幸食のすゝめ#032、レサワ王子カイくんと行く・ゴールデン街はしご酒指南。
鳩の町、黄金町、あいりん地区、哀しげな街には幸せな名前が付いている。
新宿ゴールデン街は、その最たるもの。すなわち黄金郷、エルドラドだ。
旅路の果てのユートピア、ザナドゥと呼ぶ国もある。
それが新宿区役所にも満たない土地に、200軒以上の小さな飲み屋が連なる場所だと、いったい誰が想像するだろうか。
GHQ指導の元、1949年に撤廃された、新宿駅前の闇市から発展した一杯飲み屋街・竜宮マート。その移転先が、現在のゴールデン街だ。
その後、建築基準法と売春防止法、風俗営業法に翻弄されながら、1960年代には作家や詩人、漫画家、アーティスト、映画関係者が集まる街として脚光を浴び始める。
1976年には常連の中上健次・佐木隆三が芥川賞と直木賞の受賞者に決定。ゴールデン街の名声は頂点に達する。
その後、20世紀最後の年に成立した定期借家法で、若いオーナーたちが次々と出店。街のハードルはぐっと低くなり、いかがわしさと怖さは減ったが、その分、文化度は低くなっていく。
そんな中、吹き抜けの天井まで続く本棚に、圧倒的な数の蔵書が並ぶレモンサワー専門店がオープン、正統なゴールデン街の復権として話題を呼ぶ。
オーナーは田中開氏、そして、蔵書は祖父・田中小実昌氏のコレクション。
ゴールデン街のアイコンとして愛された直木賞作家・コミさんの孫の出現に胸躍らせて、僕のゴールデン街通いも復活した。
今回は、今やすっかり世代・年齢を越えた飲み友となったカイくんのナビで、彼が愛する現在の新宿ゴールデン街をはしご酒ツアーする。
真のゴールデン街を継承する使命を受けて生まれたレサワ王子カイくんと、いざ新宿のエルドラドへ!
(MAPイラスト・小西康隆/撮影・岡本 寿)
いきなり最終目的地からのスタート、1軒目=『The OPEN BOOK』
2016年の春に開店し、たちまちゴールデン街を代表する人気店になった『The OPEN BOOK』。もちろん、はしご酒のオープニングはカイくんの店から始めよう。
今でこそ、東京中の居酒屋がオリジナリティに富んだレモンサワーを競い合うようになったが、開店当時、クラフトビール用のランドルフィルターを駆使したオープンブックのレサワは衝撃的だった。
かつてのゴールデン街の匂いを蘇らせただけでなく、レモンサワーブームに火を点けたのもカイくんの大きな功績だ。
レサワ界のトップを走りながら、常に進化を怠らない店の新メニューは御茶サワー。水出ししたお茶に和三盆を加え、耐圧ボトルから注がれる御茶サワーは出逢ったことのない味。レモンサワーに続く大ヒットになりそうだ。
たっぷり飲みたい派には、レモン、御茶ともに1,000円で大もチョイスできる。
ビールはクラフトビール、ワインはヴァンナチュールと、カクテル以外の酒も、もちろんうまい。
「おじいちゃんに会ったことがある人や、読者だった方にここで出会えるだけでも店を作って良かったと思います」、瞳をキラキラさせてカイくんが言う。
おじいちゃんが愛した街に、おじいちゃんの蔵書を並べる。1人の孫の洒落たアイデアは、消えかけていたゴールデン街の文化に、再び灯をともすきっかけとなった。
ありがとう、カイくん、ありがとう、オープンブック、ありがとう、コミさん。
さあて、そろそろゴールデン街の海へ漕ぎ出そう!
