離、およそレストランに似つかわしくない場所、分かりにくい地理。目印は植え込みに置かれたガラス球だけ、そこからまた紫陽花(アジサイ)の小道が始まり、突き当たりの右手には地下へと誘(いざな)う階段が見える。

ワクワクしながら階段を降りると、白い一軒屋のレストランが登場する。

もうその瞬間から、客は『mondo』の世界観に身を委ねている。
いつもとは違う異空間、それは、これから始まる特別な時間のイントロダクション。

レストランという名の、幸福な時間の序章だ。

生産者たちと食卓を繋ぐために

「1月の頭に中国からコロナウイルスの話題が出て、3月になった辺りから色々な方法を考え始めていました。でも、3月中は客足が落ちなかったし、売上げもすごくよかったんです。そんな中、毎日少しずつ風向きが変わってきて、3月の末に飲食業界に色んな(良くない)噂が回って来ました」。

「このままじゃいけない」と思った、店を開け続けることが最良の選択なのだろうか? 営業を続けながら、毎日が葛藤の連続だった。感染を広げないために、今レストランができることは何だろうか?

「もともとレストランの役割は、言葉の意味通り、回復させること。だから、人を元気にしたり、ホッとさせることが使命だと思ってやってきたんですが、正直言って毎日どんどん分からなくなってしまいました…。スタッフの中には、電車で来てる人もいるし、家にお年寄りがいる人もいる。一人ひとりのお客さんたちも、どんな風にしてここにやって来たか、昨日何をしていたかは分からない。やっぱり店は閉めて、テイクアウトにしようか」。

考え続けている中、緊急事態宣言が発令。イートインをやめ、テイクアウトを開始、前後してSNSでの料理ライブも始める。

「レストランという機能を辞めた時、何もしないのはイヤだったんです。自分はコックだから、料理で人を喜ばせることしかできない。だったら、こんな時だからこそ、家で料理を楽しむお手伝いをしたい。だから、テイクアウトには、どのくらい(メニューの)再現性があるかを追求しました。簡単に、おいしく、ちゃんとした料理が食べられる。この機会に、料理の楽しさを知ってほしい」。

たとえば「TKP」と名付けられた「卵かけパスタ」(写真上)は、温泉卵1個と、フランス産の発酵バター、コラトゥーラ(イタリアの魚醤)が分量通りに入っている。

袋に書かれた丁寧な手書きのレシピ通りに、まず100gのパスタを茹で、温泉卵と発酵バターを乗せ、仕上げに旨味の塊「瀬戸内コラトゥーラ」をかけるとできあがり。

シンプルながら、1度食べると癖になってしまう禁断の旨さだ。

パスタソースは、ほかにも「6種類のお肉を使ったミートソース」や「スルメイカの肝をたっぷり加えたイカスミ」、「福田農園の王様椎茸と自家製サルシッチャのクリームソース」(写真上・左)、「村さんのスズキとオクラととうもろこしの冷製パスタ」(同・右)など各種用意されている。

湯煎するだけ、電子レンジで温めるだけで食べられる料理。そのまま冷製で、ワインのつまみになるメニューもたくさんある。

千葉県八街市で作られるイタリアの硬質小麦「イマフン」を使った「フォカッチャ」(写真上・左)、山形県『お日さま農園』のフキや、おいしいレンコンのピクルス、「天城軍鶏(あまぎしゃも)のディアボラ風」(同・右)なども人気。

いずれも、生産者たちの魂が籠(こも)った食材ばかりだ。

5月中旬からは、テイクアウトできない人たちに向けて、配送メニューも始まった。

しかし、心の中では通常営業ができる日を心待ちにしていた。コロナ後の世界で、どんなに形が変わったとしても、客と対面して、そこだけにしかない時間と空間を作る仕事がしたいからだ。

変わりゆくテーブルの風景

毎週火曜日の19時に全員集合、19時半から10名すべての客がテーブルを囲み、宮木シェフがカットする大きな塊の肉や魚を、豪快にむしゃむしゃ食べる。

アナログのレコードに針を落とし、オールドの「ラックスマン」のアンプを通し、巨大な「タンノイ」のスピーカー(エジンバラ)から流れる音楽は、田村ソムリエのセレクト。デビット・ボウイやレッド・ツェッぺリン、時にはフランク・シナトラが大音響で奏でられる。

