ワイングラスの扱い方3つの約束事【ワインナビゲーター・岩瀬大二】
当コラムで、ワイングラスの選び方を紹介した(こちら)。そこでお伝えしたかったのは、グラスによってワインの風味も香りも変わるけれど、それ以上に、自分の気持ちや場面でグラスを選ぶと楽しいですよ、ということ。100円均一のグラスを格上げすることもできるのにそこに気づいていない。一方で20,000円のグラスの力を台無しにすることもある。それはもったいない!ちょっとしたコツはあるけれど、そのちょっとしたコツだけでハッピーになれるのだ。
さて、今回のワイングラスを巡る話。テーマは扱い方。
最近、WEBの記事でグラスのマナーについてのコラムを読んだのだが、どうにも堅苦しい。ワインの常識もアップデートされてきているのだが(別に赤と白は肉と魚でざっくりわけることもないし、赤ワインは冷やしたほうがいいものもたくさんあるとか)、まだグラスについては、みなさん、恐る恐る扱っている感がある。確かに白テーブルクロスの高級レストランではそれなりのワイングラスの扱い方のマナーはある。ただ、必ずそうするべきということではない。
逆にカジュアルな場でフォーマルのルールを持ち込んでしまったり、偉そうに指摘することで場の空気を悪くしたり、場違いな状況にしてしまうこともある。そのグラスのマナー記事でひっかかったのは、そこ。白テーブルクロスの常識をすべてに適用しようとしている。でも、こう思う。
時と場合・場所と気分。そして、前回紹介したようなグラスの種類や機能によってグラスの扱い方を変えればいい。難しいことではない。場の空気と気分にあっていることなんだから自然にできてしまうはず。では、こんなときはどうするか、紹介していこう。
持ち方:やっぱりグラスの脚をもつべき?
フォーマルやセミフォーマルな場、星付きのフレンチレストラン、それなりにエレガントなワイングラスという条件が揃えば、脚(ステム)を持ったほうがいい。また、テイスティングの時なども脚を持つといい。ガシっと握るのではなく軽く、親指には多少力を入れて支点にして、少しグラスが指の中で遊ぶぐらいがスマートに見える。なぜボウルではなく脚をもったほうがいいのか。いくつか理由がある。
・ボウルの部分に指紋がつくと美しくない。
・せっかくのワインが見えない。
・手から体温が伝わり、せっかくよいコンディションでサービスされているのに無駄になる。
・薄いグラスは割れやすい。
などなど。エレガントに見えるという以外にも機能的なこともある。
では、全部逆にふって考えてみよう。エレガントに見えなくてもいい。ボウルを持った方がむしろ安定感があっていい。温度が伝わるほどの薄さじゃないし、そもそもそこまでこだわるほどのワインでもない。
例えば場面は、火が目の前にあって、箸やトングが頻繁にテーブルの上で動く、焼肉とかホルモン店。人との距離が短いバルや気軽なカフェのカウンター、ホッとした場面の家飲みに、テラスバーベキュー。価格帯もそれほど高いワインではないし、むしろ気分優先の場。そういう場だと脚をもっていると不安定で、ちょっとだれかと触れただけでも中身がこぼれるというリスクがある。
前のコラムで気分を落ち着けたい時、緊張感を緩和したい時、楽しくなってグラスを倒しそうなときは、脚なしのグラスがいいと書いたけれど、もちろん脚がないんだからボウルを持つしかない。
以前シカゴのステーキハウスで、男女6人、50歳ぐらいかなというグループが、分厚いステーキを豪快に食べながらハウスワインをごくごく飲んでいるという場面に出くわしたのだけれど、これが、なんというかかっこいいし、幸せそうだった。カントリー調の店内、グラスのボウルをもってトークに花を咲かせる。ここで、いやいや脚を持ちなさいよ、なんて野暮もいいところだろう。
回し方:反時計回りがルール?