<メニュー>
チャージ300円、レモンサワー700円、御茶サワー700円
グラスワイン800円、ビール900円、カレートースト700円、スナック300円
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税込です。
The OPEN BOOK
- 電話番号
- 080-4112-0273
- 営業時間
- 18:00~26:00
- 定休日
- 無休
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。
街の1次会的な本格ビストロ、2軒目=『PaVo』
「新宿ゴールデン街は、街全体が大きなスナックみたいな街で、ただ飲んで話している分にはいくらでもいろんな店が見つかるけど、1次会になるべき店を探そうとすると大変なんです。その点、ここ『PaVo』はちゃんと美味しいものがつまめるし、酒も揃ってる。お腹が減ってれば、〆もあるし」。
カイくんと2軒目に向かったのは、リーズナブルでうまい本格的なビストロ料理でいつも満員状態の『PaVo』だ。
目の前で手際よくビストロの味を仕上げて行くのは、シェフのJoeこと菅原丈さん。黒板に書かれたメニューは、小皿料理が300円、メインの肉や魚が500円、〆のパスタやリゾットが800円という驚異の価格設定。
しかも、酒だって自家製のサングリアや、ハーブ増強の乾杯用ズブロッカなど何でも揃うバラエティ。カイくんが言う通り、ゴールデン街の1次会はここに決まり。
しかし、超人気店なので予約がベストだ。
人気メニューはマグロとパクチーのマリネや揚げブロッコリー、自らの名前を付けたJoe熱のメンチカツなど。どれも申し訳ないほど安く、抜群にうまい。
猟期になると、Joeさんが狩りで仕留めたジビエのシチューやソーセージなども登場する。厨房を囲んだ小さなカウンターで、見知らぬ人と肩を寄せ合いうまい酒と料理に酔う。こんな店、ゴールデン街の外では滅多に見つからないはずだ。
感慨に耽っているとカイくんの声。
「ここでは〆行かずに、次でしっかり腹に入れましょう!夜はまだまだ長いですから」。
<メニュー>
チャージ500円、長崎産マグロとパクチーのマリネ300円
名物!新宿で2番目に旨い揚げッコリー300円
今夜もあつあつJoe熱のメンチカツ500円、ドリンク類(各)700円
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税込です。
ビストロPaVo
- 電話番号
- 03-6273-8282
- 営業時間
- 17:00~L.O.25:00
- 定休日
- 無休(日曜日は日本酒バーとして営業)
- 公式サイト
- http://pavo-tokyo.com
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。
親子で営むリアル深夜食堂、3軒目=『めしや あしあと』
通りに面した場所に入口がある『PaVo』を出たら、『The OPEN BOOK』がある5番街より1本靖国通り寄りの3番街へ。
『めしやあしあと』は2階、長身のカイくんは背を屈めないと昇れない。店内に入ると、大きな身体の小菅顕資さんがカウンターの中に笑顔で座っている。
「けんちゃん、今日は何ができる?」、カイくんの声に「麻婆豆腐でも作ろうか?うんと辛い奴、刺身だったらイシモチがあるよ」と、けんちゃん。
「じゃあ、両方ちょうだい!」、ビールを飲みながらカイくんが答える。
「ここはとにかく、白メシがガツガツいけるリアル深夜食堂なんです」。
カイくんが絶対の信頼を寄せる『めしやあしあと』は、けんちゃんの母である小菅浩美さんが2009年に開いたお袋の味と愛情てんこ盛りのゴールデン街の名物店だ。
現在は母と息子が交代で店に立つ。メニューはあるが、素材で答え、煮る・焼く・揚げる、客と相談しながら献立を決めていく。
主役は丁寧にだしを採った吸い物と、米から厳選し、一升釜で炊いたご飯。
刺身類のワサビも、そのつど摺りおろして出している。
「風邪ひいたんだけど、何かある?とか言ってくる人もいます」。
けんちゃんが微笑みながら、てきぱきとイシモチをおろしていく。新鮮な食材と、素材の持ち味を活かす優しい味付け。『めしやあしあと』は、集まってくる一般のお客さんたちだけでなく、新宿ゴールデン街で働く人たちの健康を見守る店でもある。
「だいたいいつも、1時か2時くらいに駆け込んで、その日美味しいものを作ってもらうんです」。カイくんが通い詰めるゴールデン街のリアル深夜食堂を後に、いよいよ本格的な飲みへ!焼酎か?バーボンか?
