『卵ドリル』著者・松浦達也さんが「2016年のひと皿」に選んだのは6時間かけて焼き上げたカステラ

The Best of Dish 2016 賢人のみなさんと編集部員が食べた料理のなかで最高のひと皿をご紹介します。お馴染みのあの店か?はたまた隠れた名店か?みなさんにとって、2016年はどんな「おいしい」一年でしたか?

2016年12月30日
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『卵ドリル』著者・松浦達也さんが「2016年のひと皿」に選んだのは6時間かけて焼き上げたカステラ
Summary
1.2015年に惜しまれつつ閉店した『桜田』出身の店主がその跡地に自らの店を移転
2.『桜田』の遺伝子は受け継がれつつも、革新を目指す「守破離」がそこにある
3.八寸の中にあった「カステラ」には心意気を感じる

京都の『桜田』に初めて足を運んだのは10年ほど前だったと思う。当時はまだあのレビューサイトがいまほど権勢を誇っていたわけでもなく、少なくとも東京では「知る人ぞ知る日本料理店」くらいの位置づけだったが、出される品すべてが衝撃的だった。

『桜田』の日本料理はコースで供された。コースの流れは、口洗い→酒→先付→椀物→向付→焼物→八寸→炊き合わせ→飯・留椀→水菓子→主菓子→薄茶。会席料理と茶懐石を組み合わせたような組み立てになっていた。高価な食材だけに頼ることなく、味を無闇に重ねるわけでもない。品はいいのに、質実剛健。仕事と工夫を極限まで凝らし、客だけでなく料理人や職人をも虜にした。しかし『桜田』は、2015年にのれんを畳んだ。

今年、『桜田』の跡地に移転した『和ごころ泉』を訪れた。『桜田』で働いていた料理人の店である。そのコースを口にして、『桜田』の遺伝子は確実に受け継がれていることを知った。コースの構成などは『桜田』を彷彿させる。先付の寄せ物「羹」の雲丹乗せなどはいかにも『桜田』風だし、最後に薄茶で〆るのもそう。名ばかりの高級食材ではなく、まっとうな素材に手をかけた仕事をするという精神性も受け継がれている。

もっとも、『桜田』の跡地で店をかまえるほどの店主が、師の型をなぞるだけでは終わるわけがない。今年印象に残った一皿には、同店の八寸に盛り込まれたこの一品を挙げたい。

「カステラ」である。といっても、長崎カステラとは異なる。素材は卵黄と白身魚で、ほの甘い仕上がり。そう聞いて最初は江戸前鮨における「カステラ」(拙著『新しい卵ドリル』に載録した「薄焼き卵」に象徴されるような「寿司玉」)を想像したが、女将さんは「東京からいらしたお客様には『昔、江戸前鮨で似たようなのがあったけど、それとも少し違うなあ』って仰ります」と言う。

口に運ぶとねっとりとしたキメの細かい質感。確かに江戸前鮨のカステラはしっとりはしているが、ねっとりしているわけではない。白身魚のせいか、確かにどこか「寿司玉」を彷彿させる味わいがあるがキメはさらに細かい。

むしろ、ねっとりした食感という意味では、亀戸のイタリアン『メゼババ』の「ポルトガル風プリン」に近い濃厚さがある。そういえばあの店のプリンは「卵黄と牛乳と砂糖だけ」だったはずだ。

他の例で言うと近年人気の3層ケーキ「魔法のケーキ」の食感にも近い。魔法のケーキとはひとつの生地を焼くだけでスポンジ、カスタード、フラン(プリン)の3層に分かれるというもの。「魔法のケーキ」も別々に調理した卵黄ベースの生地にメレンゲをさっくりと混ぜ、焼成過程で分離させるという手法を使う。つまり結果として濃厚な卵黄ベースの層ができるというわけだ。

このケーキは通常50~60分かけて焼き上げ、そこから自然に冷ます。一方、『和ごころ泉』の「カステラ」は焼きと休ませを繰り返しながら、なんと6時間かけて焼き上げるという。

伝統を受け継ぎながら革新を目指す。型を守り、その型を破り、型から自由になることを「守破離」とも言う。だが、離れて自由になってなお、守りたい伝統がある。そしてその伝統には、常に新たなものに挑み続ける姿勢も含まれている。禅問答のようでもあるが、心と技術を継承しながら、革新を厭わない。『和ごころ泉』のカステラからは、そんな心意気が感じられる。

和ごころ 泉

住所
京都府京都市下京区烏丸仏光寺東入ル一筋目南入ル匂天神町634-3
電話番号
050-3464-5345
(お問合わせの際はぐるなびを見たというとスムーズです。)
営業時間
昼の部 12:00~14:30
(L.O.13:00)
夜の部 18:00~21:30
(L.O.19:30)
定休日
月曜日
※その他月1回不定休あり
ぐるなび
http://r.gnavi.co.jp/m4s2cj930000/

上記は取材時点での情報です。現在は異なる場合があります。