シンプルの先にある素材重視のイタリアン。味わいの緩急に心が満たされる、芝公園『イタリア料理 樋渡』

【連載】幸食のすゝめ #094 食べることは大好きだが、美食家とは呼ばれたくない。僕らは街に食に幸せの居場所を探す。身体の一つひとつは、あの時のひと皿、忘れられない友と交わした、大切な一杯でできている。そんな幸食をお薦めしたい。

2019年10月25日
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シンプルの先にある素材重視のイタリアン。味わいの緩急に心が満たされる、芝公園『イタリア料理 樋渡』
Summary
1.2019年10月。東京・芝公園に『イタリア料理 樋渡(ひわたし)』がオープン
2.伝説のイタリアン『フェリチタ』を始め、国内外で研鑽を積んだ原耕平シェフが独立
3.シンプルを突き詰めた、美しい料理と丁寧な“仕事”を味わう

幸食のすゝめ#094、飾らない人柄には幸いが住む、芝公園。

「どんなにうまい料理を作っても、最後は人柄だから…。期待してるよ! こうへいちゃん」。

人生最高の師匠だった岡谷(文雄)シェフの元を離れることになった麹町『ロッシ』の最終日、駆け付けてくれた勝山(晋作)さんにポンと肩を叩かれた。勝山さんは、平成の終わりに惜しまれつつ世を去った日本における自然派ワインの牽引者だ。

「料理なんて1ミリも食べてないのに、僕の人柄を評価してくれたのが嬉しくて、それから頑張る勇気を貰いました」。

▲『イタリア料理 樋渡』オーナーシェフの原耕平さん(写真上・右)


だから、(原)耕平くんの初めての店『イタリア料理 樋渡』の入口には、ワイン瓶を灯明にして勝山さんの写真が飾られている。

ご機嫌な笑顔の写真には「何を言ってんごりっとる?」の文字。1.5リットル、マグナムの容量に引っかけた勝山さんらしい駄洒落だ。

『祥瑞』に通い詰めた日々

『ロッシ』時代、仕事終わりに岡谷シェフと通い詰めた『祥瑞(しょんずい)』は、勝山さんの店だった。毎晩遅くまで色々なワインを飲み続け、週に最低2日はそのまま店に泊まりランチをこなした。

「お前なら大丈夫だよ。最悪、お前の料理がまずくても、お前なら大丈夫」。

岡谷シェフ、勝山さんと並ぶ人生の師、現『HIBANA』の永島(農)さんも、そう太鼓判を押してくれた。

シェフとして腕をふるうことになった神保町『ジロトンド』に、耕平くんを迎え入れた村上(裕一)ソムリエも、『ロッシ』の日々に出会った1人だった。
だが、『ジロトンド』で最上のチームプレイを見せた原・村上コンビと、岡谷シェフ、そして永島さんは、それよりずっと前に、表参道にあった伝説のイタリアン、『フェリチタ』で交錯している。

『フェリチタ』は表参道という好立地で3階建ての一軒屋、そこで料理長だったのが岡谷シェフ、支配人が永島さんだった。そこにイタリアから一時帰国し、立ち上げに参加したのが前店『ジロトンド』での相棒、村上さんだ。だから、原・村上コンビは、決してクロスすることなく同じ場所を通り過ぎ、いつも同じ料理と、同じワインを見つめていた。

人生の師らとの繋がり、『フェリチタ』との出逢い

調理師専門学校卒業後、麻布十番の『ラ・コメータ』で修業しながら、あらゆる知識を吸収しようと躍起になっていた頃、いつも手が止まってしまうページがあった。しかも、それは全部同じシェフの料理。表参道『フェリチタ』の岡谷料理長だった。

「岡谷シェフの料理だけが、なんだかキラキラ輝いて見えたんです」、クラシックなイタリアンに強い憧れがある時期だった。その中に、絶妙に日本の食材を取り入れる岡谷シェフの手腕にも感動した。一念発起して、ある日若き耕平くんは表参道に向かう。

「働きたいです! と岡谷シェフに直談判に行ったんです。(フェリチタの)1階のカウンターでした」。

熱意が認められ厨房とホールで1年と10カ月勤務する。その間、ずっと一緒だったのが支配人の永島さんだ。既にイタリアワインのアーカイブとして高名なソムリエにして、イタリアン界を代表するサービスマン。初めて自然派ワインを口にしたのも、永島さんが注いでくれた1杯、アンジェリーノ・マウレの「サッサイア」。日本に自然派ワインを広めるきっかけになった1本だ。

「それまで、実は飲みづらいと思っていたワインが、すいすい身体の中に入っていく。とにかく、雷が落ちたような衝撃を受けました」。

「察するサービスではなく、聞くサービス」を知る

しかし、永島さんが教えたものはワインだけではなかった。それは、あらゆる場面で永島さんが垣間見せる、愛情深いサービスの柔軟さだった。永島さんは客だけでなく、スタッフの行動にも常に目を配っていた。落ちていた小さなゴミを拾うと、必ず後で「さっきはゴミを拾ってくれてたよね」と笑顔で労ってくれる。
永島さんに教えられたサービスの頂点は「察するサービスではなく、聞くサービス」だった。

「察して動くんじゃなくて、聞いちゃう。相手は人間なんだから、聞けばいい。そうすれば、何でも解決するはず」。

それまでは客の気持ちを察して先に動くことが、いいサービスだと思っていた。しかし、永島さんは言う。

「お店側の気遣いって、たまに押しつけっぼい。お客さんは鬼じゃないんだから、今何を望んでいるのか?を聞けば解決する。店のルールはルールとして、残りの部分はお客さんと相談しながら作ればいい」。

