銀座にて、魚を知り尽くした女性料理人のシャレた味わいを楽しめる割烹の素晴らしさに酔う

【連載】幸食のすゝめ #040 食べることは大好きだが、美食家とは呼ばれたくない。僕らは街に食に幸せの居場所を探す。身体の一つひとつは、あの時のひと皿、忘れられない友と交わした、大切な一杯でできている。そんな幸食をお薦めしたい。

2017年05月08日
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銀座にて、魚を知り尽くした女性料理人のシャレた味わいを楽しめる割烹の素晴らしさに酔う
Summary
1.母の経営する旅館で慣れ親しんでいた板前の姿が導いた料理人への道
2.銀座・交詢ビル近くで毎夜、魚好きなグルメたちが押し寄せる割烹
3.アバンギャルドな前半と正統派江戸前寿司が味わえる後半との二段構え

幸食のすゝめ#040、洒脱な舌には幸いが住む、銀座

「船が好きで、島が大好き、でも、釣りは嫌い。そんな父と一緒にいて、私は釣りと漁港が大好きになったんです」。
やがて、渡英して、バースの高校に入学。続く南カリフォルニア大では声楽科に入学、オペラを学びながらミュージカル女優を目指した。いくつものオーディションにパスしたが、喉を潰し、断念する。
そんな時、頭に浮かんだものは母の経営する旅館で慣れ親しんでいた板前の姿。

北山智映さんにとって、仕事の原風景は料理人だった。

釣りと魚、少女の時に愛したものに立ち返り、料理人という職人を目指す。最初は伝統的な懐石料理を学ぼうとしたが、今ひとつ心に沸き立つものがなかった。少しの手間や塩加減、自分の手のかけ方ひとつで様々な顔を見せてくれる魚たち。自分の舌を信じて、自分にしかできない方法で魚を極めよう。
オペラからミュージカル、料理人という航海を経て、彼女は生涯の舞台を見つけ出す。凪から追い風へ、2009年、銀座の交詢ビル近くで彼女による割烹が出帆する。

さぁ、そろそろ僕らもその海に漕ぎ出そう。外海のブルーを思わせる皿に盛られた海老は、スナップえんどうの殻で炊いただしとレモンのディップで目にも舌にも碧の余韻を残していく。

丁寧な包丁が入れられ、軽い焦げ目を付けられたアオリイカは、ウルイを叩いて卵黄と混ぜたソースがかかる。ほろ苦さと卵黄の甘さが輪舞のように味覚のロンドを繰り返す。

丸で2日、おろして2日。寝かせることで、圧倒的なうまみと新たな食感を生み出した江戸前のマコガレイは、梅干しを加えた煎り酒を合わせ、ハーブを載せる。この時期のマコガレイは若布を食べて育つので、あえて昆布〆はしない。魚を愛し、魚の習性を知り尽くした釣り人ならではの叡智だ。

続く毛蟹しんじょを飾るのは、ウチコのオレンジ。温度も、濃度も、味付けも、すべてがギリギリのエッジの上にある攻めの椀に、身も心も打ちのめされる。

しかし、お楽しみはまだまだこれからだ。

知られざる実力派に晴れの舞台を

次に登場する尖った三角形は、なんと鰯のサンドイッチ。塩で〆、酢も軽く当てることで、つなぎのガリと自然なハーモニーを奏でている。トルコの鯖サンドを越えた、青魚とパンの劇的な出逢いだ。

序盤のクライマックスを飾る焼物は、皮目の驚くべきクリスピー感と脂がのった身のうまさに驚かされる。未知のプリマドンナの正体はハマダイ、沖縄でマース煮やバター焼きなどで供されるアカマチだ。
東京ではまだあまり知られていない魚を、秀逸なひと皿に仕上げる才気と感性こそ『智映』の真骨頂だ。

後半は端正な江戸前のステージを

京野菜と蛤の煮物で優しいエンディングかと思いきや、ここから武藤啓司さん担当の握りコーナーが始まる。

こちらは江戸前の正統を行く素材と握りで、アバンギャルドな遊び心に満ちた前半と美しいコントラストを描いていく。

その中で、終盤の蛤には穴子と烏賊のつめでキレを出したり、小さな遊び心があるのも嬉しい。

そして、ラストの衝撃は、まるでクレームブリュレの如き玉子だ。卵黄だけを凍らせ、砂糖と蜂蜜をキャラメリゼして、煎った新潟産の胡桃を散らす。ごく普通の食材を、労を惜しまない仕事とアイデア、繊細で洒脱な舌で『智映』の世界に昇華させる職人芸。日々、進化を続けている店と一緒に、いつまでも航海を続けたい。洒脱な舌には、幸いが住んでいる。

<メニュー>
お試しコース12,000円、メインコース16,000円、多めのコース20,000円、酒持込無料、
21時以降のお寿司とお酒セット10,000円(空席時のみ、要予約)
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税込です。

智映 (休業中)

住所
〒104-0061 東京都中央区銀座7-7-19 ニューセンタービルB1F
営業時間
現在は休業しています

上記は取材時点での情報です。現在は異なる場合があります。

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