【連載】「幸食のすゝめ」

食べることは大好きだが、美食家とは呼ばれたくない。僕らは街に食に幸せの居場所を探す。身体の一つひとつは、あの時のひと皿、忘れられない友と交わした、大切な一杯でできている。そんな幸食をお薦めしたい。

2015年09月21日
カテゴリ
賢人コラム
  • 和食
  • 武蔵小山
  • 連載
【連載】「幸食のすゝめ」
Summary
・再開発が始まる武蔵小山
・東京を代表する大衆酒場
・まさにセンベロ、な安さ
・注文方法は常連を真似て憶える

幸食のすゝめ#001 コの字酒場には幸いが住む、武蔵小山。

小山の彼方の空遠く、幸い住むと誰が言ったのか?いえいえ、幸い住む場所は、空の彼方なんかじゃない、駅からほど近いコの字カウンターの中にある。場所は『牛太郎』。言わずと知れた城南一、いや、東京を代表する大衆酒場だ。
もともとムサコこと武蔵小山は、東洋一と謳われた巨大アーケード、パルム商店街で有名な場所。青空を遮断した人口の楽園は、庶民たちのエネルギーでいっぱいだ。

町工場や家内制手工業、そして多くの職人さんたち…。近隣には西小山という三業地を控えたムサコは、古くから歓楽街として栄えた。人口密度におけるスナック密集度は、全国でもかなり上位だったはずだ。しかし、駅の周りにくねくねと続く、欲望のラビリンスは再開発という野暮なメスで、もうすぐズタズタにされようとしている。ムサコ見るなら、今見ておきゃれ、今にムサコは冷たいビル街。今すぐ、目黒線に乗ろう!

と、思い切り煽ってみた後で恐縮だが、牛太郎には当分、開発のメスは入りそうにない。でも、昭和の香りが横溢する迷宮のスナック街はもう少しずつ綻び始めている。「撮るなら今しかないらしいよ」、一眼レフ女子あたりを誘い出すにも絶好のタイミングだろう。
さて、牛太郎の電飾には略字で「働く人の酒場」とある。開店時間も、リーズナブルな価格設定も、近隣の労働者の先輩たちありき。新参者は、頭を垂れて暖簾を潜ろう。

新東京三大煮込!

浅草寺の仲見世と並行する通りにあった、お好み焼きの有名店、染太郎。牛太郎はその隣りに店を構え、やがて北千住にも拡充。その際に支店を任された先代は、やがて武蔵小山で独立。昭和30年に、今の牛太郎が誕生する。現在の店主、ジョウさんはそのご子息。チノパン履いたら東京一!の長身から繰り出されるソフトな語り口。決して差し出がましくない東京人そのもののサービス。こわもての常連さんたちも、実はみんな優しい。

そして、メニューはすべて申し訳ない程安い。各部位の内臓を丁寧に処理した後に、長時間炒り付けた名物の「とんちゃん」も、新東京三大煮込に選ばれた「煮込」も120円。もつ焼各種は100円、ポテサラやスパサラなどのアテも殆ど120円。小鍋仕立ての「煮込とうふ」300円を頼んでいる人を見ると、なんだかセレブに見えてしまうが、実はそれだって飛んでもなく安い。昨今の喫茶店を覗くより安い、もうなんだか謝りたくなる。

そして、牛太郎に入ったら、コの字カウンターに並ぶ先輩諸氏たちの矜持の高さに敬意を払いたい。
オーダーのタイミング、何をどう頼んだらいいか?新参者は耳を澄まして、先輩たちを真似ればいい。それが大衆酒場で、自分の居場所を手に入れる唯一の方法だ。牛太郎には、どんなに高い料金を払っても手に入らない最良の時間が待っている。その証しは、ぎゅうぎゅう詰めのご常連たちの最高の笑顔だ。コの字酒場には、幸いが住んでいる。

<メニュー>
ハイサワー/ホッピーなど390円、中(焼酎)150円、ビール(大)500円、おしんこ90円、予算1300円~1600円くらい

※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。

※森一起さんのスペシャルな記事『幸食秘宝館・武蔵小山、グルメランキング上位には載らないホントウの名店3軒を巡る』はこちら

牛太郎

住所
〒142-0062 東京都品川区小山4-3-13
電話番号
03-3781-2532
営業時間
14:30~20:00(土・祝11:30~売り切れ次第)
定休日
定休日 日曜

上記は取材時点での情報です。現在は異なる場合があります。

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