これがワインに慣れていない方が困ってしまうものの一つ。グラスに入ったワインを回す行為は、スワリングというもので、ワインを回すことで空気をとりこみ、ワインを「開かせる」のが目的。瓶の中で眠っていた時間からそのワインが持つ本来の風味にするものだ。
その際、右利きなら反時計回りに回すとワインがこぼれたときに相手にかからず自分にかかるので、それがマナー…とはよく言われるのだけれど、そもそもこぼれるほど豪快に回す人っているのだろうか、というのが実践派の疑問。
車のアクセルとブレーキの関係でブレーキの方が踏みやすく、アクセルは多少踏みにくくして安全性を高めるという考え方ならちょっとわかる。右利きが反時計回りに回すと勢いよくは回せないので多少こぼれるリスクは減りそうということだろうか。でも、ぎこちなくてかえってこぼしてしまうんじゃないか。プロじゃないんだから。
そもそもこれもエレガントな場でのテーブルマナーなのだけれど、そういう場であればあるほど、テイスティングの段階で、開いてなければ、ソムリエにデキャンタ―ジュを頼んでいいころ合いの時に持ってきてもらえるだろう。無理に自分でぐりぐり回す必要がないから、多少手元で回す程度なら時計回りのほうが自然な所作でかっこうよくも見える。
ということで、よほど同席している人がこういうマナーにうるさい人でもない限り、気にするようなことでもないんじゃないだろうか。方向はともかく、勢いよくぐりぐり回さない。これだけ抑えておけばいいだろう。
乾杯の仕方:グラスはあてない? 音はたてない?
さて、これもどうも勘違いされているルール、マナーじゃないかと思う。よく言われるマナーでは、グラスは当てず、音もさせないのが基本。目のあたりまでワイングラスをあげて、ニコッと。
確かに星付きの立派なフレンチレストランでは基本、乾杯の音は響いていない。だから、こういうことが言われるようになったのかもしれないが、話はそもそも逆で、立派なレストランだとフルコース仕立てでカトラリー類もずらりと並び、センターには花やキャンドルが飾られるなどもあり、とにかくテーブルが広い。乾杯といっても隣の人同士ならできるが向かい側の人たちとは着席のままでは無理。立ち上がってしまうのはそれこそ伝統的なマナーからすればかっこいいものではないので、こうしたことからグラスは当てないというように思われてきたのではないだろうか。
もちろん物理的なことでいえば、こうしたレストランで用意されているグラスは繊細なものが多く、勢いよくぶつけることで傷ついたり割れたりしてしまうこともある。これは着席の場合だけではなく、パーティなどでも同様なので、乾杯をする際はグラスの強度についてはケアが必要だろう。
では、普段はどうなんだろうか? 脚を持つか、ボウルのところでもいいのか? と同様。どうぞ、カーンといい音をさせて乾杯していただいて結構。だって祝祭のとき、そのスタートに響くグラスの音は幸せな時間の開始を告げる素敵な合図じゃないか。その上でこれだけは注意。
・前述のように繊細なグラスは避ける。
・ブルゴーニュ型などボウルが幅広いグラスはボウルの真ん中同士が当たってしまいがちだが、もう少し下を合わせる(強度とバランスの問題)。
・口の部分は欠けやすいので下に傾けてあてないほうがいい。また傾けるとこぼれやすいので注意。口はやや自分に向けておく。これはビールなども一緒だから慣れてるでしょう。
・当たり前だけれど……力強くやらない。軽くふれるぐらいで。また、そのほうが音もいい。
よく外国人は乾杯の音をさせない、など、何かの元ネタのカーボンコピーのように書いてあるWebメディアのテキストを見るが、本当だろうか? 仕事柄、世界中のワインメーカーや関係者とパーティや食事を共にすることも多いが、乾杯でグラスを合わせることも多い。しちゃいけないというルールはない。
基本、割らない、こぼさないという当たり前のことさえ守れば、楽しんでグラスを合わせてもらっていい。もちろんパーティやそのテーブルのホストが、乾杯の際に合わせなければ、それがその場のルールでありマナーになるので、それを基準にしてもいい。
常識やマナーはアップデートするべきところはするべきだし、そもそもどうしてそういう常識、マナー、ルールになったのかを理解すれば、自分たちなりのルールやマナーもつくりやすい。人を不快にしないために、というマナーの押しつけによって、ワインが楽しくないものになるのは嫌だが、もちろん、押しつけに思えるものにもちゃんと真実があったりもする。
星付きレストランでは星付きレストランの、バーベキューではバーベキューの、ビストロやパーティでもその場にあったワイングラスの使い方をしてもらえれば大丈夫。ワイングラスだからといって構える必要はない。楽しんで!
写真提供元:PIXTA
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