幸食のすゝめ#036、繊細な粉には幸いが住む、三田
「お客さん、それ使っちゃダメ、計算用だからね」、カウンターの湯のみに挿された箸でサワーを混ぜようとした客に、極太の菜箸を手にした店主たけちゃん(武田典之さん)が優しく注意する。
『たけちゃん』の特等席、フライヤー前の立ち飲みカウンターに、珍しく一見のお客さんが迷い込んだようだ。
すかさず、近くの常連客がアドバイスする。「その少し派手な箸が飲み物、で、食べ終わった串も、捨てないで湯のみに入れてね、長さと本数で計算するから。あと、ソースは2度漬け禁止ね」。
今では都内でもポピュラーになった2度漬け禁止という言葉を、最も早い時期に東京に浸透させたのが、北千住の『天七』とここ『たけちゃん』だ。大阪に続き、いつのまにか串カツチェーンだらけになった東京だが、本場の串カツスピリットが生き続けるのは老舗の2軒。
特に『たけちゃん』は、大阪・平野で現在も串カツ屋台『武田』を営むお母さんのDNAが100%引き継がれた、そのまんまの大阪の味だ。ここには、揚がるのを待つ間のどて焼きも、紅生姜の串カツもある。
バルブ屋さんだった父親が串カツ屋を目指したのは、まだ、たけちゃんが少年の頃だった。
「串カツの命は、ソースや!」、そう信じていた父親と一緒に、大阪中の有名な串カツ屋に出かけては、小さいスポイトで味の秘密をサンプリング。どこにもひけを取らない、独自のブレンドを完成する。
程なくして、前から目星を付けていた平野の古い住宅街に建つ寺の外壁脇に、屋台『武田』を開店。西成の『ひげ勝』と共に、現在でも大阪を代表する串カツの名店だ。
大学進学と同時に上京し、そのまま就職したたけちゃんも、やがて思うところあって脱サラ。父と同じ、串の迷宮へと泳ぎ出していく。
サラリーマンの妻から串カツ屋の女将へ、家族の生活も一変する。戸惑いの中でスタートした『たけちゃん』だったが、始まってからは、江戸っ子の女将さんの凛とした客捌きが店のもう1つの顔になっている。関東では馴染みのない串カツという言葉を、串揚げにアレンジして暖簾に染め上げたのも女将さんのアイデアだ。
開店当初は、亡き父の跡を継いで平野で頑張っているお母さんも駆け付け、本場もんの薫陶で息子を盛り立てた。
かくして、慶應大学に続く古い商店街で、大阪そのままの串カツが東京に根付いていく。
本場そのままの大阪を港区で頬張れる幸せ
串カツのメイン、牛肉は今どき90円。もちろん、肉は薄くて小さい。しかし、そのサイズこそがリアルな本物。
誤解を恐れずに言えば、串カツ(牛)の主役はソースと衣。むしろ、肉はそのアクセントに過ぎない。だから豚よりも、鶏よりも価格が安いことさえ多い。その代わり、ジャンジャン横丁(南陽通商店街)などの観光店では、5本しばりや3本しばりなどのルールが厳然と設定されていたりする。
その点、我らが『たけちゃん』は、牛のほか、チーズと竹輪の90円串も、他の串ダネと同じく、ちゃんと1本から注文できる。
それでこそ、わざわざ出かけるのではなく、いつでもふらっと寄れる串カツの醍醐味だ。
藍染の暖簾の向うには板前割烹の贅沢が
定番メニューのほか、たけちゃんの後ろのホワイトボードには、旬を彩る本日のおすすめも沢山。この季節なら、カキや合鴨もいい。滅多に東京じゃお目にかかれない紅生姜や、絶妙な味を施されたこんにゃくの素揚げ、巾着に包まれ、入口だけに衣を付ける納豆、ハムカツや牛蒡も捨て難い。
目の前の料理人に好みの串ダネを言い、その場で熱々を揚げてもらい、口に頬張る贅沢。串カツは庶民の板前割烹だ。
『たけちゃん』のカウンターを覗き込むと、一つひとつ丁寧に仕込まれ、整然と並ぶ串ダネの行列に胸が熱くなる。
バッター液を潜って、竹富島の珊瑚の砂さながらの白く細かいパン粉で化粧される串カツたち。繊細な粉には、幸いが住んでいる。
<メニュー>
牛・チーズ・ちくわ90円、どてやき・各種串ダネ120円、カキ・ホタテ・ベーコン210円、えび220円、
生ビール420円、各種サワー320円、酒420円、
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税込です。
たけちゃん
- 電話番号
- 03-3451-0488
- 営業時間
- 16:30~22:00
- 定休日
- 土・日・祝
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※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。