イタリア現地では「イタリア料理」とはあまり言わない。国土が南北に細長く、気候や産物、食文化が異なるため、各地でそれぞれの郷土料理が育まれてきたからだ。南イタリアだけにエリアを絞っても、その郷土料理は実にバラエティに富んでいる。
今回は南イタリアの、地中海に浮かぶ島のなかで最大の面積を持つ島・シチリアの料理をご紹介しよう。
文化と民族が交差する、地中海の島に生まれた固有の食文化
シチリア島は地中海のちょうど真ん中に位置するため、ギリシャ人やローマ人、スペイン人、アラブ人など多くの民族が行き交い、多様な文化・宗教の影響を受けた島だ。そういった歴史的背景が「南イタリア」とひとつにくくれない個性的な食文化を形成してきた。また魚介や野菜が豊富に採れる一方、パンと肉は高価で庶民にはあまり行き渡らず、貴族と庶民の格差が食生活に強く現れてきた土地でもある。
『ROZZO SICILIA(ロッツォシチリア)』は2011年にオープンしたシチリア料理専門店だ。白金高輪の落ち着いた商店街に、「本店」と「離れ」の2店を構える。
「大学生のとき、とあるシェフの作る本格的なイタリア料理に衝撃を受けました」と話すのは、マネージャーの阿部努さん(写真上・左)。「とにかくうまい。脊髄にビビッとくるほど、直感でおいしいと感じました。普通の企業で働く人生を思い描いていましたが、その日から、どうすれば自分もイタリア料理で人を喜ばせることができるか、そればかり考えるようになりました」。
生活費を節約しお金を貯めるため、社員寮のある食品会社に入社。その後、飲食店の現場を学ぶため、神宮前にあったシチリア料理店『ラ・ベンズィーナ(現在は閉店)』に入店した。そこで出逢ったのが同い年の駆け出し料理人、中村嘉倫さん(同右)だ。
『ラ・ベンズィーナ』のシェフ・石川勉氏(現在は『トラットリア・シチリアーナ ドン・チッチョ』のオーナーシェフ)の作るシチリア料理に魅せられた二人は、やがて一緒に店をやるという共通の目標を持つようになる。
中村さんは「シチリアに渡るチャンスに恵まれたのは、ちょうど30歳のときでした。現地のレストランで3年間修業するあいだ、いつか開店する自分たちのお店のコンセプトをノート3冊分も書きためていました。帰国後、そのノートをもとに計画を実行。37歳のとき、ようやくオープンに漕ぎ着けました」と振り返る。
料理
イタリア南部・シチリア料理
特徴
シチリアは歴史的に貴族と庶民の貧富の差が大きく、肉は貴族の贅沢品。パンは高価なうえに日持ちしないため、パンを加工したパン粉が広まった。一方、イワシやカジキマグロをはじめとする魚、ナスやトマトなどの野菜・果物は安く豊富で、幅広く使われてきた。シチリア島西部・トラパニ村の塩はミネラル分が豊富なことで大変有名で、シチリア料理の味付けは塩をベースとしたシンプルなもの。日本人にも親しみのもてる食文化といえる。
「調味料や食材は、シチリアのものが手に入ればなるべくシチリアのものを使います。野菜などは国産で、良いもの、旬のもの、そして新鮮なものを選ぶようにしています。シチリア料理は味付けがシンプルなので、素材の味がそのまま出てしまう。そのため、良い素材を選ぶ必要があるのです」と中村さん。
では、『ロッツォシチリア』のシチリア料理とはどんなものなのか? 一品ずつ見ていこう。
鮮魚、トマト、ナスが定番! シチリアの恵みを詰め込んだ料理たち
▲その日の鮮魚と果物のクルディタ
「クルディタ」とは、生という意味。塩で半日マリネし水分を抜いた生魚に、季節のフルーツを合わせた実に爽やかな一皿だ。
この日の鮮魚は、鹿児島産のスジアラ。仕入れの状況によるが、ハタや真鯛、クエなど、2~3kgの大型魚を使う。果物は、初夏が旬の小夏をセレクト。うまみが凝縮されたスジアラに、スッキリとした小夏の酸味が心地よい。薄くスライスしたズッキーニが食感を加え、絶妙なバランスに仕上がっている。
