三冷ホッピーと古典酒場の定義を作り上げた木場の名店『河本』。さようなら昭和という時代を体現した女将

【連載】幸食のすゝめ #056 食べることは大好きだが、美食家とは呼ばれたくない。僕らは街に食に幸せの居場所を探す。身体の一つひとつは、あの時のひと皿、忘れられない友と交わした、大切な一杯でできている。そんな幸食をお薦めしたい。

2018年03月17日
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三冷ホッピーと古典酒場の定義を作り上げた木場の名店『河本』。さようなら昭和という時代を体現した女将
Summary
1.いつも凛と立ち、最高のホッピーを注ぎ続けた女店主、眞寿美さん
2.昭和の激動と悲劇を乗り越えて、下町の華となった古典酒場『河本』
3.店と客、流れる空気、古典酒場の理想形を作り上げた木場の名店

幸食のすゝめ#056、注がれる平和には幸いが住む、木場

「息子さん、いくつになった?えっ、17歳、じゃあワタシと3つ違いだ、ハハハ」。
眞寿美さんは永遠の20歳だった、そして、いつも200歳まで店に立つと言い放っていた。

だから、眞寿美さんがいないカウンターに座った時、一瞬どこに自分が居るのか分からなくなった。
あんちゃん(実は弟さん)の奥さん、政子さんが注いでくれた1杯目のホッピーを飲み干し、仏壇でお焼香するまで、僕は眞寿美さんの死をなかなか受け入れることができなかった。

いつまでも、彼女が注ぐ東京一のホッピーが飲めると信じていたからだ。
ホッピーは江戸の飲み物、だから東京一は日本一、いや世界一のホッピーだった。

酒場とは、単に酒に酔うために出かける場所ではない。そこに集る人たちに、積み重ねられた豊かな時間に、静かに敬意を払いながら、豊穣な時間に馴染むための場所だ。

その時、擦り切れた思いは半分に、喜びの心持ちは倍になって返って来るだろう。
もちろん、その真ん中にあるものは凛として揺るがない店主の存在だ。

『河本』の眞寿美さんは、いつも誰よりも凛としていた古典酒場のカリスマだった。

木場、大横川を渡った角地にひっそりと建つ『河本』は、昭和初期に初代が甘味屋を開業。
昭和20年3月10日の東京大空襲で木場を含む深川一帯は焼尽し、初代は店の家屋と妻子を失う。しかし、翌21年には現在の店舗を建て、酒場に転じた。

ちょうどその年、原爆で焦土と化した広島から姉、弟と母の親子が復員列車で上京。戦争未亡人だった眞寿美さんの母は、2人の子どもたちと共に、東京下町で妻子を喪った初代の後妻となる。

戦争が生んだ2つの大きな悲劇が、『河本』という類い稀な酒場の底流にいつも静かに息づいていた。

やがて近所の電線工場が操業を再開し、縦横に走る運河を再び多くの材木筏が覆うようになる。街には、いなせな職人たちや、工場労働者、川並さん(筏師)が溢れ、酒場に転じた『河本』は次第に人気を集めるようになる。

近くに、吉原と並び立つ遊里、洲崎パラダイスがあったことも、酒場の隆盛に拍車をかけた。
当時12歳だった眞寿美さんは、酔うと生き延びた自分を責め涙もろくなる父を助け、看板娘として気丈に店を切り盛りした。それから、約70年、雨の日も風の日も眞寿美さんは店に立ち続けた。

あの3.11の午後にも、揺れる木造家屋のカウンターの中で、彼女は凛と立ち続けていた。

小さなペットボトルで冷やした金宮焼酎を、計量用の厚手のグラス目一杯に表面張力を活かして注ぎ、ジョッキの縁にコツンとぶつけ、グラスをちょいと傾けて一気に流し込む。
横には冷蔵庫で冷やしたホッピーの瓶が置かれ、瓶を逆さにして勢い良くジョッキを満たせば、理想的な三冷ホッピーが出来上がる。

昭和23年、庶民には高嶺の花だったビールに変わるものとして誕生したホッピーをいち早く導入した『河本』は、厨房を守るあんちゃんが作る煮込みとホッピーの黄金コンビで東京に知れ渡る名店となる。

僕らが酒場に出る理由

本来、酒場には値が張る銘酒などいらない。腹を膨らませる料理の類いも、ましてや愛想笑いや媚態などは蛇足でしかない。ただ俯き加減の心を痺れさせる媚びない酒と、端正な小皿のアテがあればいい。
単に酒に酔いたいのならば、帰宅途中のスーパーで缶に入った安酒を手に入れれば事足りる。
僕らが酒場に出る理由は、カウンターに積み重ねられた時間と、その歴史を作り上げて来た店主が注ぐ酒に出会うためだ。

理想的な酒場のありかた

眞寿美さんを失った『河本』は、火木土の営業となり、今は義妹の政子さんが1人で切り盛りする。

目と膝を痛めたあんちゃんは、もう厨房には立てないから煮込みは幻のメニューになった。
それでも、『河本』のカウンターに座れば、酒場の理想的な定義について、誰もが即座に理解することができるはずだ。
そして、博物館や美術館には決して並ばない戦後の日本人が作り上げた勲章のような優しさの累積に、きっと心が熱くなるだろう。


ありがとう、眞寿美さん、70年間お疲れさまでした。いくつもの悲劇を笑い飛ばすように、貴女が注ぐ三冷ホッピーはいつも僕らに心の平安を与えてくれました。
静かな酒場に鳴り響くコツンというグラスの音は、僕らが何よりも大切にしなければならない平和の警鐘そのものでした。

さようなら、眞寿美さん。そして、『河本』よ永遠なれ。注がれる平和には、幸いが住んでいる。

【メニュー】
ホッピー(金宮セット) 400円
炭酸 300円
ビール(中) 450円
ノンアルコール各種 200円
とうふ他おつまみ各種 100円
鶏手羽と大根煮 200円

※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税込です。

河本(かわもと)

住所
〒135-0042 東京都江東区木場1-3-3
電話番号
03-3644-8738
営業時間
火木土 16:00~20:00 
定休日
日月水金祝  ※不定休(臨時休業あり)

上記は取材時点での情報です。現在は異なる場合があります。

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