要注目の街、世田谷松陰神社で地元民からも愛される酒と肴の店

【連載】幸食のすゝめ #013  食べることは大好きだが、美食家とは呼ばれたくない。僕らは街に食に幸せの居場所を探す。身体の一つひとつは、あの時のひと皿、忘れられない友と交わした、大切な一杯でできている。そんな幸食をお薦めしたい。

2016年02月29日
カテゴリ
レストラン・ショップ
  • レストラン
  • ワイン
  • 居酒屋
  • 連載
  • 松陰神社
  • 野菜料理
要注目の街、世田谷松陰神社で地元民からも愛される酒と肴の店
Summary
1.有名店から築地仲卸に転身し、店を開いた店主
2.近隣農家の有機野菜と全国から届く魚介
3.食材店にもレストランにもバーにもなる店

幸食のすゝめ#013、艶やかな牡蠣には幸いが住む、松陰神社

午後から降り始めた冷たい雨を避けるように、ご近所のレディが野菜を買いに訪れる。今朝、築地で仕入れてきた牡蠣のメニューを書いていたヨッシー(廣岡好和さん)が笑顔で立ち上がる。法蓮草に人参、沼津のみかん。どの野菜も、自然な艶と逞しさに満ちている。「ヨッシーさん、美味しそうなベーグル見つけたからおすそ分け」。レディはトートバッグから、ベーグルを2つ出す。ヨッシーともう1つ、スタッフのイサムくん(木村勲武さん)の分だ。そんな風にごく自然に、今日もゆるやかに『アリク』の1日が始まって行く。

「今日は冷えてるから、ホットワインを一杯貰おうかしら。まだ少し、開店前だけど大丈夫?」「もちろん!ビオの美味しいの入ったから飲んでみます?」「じゃあ、ホットじゃなくてそのままで。やっぱり、何か食べようかしら?」。結局、レディは塩ブリと有機野菜のおばんざいに舌鼓を打ち、少しだけ頬を赤らめながら世田谷通りの雨に溶けて行く。

小長井、雲仙、室津、広田、ヨッシーはまた、牡蠣の産地名を書き始める。年が改まってから、厚岸の牡蠣は少し軽くなったが、長崎の牡蠣たちは相変わらずクリーミーで濃厚だ。世田谷の古くて小さな木造アーケード、共悦マーケットに夜がやって来る。

千葉のニュータウンで育ち、2年間ホテルサービスの学校で学んだ。卒業後、東京からいちばん近い離島で、リゾートホテルに勤務。そのピークから終焉までを体感し、自分には大き過ぎたハコと、遠過ぎる客との距離感に戸惑い続けた。街と店、人と店のボーダーラインが希薄な小さな街の商店街で、いつか街に開かれた店を開きたい。きっとその頃から、心の中で将来のビジョンが見えていたのかもしれない。やがて友人の紹介で、おばんざいが有名な『アダン』へ。三田と渋谷の両店舗で店の最盛期を経験し、もっと魚のイロハを知りたくなり築地の仲卸に就職する。

良質な魚を知れば知る程、野菜への関心も強くなり、近隣の有機農家も回るようになった。そんな日々の中、食材についての知識を深めるため農場で研修していたイサムくんと知り合う。飲食から築地へ、キッチンから農場へ。食に対する同じベクトルを持った2人の出会いと、松陰神社という地に足がついた街が1つになった時、アリクという店が生まれた。通りからそのまま穏やかな空気で繋がった店。入口には美味しい野菜や果物、煎餅も売ってある。街の一部になった、小さな公園のような店。ハワイ島ヒロのスイサンみたいな垣根のない自由な空間。

生産者の気持ちで食材そのものの良さを引き出す

イサムくんが仕入れた野菜のおばんざいと、ヨッシーが前職の築地三代から仕入れた全国の牡蠣や新鮮な魚。それに合わせて選ばれた日本酒やヴァン・ナチュール、赤星のビール。ここには余計なものは何もない。生産者の気持ちになって素材に接する2人が、本当に美味しいと思うものだけを、シンプルな形でお客さんに提供する。

生命力に溢れた法蓮草は根っこまで甘く、捨てる所がない。ふしだらなまでに肉々しい艶やかな牡蠣は、レモンを搾るだけで至福の歓びが口中を支配する。

産地に迷ったらヨッシーに味の好みを告げればいい、お得な食べ比べ3種盛も用意されている。絵本にメモを貼りつけたメニューは、この店の気取らない楽しさそのものだ。

誰もが本来の自分になれる店という名の小さな公園

自由業、サラリーマン、ダンサー、歌手、ミュージシャン、整体師…。年齢も、職業も、国籍も、何も関係ない自由でゆったりとした空気感。時にはコの字カウンターから飛び出したヨッシーがギターを持ち、歌う。写真家の客がカホンを叩き、セッションが始まる。イサムくんは微笑みながら、根菜を茹でている。付かず離れず、決して互いを干渉しないのに、どこか深いところで結ばれている。だから、余計な会話なんかいらない。松陰神社の狛犬みたいに、2人は阿吽の呼吸でコの字カウンターの中にいる。

2人が生み出すユルいのに端正な空気感に、客たちはいつまでも身を委ね、アリクの夜が更けていく。夥しい数の牡蠣の殻は幸福な時間の証しだ。艶やかな牡蠣には、幸いが住んで居る。

<メニュー>
牡蠣500円~、食べ比べ3種盛1,000~1,500円位、おばんざい500円 (小盛り300円)、グラスワイン720円、サッポロ赤星650円、各種日本酒600円
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。

※森一起さんのスペシャルな記事『幸食秘宝館・武蔵小山、グルメランキング上位には載らないホントウの名店3軒を巡る』はこちら

マルショウ アリク

住所
〒154-0017 東京都世田谷区世田谷4丁目2-12
電話番号
03-6432-6880
営業時間
火-日 17:00~23:00
定休日
定休日 月曜
ぐるなび
https://r.gnavi.co.jp/ku8xzss50000/
公式サイト
https://www.facebook.com/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%A6-%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%AF-520447511400431/

※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。