江弘毅さんが推薦。2015年私の最高の鮨

The Best of Dish 2015 2014年11月15日から2015年11月14日までの間で賢人のみなさんと編集部員が食べた料理のなかで最高のひと皿をご紹介します。お馴染みのあの店か?はたまた隠れた名店か?みなさんにとって、2015年はどんな「おいしい」一年でしたか?

2015年11月30日
カテゴリ
コラム
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江弘毅さんが推薦。2015年私の最高の鮨
Summary
・大阪ににぎり鮨を伝えたとされる老舗
・小ぶりのまるい握りが特徴
・グルメ誌に載りそうにない訳

「ベストなひと皿」というのは、それが特別な何かであって「もう二度と食べられない」だろうものを書くのは、「失ったもの」のようなものであるような気がして寂しい気がする。

なので初めて食べたり、久々に食べにいって「あ、うまい」となり、リピートして食べにいったものの中から選ぼうと思う。

鮨は鮨屋という店舗形態上「ひと皿」というものではないが、数年ぶりに北新地のこの店に行って、やはり良いなと思った。

日本橋の寿司屋台が原点

「櫓鮨」はミナミ日本橋の「福喜鮨」とともに、大阪ににぎり鮨を伝えたお店だ。
大阪の「鮓」は本来、押し寿司、箱寿司であり、今の江戸前のにぎり「鮨」が大阪で食べられるようになったのは早くても明治以降だという。

その中でも「櫓鮨」は、100年以上もその時代の江戸前鮨を出し続けているという。
現在の「櫓鮨」のご主人の三木利市さんは三代目。
明治元(1868)年生まれの初代は大阪出身で、料理屋、鮨屋、鰻屋と手広く商いをしていたが、温泉が掘り当てられた宝塚温泉の旅館を買収したりで手を広げすぎて失敗。明治の終わりに東京へ行き、その頃の魚河岸だった日本橋で鮨の屋台を出した。その後、店を持つようになったが、関東大震災(1923年)で壊れて大阪へ舞い戻ってきた。米相場があった堂島浜の仕舞た屋を鮨屋にした。

現在の店は昭和33(1958)年に建てられたもの。
看板などに「魚可し」と意匠化された髭文字が表記され、正真正銘の江戸前鮨を物語っている。

座ると夏などは茹でたての温かい小ダコが小鉢で出てくる。
これは突きだしだ。
ちなみに大阪の旧い鮨屋では、一杯目の酒・ビールにと、イカのゲソや耳を茹でたり炙ったアテが出てくる店が多い。やはり同じ突きだしを出すのなら、つくり置きではなくて出来たてのものを出す、というのが鮨屋の板前の矜持なのだろう。

そして鮪から。それもトロと中トロが1カンずつ。
小ぶりの丸いにぎりが特徴だ。
イカ、貝、海老(おどり)、青背、アナゴ、という順番だ。
たとえばイカはウニと合わせていたり、どれも仕事がしてある。
わたしが知らないだけなのかもしれないが、どこにもないスタイルだと思っていたのだ。
けれども先代はすでに故人だが、東京浅草の生まれ育ちの鮨職人で、大阪のこの店に乞われて二代目として養子に入られたということを聞いた。

昔ながらの職人気質

歓楽街北新地では、戦前〜戦後を通じて一世を風靡した鮨職人で、店は相当繁盛したという。
べらんめえ口調であり、「ばかやろうと言う前に手が出る」人であり、若手の鮨職人の間では「人間行くとこちゃう」という店だった。

74歳になる三代目が「もう言うてもええやろ」とばかり、この老舗の昔話を聞いて、なるほど大阪・京都はじめとする昨今風のにぎり鮨とは違うなと思った。

鮨屋がグルメ誌やタウン誌、ミシュラン・ガイドにも載るようになったが、この「櫓鮨」「福喜鮨」はじめ、ほとんどの鮨屋の情報は、メニューがなかったり値段が書いてないのと同様にクローズだ。

そのあたりは長いこと飲食店系の街ネタを書いたり編集していて、グルメ誌に「載る店」「載りそうにない店」の違いはなんなく分かる。
前で鮨をにぎる「板前にどこの鯛だ」と訊けば、「明石だ」とか「加太」だとかは応えてもくれる。それは皿の上の話、すなわち情報だからだ。
しかしこの類の物語は、なかなか鮨屋の話は店の馴染みにならないと、それもそういう類の話を聞きに行くのが目的だ、というのが見えてしまうと話に応じてくれない板前が多い。
そこのところの旧い鮨屋の職人気質が、食べている鮨に現れているなあと感じられて楽しいのである。
なんにしても能書きは後なのである。

※江弘毅さんのスペシャルな記事『いい店にめぐり逢うために知っておきたいこと』はこちら

櫓鮨 (ヤグラズシ)

住所
〒530-0003 大阪府大阪市北区堂島1-1-20
電話番号
06-6341-7566
営業時間
17:00~21:00
定休日
定休日 土・日・祝日
ぐるなび
https://r.gnavi.co.jp/rf6hwj9p0000/

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