イタリア修業後、再び恩師の元へ

永島さんとの『フェリチタ』の日々の後、渡伊、ナポリの二つ星『ラ・トッレ・デル・サラチーノ』へ。その後、ピエモンテ、ヴェネトと移り、北と南の味を経験して帰国。ちょうどその時期、岡谷シェフが麹町に『ロッシ』をオープンする。

「働くとこ決まってないなら、ウチに来る!?」、岡谷シェフのひと言で『ロッシ』の厨房へ。2年間、岡谷シェフと2人体制で、全調理部門を担当した。厨房でも、夜の巷(ちまた)でも四六時中いつも一緒。今に至る貴重な交友関係の基礎は、岡谷シェフと過ごした日々の宝物だ。
感性の鋭さと膨大な知識、『フェリチタ』時代に見た永島さんとの掛け合いの妙、尽きることのないホスピタリティ…。
もちろん、イタリア料理の基礎は彼から学び、今も耕平シェフの中に息づいている。

2019年10月1日、『イタリア料理 樋渡』をスタート

うまみを感じる最低限の塩加減、そして、酸味の使い方。料理に食感の変化や香りをつけること、コースも料理も緩急をつけること。その4つの教えを常に意識しつつ、いつまでも飽きることなく食べ疲れない料理が耕平イタリアンの基本だ。

「しみじみおいしい、ほっこりするような味。見た目より味。食べた瞬間、人が、あ、いいなぁと思う味を作りたいんです」。

惚れ込んだ素材を仕入れて、素材の素晴らしさを殺さないように料理する。

シンプルを突き詰めた、美しい料理と丁寧な“仕事”

「何を食べているか分からないものはイヤなんです。例えばマダイのソテーなら、マダイの味を感じさせないような濃厚なソースをかけたり、どれが主役か分からない位にデコレーションしたり…」。

だから、耕平くんの皿は限りなくシンプルで美しい。だが、その一つひとつには丁寧な仕事が施されている。

『樋渡』の代表的な皿の1つである、「魚貝の盛り合せ」(写真上)を見てみよう。

手前のヒラスズキは6日間寝かせて熟成させたもの。血抜きを完全に施すため、コスメ用の細い注射器で背骨に塩水を打って処理している。味付けはシンプルに魚醤と青柚子、熟成された魚の味を最大限に活かす。
右のスミイカにはバジルのソース、香草のサラダの下には塩と酢で締めたサンマとイワシ。
オイルでゆっくり煮たカキの手前は、ムニエルにしてエスカベッシュのソースをかけた白子。左のエゾアワビは65℃で加熱し、肝ソースがかけられている。

「薄切りにして、ドレッシングをかけて…みたいな料理から抜け出したいんです」、今回『樋渡』をコース中心にしたのも、そんな気持ちの現れだった。

「その季節の旬の素材を扱う和食や寿司の世界は、すべてコースなんです。ウチもコースに限定することで、(江戸前の)お寿司屋さんのように丁寧な仕込み、『仕事』をしたいんです」、そのためには予約は重要な要素になる。

「お客さんの予約に応じて、その時いちばんいい状態に素材を準備できる」、その言葉は『樋渡』のコースに身を任せれば、誰もが納得できるはずだ。耕平くんが作る料理を夢中で頬張っているうちに、幸せなリズムがゆったりと身体を満たしていく。

日曜日には、家族連れに嬉しいカジュアルメニューも

平日はコース主体だが、日曜日にはお昼から開けてトラットリアにする。夜は大人限定だが、この日は子ども連れもOKだ。だから、トマトスパゲティのようなカジュアルなメニューも用意する。

家族を待ち受けている木のテーブル(写真上・左)は、脱サラして家具職人になった父が遺したものだ。ハートの窓がついた棚(同・右)も、同じく父メイド。病気がちな母の代わりに厨房に立つこともあった父は、料理上手でもあった。

男ばかりの4人兄弟、食べ盛りの息子たちのために父が腕をふるう夜は、子どもたちの楽しみだった。
「男4人もいたら、1人くらい料理人になってもいいよな…」、父親が呟いたそんなひと言はいつか息子の進路を決めた。

『樋渡』というネーミングは、横須賀の実家「原家」の古(いにしえ)から伝えられた屋号だ。そのままでは、何屋か分からず、和食に間違えられそうだから、古風な響きを持つ「イタリア料理」という言葉を頭に付け『イタリア料理 樋渡』とした。

9月末のレセプション、店には200人を越える人たちが詰めかけた。若きオーナーシェフの出発としては、異例の賑わい。それは、故・勝山さんや永島さんが太鼓判を押し、岡谷シェフが愛し続けた耕平くんの人柄の賜物だったに違いない。

飾らない人柄には、幸いが住んでいる。

▲レセプションのサポートに駆け付けた、料理人仲間とスタッフとともに


<メニュー>
・お任せコース5,000円(6皿)/8,000円(7皿)/10,000円(8皿)※それぞれ食材のグレードもUPします
・グラスワイン600円〜、ボトルワイン5,500円~
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税抜です

イタリア料理 樋渡

住所
〒105-0014 東京都港区芝2-15-4 1F
電話番号
03-6809-3037
営業時間
火曜~金曜 17:30〜23:00(デイナーのみ・要予約)、日曜 12:00〜18:00(アラカルトのみ・お子様OK)
定休日
月曜・第4日曜(祝日不定休)
ぐるなび
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公式サイト
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