10周年を迎えた2018年、11年目のスタートと共に始まった『mondo』名物の「イッセイノセーの会」だ。

▲2019年「イッセイノセーの会」の風景

塊肉や大きな魚を丸ごと焼いて、面識のない他のゲストたちと80年代のロックを聞きながら一斉に同じメニューを頬張る。五感すべてに訴えかける、レストランならではのエンターテイメント。それは、まさに『mondo』だけのものだった。

もちろん、見知らぬ同士がテーブルを囲み合う会は、当分の間、開催されることはないだろう。

宮木シェフの修業先、開放的なイタリア人たちでさえ、家に籠り、ハグやハイタッチさえ自粛した季節。コロナが少しずつ収束したとしても、人々の食に対する考え方や習慣はすっかり変わってしまうのかもしれない。

すべての1日を大切な記念日に

ある休日、宮木シェフは家族たちと、通常営業を続けていた東京・奥沢のイタリアン『コルニーチェ』に食事に行った。そして、心の底からレストランの大切さについて考えたと言う。

「ああ、やっぱり休みの日においしいものを食べるって、心の底から幸せな気持ちになる」、その日から『mondo』再開の日について考え始める。

「もともと、(『mondo』は)席の間隔もどこよりも広くて、安全なレストランの1つだという自負はありました。でも、もうちょっと待ちたかった。心の底からウェルカムと言えない」、そんな気持ちを抱きながらテイクアウト営業を続けた。もともと利益は期待できない、生産者たちの首を絞めないことさえできればいい。

5月6日、緊急事態宣言は月末まで延長された。しかし都内でさえ、感染者の数は一桁台になった。決して、安心はできないが少しずつ前に動き出そう。

シェフは、6月1日からの営業再開を決心する。しばらくの間、席数は6席のみ、衛生面にも万全の注意を徹底させて、新しい『mondo』の季節がスタートする。もちろん、今までと違うことをやり始めるわけではない。

「僕らは12年、自由が丘のこの場所でやってきて、レストランでの営業なら、これまで築いてきたスタイルを変えたくない。今までと同じ『mondo』の空気を、ぜひ味わってほしい。だから、メニューの縮小とかアラカルト営業とか、中途半端に店を開くようなら、いっそ開けない方がいい」。

その一方、テイクアウト営業を続けたことで、始まったこともある。初めて店の看板を出したことで、近所の人たちが訪ねて来てくれるようになった。店に入りたくても勇気が出せなかった若いカップルが、テイクアウトを機に店に訪ねてくれるようになった。新しい人たちと接することで、開店への欲求はどんどん大きくなっていった。

「早くお客さんたちと接したい。同時に自分自身も、色んなレストランに行きたくて、ウズウズしてきた。やっぱり空間とか、時間とか、人が作る一体感は、他のどんなものとも代えがたいものだし、食卓を囲むことで生まれて、伝えられてきた文化とかも、きっとあったはずなんです」。

通常営業の開始と同時に、テイクアウトも配送サービスもいったん辞める。半月か、1ヶ月、しばらくは通常営業に集中して、もし落ち着いてきたら配送サービスだけは少しずつ始める。テイクアウトと通常のメニューの併用は決してできないからだ。

テイクアウトの季節を通して繋がることができた近所の人たちや、勇気を出して覗いてくれた若い人たちにも、改めて店に訪れてほしい。

「レストランや飲食が、どれだけ若い人たちに興味を持って貰えるか。本当においしいものを食べて、幸せな気持ちになる瞬間をぜひ味わってほしい。最初は背伸びしてても、記念日でもいいから…」。

でも、本当は何でもない日にフラッと覗いてほしい。『mondo』を訪れた何でもない日は、きっとすべて特別な1日に変わるはずだから。

mondo

住所
東京都目黒区自由が丘3-13-11
電話番号
03-3725-6292
営業時間
11:30〜13:30(L.O.)、18:00〜21:00(L.O.)
定休日:水曜/第1木曜、第3木曜休
ぐるなび
ぐるなびページhttps://r.gnavi.co.jp/nvt1n8jp0000/
公式サイト
公式ページhttp://ristorante-mondo.com

※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。