渋谷区松濤に誕生した肉の新たな境地
渋谷駅から東急本店を抜け閑静な高級住宅地である松濤の地に非常に興味深い店が誕生した。肉の生産、屠畜、狩猟、解体、熟成、流通、加工、料理まで一貫して行う、肉のエキスパート軍団が魅せる、最高の肉レストランである。今年6月にオープンした、肉好きにはたまらない、完全紹介制のレストランである。
命の尊さを理解した者だけにできる唯一無二の料理
そのレストランの名は『ELEZO HOUSE』。シェフたちは全員狩猟免許を取得している。自分で狩りをし、卓越した技術で解体する。そしてその素材の本質を生かした最高の料理をふるまってくれるのである。今回の夏鹿料理が全てを物語っていた。
アミューズは「鹿のコンソメスープ」。ゲストの目の前で注がれる美しく澄んだ琥珀色のスープにはサマートリュフの香りがはじめに飛び込んでくる。口にした瞬間に目がキラキラと輝く。なんておいしいのだろうか。
このコク、この甘み、この香り、単にコンソメスープと表現するのが憚られる。一頭を余すところなく使うため、なかなか料理になりにくいスネ、スジ、香味野菜と水のみで作ったと言うが、それでどうしてこんな奥深く優しい味になり得るのか本当に不思議だ。
前菜のひとつ「蝦夷鹿のコンソメと人参のピューレ 雲丹添え」にも震えた。雲丹は北海道の蝦夷バフンウニなので、どう考えても雲丹が主役となるはず。ところが人参の甘みと鹿のコンソメジュレの旨みが雲丹に勝とも劣らないおいしさなのである。それぞれがこれ以上ないという極上の味わいで、次は人参と雲丹、次は3つ一緒にと、どうにも止まらない。幾重にも押し寄せるおいしさの波にのみこまれていくのである。雲丹よりおいしい人参、ここにあり!
寄り添うワインは「ドメーヌ デュ ノゼ サンセール 2015年」。果実味がたっぷりで透明感があり、ソーヴィニヨン・ブランらしいハーブがかった香りと心地よい酸味に包まれ、すっきりとさせてくれる。飲むワインは、気温や飲むペースに合わせて10種類ものグラスから「これ!」というものを選ぶソムリエマネージャーの新澤有也氏のセレクト。彼もまた肉のエキスパート軍団のひとりであり、料理にどう添わせるかを熟知している。だからこそいろいろな角度からアプローチしてくるので、今まで出あえなかったマリアージュを楽しめる。
完璧なフレンチの中に日本の誇りを感じる料理
コースの中盤には代表作である3種のテリーヌが登場する。鹿100%のムースにマッシュルーム、トランペットきのこを入れ、牛バラ肉を加工したベーコンで外側を巻いた「蝦夷鹿ムース・ド・シャンピニオン」。ぶつ切りにした蝦夷鹿のハツとタンのしっかりした歯ごたえが楽しい「テリーヌ・ド・エレゾ・アバ」。そして「短角牛とフォアグラのプレッセ」は圧巻。赤ワインで煮たスネ肉を一旦バラバラにしてから固めたもので、そのほぐれ具合となめらかなフォワグラとのコンビネーション、旨みと食感のアクセントにしたくるみ、味のバランスと、他に類をみない逸品である。
添えられたのは山菜やミョウガなど和の食材を使ったピクルス。酸味がやわらかいのはビネガーではなく米酢を使っているからだ。これがどこか懐かしさを感じ、ホッと和ませてくれる。クラシックなフレンチに日本の心を感じさせる和のテイストをプラスすることは、この店を運営する株式会社ELEZOの代表であり同店のシェフでもある佐々木章太氏が大切にしていることのひとつである。
それにしてもどうして獣の臭みが一切感じられないのかと問うと、まずは食材が良いことだと言う。フレンチではあるがソースに頼ることなく食材の本質を見極め、できるだけシンプルに料理するのが“ELEZO料理”。そこには狩猟の技術と、迅速で丁寧な処理が重要不可欠である。その上で味の着地点には細かい戦略をたて、記憶に残る料理に仕上げてくる。その罠に完全にはまってしまった。
“同系色の美”にこだわった盛り付けにシェフの料理の真髄をみた
「今日は蝦夷鹿3歳の牝と1歳の牡です」と佐々木氏。料理を出す時に月齢と性別を言うところは珍しい。特にジビエはわからないことがほとんど。しかしELEZOはその経験値から個体の情報をしっかり把握している。ELEZOだからできることで、その違いを楽しんでいただきたいと言う。