「いえ、ヴァンナチュールです」、やはりゴールデン街は奥が深い。
<メニュー>
チャージ500円、お刺身 時価、お任せ料理各種500円〜、定食セット(ごはんにお吸い物と小鉢付)500円、ドリンク類500円〜、
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税込です。
めしや あしあと
- 営業時間
- 19:00~翌5:00位
- 定休日
- 日曜
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。
文化が向き合う自然派のワインバー、4軒目=『pitou』
『めしやあしあと』がある3番街から、小さく張り巡らせられた横道を抜けて『The OPEN BOOK』がある5番街へ戻る。その真ん中あたり、レンガ造りの外観と窓に嵌められたステンドグラスが印象的な『pitou』が見つかるはずだ。
最近、特にヴァンナチュール=自然派ワインにハマっているというカイくんが選んだ4軒目は、1930年代の上海租界へ迷い込んだような大人のバーだ。
カメラマンでもあるママ、佐藤ともえさんの美意識で統一された店内は、ゴールデン街を代表するスタイリッシュな空間をつくり出している。
お袋の味から、ヴァンナチュールへ。その大きな振れ幅と、柔軟なエネルギーこそがゴールデン街の持つ魅力の根源だ。
「カイくん、つよぽんの共栄堂、初リリース開けたけど、飲んでみる?」。
ともえさんがカウンター越しに話しかける。元四恩醸造の栽培・醸造責任者だった“つよぽん”こと小林剛士さんが独立後に初リリースしたワインだ。
このところ、巷で話題になっている1本から、既に人気銘柄になっているお馴染みのエチケットまで、棚にはいろいろなヴァンナチュールが並んでいる。
でも、造り手たちが丹精を込めたヴァンナチュールは本数が限られ、出逢えるチャンスは一期一会だ。そのせいか、客には料理本の編集者や大手食品店の企画開発者なども現われる。広告や映画、音楽、美術関係など業界人たちも多い。
ステンドグラスが印象的な2階のスペースは、無料で新人たちの個展などに提供している。
点と点でしかなかった叡智が結ばれて1つの線になるとき、新しい文化が生まれる。『pitou』や『The OPEN BOOK』ですれ違い、同じワインやレサワを酌み交わしている内に、アイデアは自在に変容し、また新しいイマジネーションを生み出す。
その夜語られた一つひとつの会話こそが、かつてのゴールデン街を特別な街にしていた要因に違いない。
「もう1杯、今度は白をください」、ともえさんがストックのワインから極上の1本をカイくんにチョイスする。2階では映画関係者たちが、何本もボトルを空けている。緩やかに流れる時間の中で、夜が深くなっていく。カイくんそろそろ、次の航路に漕ぎ出そう。
<メニュー>
チャージ1,000円、グラスワイン600円〜
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税込です。
pitou
- 営業時間
- 20:00~翌4:00 ※店舗の希望により電話番号は掲載不可
- 定休日
- 無休
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。
コミさんが愛した思い出の名店、5軒目=『呑家 しの』
最後にカイくんがナビしてくれた『呑家しの』は、今は亡き前田孝子ママの『まえだ』や、今は『ひしょう』に立つ佐々木美智子ママの『むささび』と共に、祖父の田中小実昌さんが愛した店だ。
「高校の頃、ママ(作家の田中りえ・2013年没)に連れられて、近くの『三日月』からのコースでよく来てました」。
だから、おじいちゃんの街で店を始めようと決心した時、まずは『呑家しの』に飛び込んだ。しのママこと木島美代子さんの洗礼を受けることで、1日も早くゴールデン街の住人になろうと思ったからだ。
「その頃、ゴールデン街最後の良心みたいな店だったから、ここでしっかり、この街を学ぼうと思ったんです」。
現在、深夜のカウンターに立つ陸くんこと本橋陸さんは、カイくんがしのに立っていた頃の常連。独立していくカイくんからのバトンタッチで、しのに立つことになった。「しののいいところは圧倒的な居心地のよさ、老舗ならではの良さがたくさんあるのに、限りなく温かい。ハードルが高い老舗のはずなのに、入門編みたいな場所。しかも、とびきり安い」。カイくんの言葉に頷く、陸くんの笑顔が優しい。
若い世代にいい感じでバトンを渡すことができるのも、名店の証かもしれない。
現在、しのママの代わりに夫の茂さんがスタッフとカウンターに入り、ママは不定期で店に顔を出している。
「自分の世界観をちゃんと作れ!夢のない呑んべえにはなるな!」、陸くんがしのママに教わったのは、その2つ。その言葉の大きさを取り替え取り替えしながら、やがて陸くんのしのが出来上がっていくのだろう。
Joeさんと朋英さんたちに見守られながら、カイくんや陸くん、そして、けんちゃんの新宿ゴールデン街は今もまだ発展途上の真ん中にある。
それって、素敵なことじゃないか。結末が見える未来なんて、酒の肴にもならない。新宿ゴールデン街は、今夜も外国人観光客で溢れ返っている。
「一見入りづらくて、足を踏み入れ難い街かもしれないけど、実はスーパーフレンドリー」。カイくんの言葉に背中を押されながら、この街の熱と活気に、どうか直接触れてほしい。今回の5軒をきっかけに、きっと自分だけの何軒かもきっと見つかるはずだから。
<メニュー>
チャージなし、大皿料理500円、ビール500円、ハイボール500円、焼酎600円、
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税込です。
呑家 しの
- 電話番号
- 03-3200-8044
- 営業時間
- 18:00~翌5:00
- 定休日
- 無休
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。