鬼才の新境地はリストランテの味の“アンティパストバー”
日本のイタリア料理の鬼才、小林幸司シェフ。予約は1年先とも言われた目黒の『フォリオリーナ・デッラ・ポルタ・フォルトゥーナ』を軽井沢に移した時も業界はもちろん、多くの小林ファンに衝撃を与えたが、昨年、軽井沢の店を長期休業して銀座に『リストランテ エッフェ』をオープンさせた時には業界と多くの小林シェフのファンを震撼させた。
場所が銀座の商業ビルだったこと、1日1組限定から31に席が増えたこと。これだけでもまさかあの小林シェフがと、信じられないできごとだったのである。ハレの日にリストランテで最高の時間を過ごす、それは目黒や軽井沢を想い起こさせた。メディアもこぞって取り上げ連日満席という状態が続いていた。ところがそのエッフェが今年の7月にアラカルト中心になったらしいという噂が流れた時には何が起こったのかと驚愕した。
その真相を確かめるべく訪れると、シェフはあっけらかんと「方向が間違ってたね。僕らはエッフェとしてやっていたけれど、フォリオリーナだと思って来られるお客さまが多かった。さらに言えばエッフェの象徴的なものがなく、ただのおまかせコースみたいになっていたのもいけなかった。だからブランディングを変えなければいけないと思った」と語った。
軌道修正の矛先は以前から温めていた“アンティパストバー”に決めた。シェフがおすすめする21種類の料理から自由に選ぶスタイル。デザートから始めてメインで終わったり、先に肉を食べてからつまみで終わったり、前菜からメインまでいった後にもう一度パスタを食べてみたり、もちろんオリーブとワイン一杯ってこともできる。つまり今の気分でいかようにでも楽しめるというわけである。
前菜800〜1,800円、パスタ1,400〜2,000円、メイン1,800〜2,500円と本当にお手頃価格。メニューを見るとどれも食べたくなるものばかり。迷ってしまう人にはコースという手もある。これで小林シェフの料理が食べられるなんて嬉しくて「ありがとう〜!」と大声で叫びたいくらい。本当にシェフが作っているのか疑ってしまいそうである。論より証拠、早速オーダーしてみよう。
次から次へと繰り広げられる小林ワールドに感動!
シェフおすすめのイタリア、サルデーニャ地方のリキュール「ミルト」を使ったカクテルで乾杯。スプマンテに「ミルト」を注ぐとみるみるロゼ色に変わっていく。この演出が素敵!
「パーネ・カラサウ」というサルデーニャの薄焼きパンとともにいただくと、まるでリゾート気分。セモリナ粉をパリッパリに焼きあげ、塩とオリーブオイルをたらしローズマリーをのせただけと言うが、これがおいしすぎて手が止まらない。
そこへ「ポルチーニ茸の網焼き ギュリエールチーズとピスタチオ、黒コショウ風味」が登場。ポルチーニのシコシコとした食感と香りをギュリエールチーズのコクと香りがほんわか纏う。クセのあるチーズだと香りが喧嘩してしまうところだが、むしろポルチーニの香りをより高めている。秋を感じるひと皿だ。
もうひとつ前菜をいただく。「秋のカポナータ 野菜のオーブン煮込み焼き トマトと松の実風味」がテーブルに置かれた時は、ラザニア?と思ってしまったが、ナイフを入れると薄くスライスして素揚げしたカボチャと根セロリ、オーブン焼きしたナスがミルフィーユのように重ねてある。
ひと口食べて驚いた。なんと温かいのである。カポナータは冷やしておいしいという概念がガラガラと崩れ去る。ほくほくのカボチャ、根セロリの甘み、とろっとしたナスの食感、そしてコクのあるトマトソースとともに松の実とレーズンが香りを添える。温かいカポナータ、新しい発見である。
パスタはタリアテッレ。オーブンで煮込んだイベリコ豚の骨を外し角切りにして蓮根と一緒に煮合わせ、最後に網で焼いてざく切りにした万願寺唐辛子を混ぜる。こんなにも甘いイベリコ豚があったのか! メインとしても成り立つほどの良質な豚をパスタの具材にしてしまうところが、料理に妥協を許さない小林シェフなのだろう。ポイントはパルメザンチーズを振ってからバーナーで炙ること。こうするとチーズがいい具合に溶けて香りもたつ。シャキシャキとした蓮根の食感と甘辛い万願寺唐辛子で口の中が楽しくなる。