メインの肉料理は蝦夷鹿とヒグマ、豚と短角牛、雉と鹿などひとつの皿に2種類の肉が組み合わされる。それにしてもメインとしては地味な皿である。肉だから当然、茶系色にはなってしまうのだが華やかにしようと思えばできるはず。だけどあえてしない。それは肉に対する尊厳、生産者の想い、命をいただくということ、いろいろな意味が料理に込められているからである。
だからソースは肉の味をこわさないものと決めている。しかも肉の上からかけるのではなく下に敷いてあるのだ。意図しているかは不明だがまずは肉の味を知りたくなるので思う存分味わってほしい。きっと想いが伝わってくるはずだ。
素直に肉のおいしさを引き立たせるために用意されたのは「ペロ ミノ フィサン2012年」。きれいで熟成感のあるブルゴーニュである。少し酸は利いているが力強く、肉の後にのどを潤せば明らかに肉の味が変わるのがわかる。あくまでも料理が主役という新澤氏。ふたりの作るマリアージュをとことん楽しんでみたいと思わせてくれる。
このレストランを語るには、この店を運営する株式会社ELEZOについても説明しなければならない。2005年、フレンチの料理人である佐々木章太社長はその前衛である「エレゾ・マルシェ・ジャポン」を北海道帯広で食肉処理流通業としてスタートさせ、その後、ELEZO社を設立。十勝の豊頃町大津に食肉総合ラボラトリーを建設し、現在は「生産狩猟部門」、「枝肉熟成流通部門」、「シャルキュトリー製造部門」、「レストラン部門」を運営。鹿や雉などのジビエは狩猟免許を持つシェフたちが月齢や性別を見極め、決して体を傷つけることなくしとめる。羊、豚、軍鶏、鴨は自らの農場で、また、短角牛は北海道大学と提携し育てている。生産者ゆえ、命の大切さを痛切に感じ何一つ無駄にはしない。創業以来、会員のレストランに熟成肉や加工品の卸をしてきたが、2013年に札幌にビストロ『CAMARADE SAPPORO』をオープンし、いよいよ生産から料理までを担うこととなる。そうやって10年もの間、健康で安全な命を育て、食に対して真摯に向き合ってきた。そして創業11年目の新たな試みとして、『ELEZO HOUSE』をオープンさせた。
佐々木氏が伝えたいこと。日本においては屠殺という行為に対して非常に残酷なイメージが強い。しかし実際に肉を食べるためには誰かが行わなければならないわけである。食業界に携わってから生産者をはじめ、食材に転換する人にこそ感謝すべきなのではないかと考えた。だから良い食材を作り、正しく処理をしておいしく食べてもらうことで、その想いや命をいただくという意味について知るきっかけになってほしいと『ELEZO HOUSE』を作った。店内には育てている軍鶏や牧場、狩りの写真などが飾られている。眺めていると軍団の心意気を感じる。それを理解してもらえる人にだけ、この店に行ってもらいたいと切に願う。
(メニュー)
おまかせコース(7〜8品)/12,960円
シャルキュトリーランチ/2,160円
本日の煮込み料理ランチ/2,808円
蝦夷鹿サラミ/1,944円
短角牛サラミ・クミン/1,944円
蝦夷鹿ムース・ド・シャンピニオン/2,940円
十勝野菜のピクルス/1,080円
予算20,000〜25,000円
※ すべて税込
(予約方法)
2016年9月4日〜2016年12月31日までdressingを見たと記入してある方のみメールで受け付ける。
http://elezo.com
ELEZO HOUSE
- 住所
- 非公開
- 営業時間
- ランチは金、土のみ12:00〜15:00(L.O.14:00)、18:00〜25:00(最終入店19:30) シャルキュトリーなどの販売は火、水、木曜日の12:00〜15:00
- 定休日
- 定休日 日、月曜
- 公式サイト
- http://elezo.com
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。