そろそろメインでも良いかなというお腹具合。フランス産の良い牛肉が入っているとのことなのでタリアータをお願いした。
やわらかい肉質は食べやすいように薄切りにし、味のアクセントにはカリカリに揚げたパン粉を松の実とレーズンとアンチョビで煎ってふりかける。肉料理だがリストランテのメインとしては軽さがある。やはりアンティパストなのだ。
ちょっとだけ甘いものが欲しいと言うと「セアダス」をすすめてくれた。ペコリーノフレスコ(熟成の若い羊乳で作るフレッシュなチーズ)を入れてパイで包み油で揚げ、西洋やまももの蜂蜜をかけたサルデーニャの伝統的なお菓子である。小林流はすっきりしてオリエンタルな香りがする栗の花の蜂蜜をかける。パイは油で揚げたことをまったく感じさせず、中には溶けたチーズ、とろ〜りかかった蜂蜜、お腹がいっぱいなのにあとひと口、あとひと口とついつい食べてしまう。このビジュアル、そそられない人がいるのだろうか?
まだワインが残っていたのですすめられたのが「自家製セミドライトマト、黒オリーブと松の実のマリネ ミルト酒風味」。シェフのお手製セミドライトマトは軽く塩を振りひと晩おいて離水させ、120℃で4時間オーブンに入れ塩が結晶化したところで松の実と黒オリーブをあわせミルト酒とオリーブオイルに漬けこんだもの。セミドライトマトは酸味が強いという印象だったが、これはミルト酒のせいか甘みがある。この深みのある甘さはどんなワインとも相性が良さそうだ。次回は最初に頼んで食後までゆっくり楽しみたい。
シェフが語る! アンティパストバーはこうしてできた!
この形にしたことで間口がぐっと広がった。待ち合わせ場所としてスプマンテと前菜だけとか、映画の後にパスタだけということもできる。銀座という場所柄、三世代で訪れる家族もあり、それぞれが食べられる品数にできるというのも好評を得ている。すべてが客目線、客が喜ぶことだけを考えているのだ。
そもそも小林シェフは一度作ったものは作らない。その中でずっと食べていたい、通年出していけると思うレシピをためてきた。肉料理、野菜料理、温かいもの、冷たいもの…バラエティー豊かなアンティパストのように好きなものを好きなだけ食べられる店をいつか作りたいという夢があった。
今回、エッフェの方針を見直した時に客のニーズとこのアンティパストバーがリンクした。全部がつまみ。しかし決して“イタリアン居酒屋”ではなく、あくまでもリストランテのアンティパスト。しかもどれもが後をひく味でポーションも大きすぎない。そしてちょっぴり強面だけどお茶目で話が面白いシェフがいる。こんな店が近所にあったら毎日通うに違いない。おいしいものを好きなように好きなだけ、ワガママを言いたい人にとってはパーフェクトな店である。
(メニュー)
自家製セミドライトマト、黒オリーブと松の実のマリネ ミルト酒風味/1,100円
秋のカポナータ 野菜のオーブン煮込み焼き トマトと松の実風味/900円
イベリコ豚、蓮根、万願寺のラグーであえたタリアテッレ/1,800円
フランス産牛肉のタリアータ/1,800円
セアダス、ペコリーノチーズ入り揚げパイ/800円
4皿コース/5,800円
6皿コース/10,000円
ランチのみの4皿コース/3,000円
※すべて税別
※ランチのアンティパストバー及びランチのみの4皿コースは税込
リストランテ エッフェ[閉店]
- 営業時間
- 12:00〜14:30(L.O.13:30)、17:30〜22:00(L.O.21:00)
- 定休日
- 定休日 無休 ※ビルの休館日に準ずる
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。