2011年のオープン当初はまだ料理にフルーツを使うことが珍しく、巨峰の紫色に染まったカルパッチョ状の魚は客に驚きを持って受け入れられたという。ヨーロッパでは野菜と果物の線引きが日本ほどはっきりしておらず、果物は日本より甘さが控えめのものが多いため、前菜によく使われる。
▲まるごと水牛のモッツァレラとどっさりプチトマト
カプレーゼの元祖はシチリアではないが、今やシチリアを強くイメージさせるトマトを使った一品。イタリアから空輸されるフレッシュな水牛モッツァレラに、6、7種類ものミニトマトが大量にのった豪快な前菜だ。トマトは高知県の岡崎農園のもの。事前に塩を振り、出た水分をゆるめのゼラチンで固め全体にまとわせることで、トマトの力強さを存分に感じることができる。
モッツァレラの滑らかでプリプリした食感に加え、甘みや酸味のバランスが異なるトマトが加わり、リズミカルな味わいを生んでいる。
▲シチリア永世定番 “茄子のカポナータ”
決して華美な料理ではないが、口にした瞬間、野菜のうまさに思わず唸る「カポナータ」。シチリアで豊富に取れるナスを使った定番料理だ。セロリ、玉ねぎ、オリーブ、ビネガー、トマトソースで作ったベースに、素揚げしたナスを絡める。ビネガーと野菜の甘みのバランスが絶妙で、完璧に調和しているのは見事のひとこと。
▲ノルマ風 茄子とリコッタのタリオリーニ トマトソース
シチリアではトマトソースをさまざまな料理に活用するが、フレッシュなトマトを使うパスタは、旬の夏しか食べられない。ちなみにトマトソースは砂糖を使い甘めに作るのがシチリア風だ。
『ロッツォシチリア』では主に乾麺を使うが、このタリオリーニは手打ち。パスタの材料であるセモリナ粉はデュラム小麦を粗挽きしたもので、イタリア南部~中部で多く使われる。
トマトソースにナスを絡め、上にはリコッタ・サラータ(塩漬けにしたリコッタチーズ)がふんだんに振られる。このリコッタ・サラータが重要で、トマトの風味を格段に引き上げてくれる名脇役。甘酸っぱいトマトが歯切れのよい麺にからみ、絶妙なおいしさ。
ワインや酒類の品揃えは豊富で、バーカウンターにずらりと瓶が並ぶ。特に自家製リモンチェッロのおいしさは格別。これを楽しみに来店する常連客もいるそうだ。
まるで現地にいるかのよう!陽気で賑やかなシチリア的食堂
店内はグループ連れに嬉しいテーブル席、ワインバー風に気軽に使えるカウンター席、そして離れ(写真上)は30名程度の貸切も可能だ。にこやかでトークも弾む阿部さんと、明るいスタッフたちが食堂的な雰囲気を醸し出し、実に居心地が良い。
「気軽に使えるアラカルトメニューで、クオリティの高い料理を出す」ということを実践するため開店した『ロッツォシチリア』は、開店後8年経っても頑なにそのコンセプトを守り続けている。
「外食の選択肢が数多くある東京でも、現地のトラットリアのように、この料理を食べにあの店に行こう、と思ってもらいたい。だからメニューはあまり変えず、定番の品はいつもメニューにあるようにしています」と中村さんは説明する。
同じビジョンを持った若者二人が、それぞれの経験を積み技術を研鑽し、一緒に夢を叶える。その二人の信頼関係が店の雰囲気を明るくし、迷いのない信念が最高の一皿に投影される。シチリアに魅せられた二人が、ブレないシチリア愛を語り尽くす。その愛が伝わるからこそ、今日も店内は多くの客で賑わっているのだ。
▲中村嘉倫シェフ(写真左) プロフィール
東京出身。幼い頃から料理が好きで、職業の選択肢に常に料理人があった。大学卒業後に料理人を目指すことを決め、神宮前のシチリア料理店『ラ・ベンズィーナ(現在は閉店)』に入店。同い年の阿部努マネージャー(写真右)と出逢う。30歳で渡伊し、シチリアのレストランにて3年間修業。2011年、阿部氏とともに『ロッツォシチリア』をオープン。
【メニュー】
パレルモ名物 ひよこ豆のフリット“パネッレ” 600円
シチリア永世定番“茄子のカポナータ” 900円
その日の鮮魚と果物のクルディタ 2,000円
まるごと水牛のモッツァレラとどっさりプチトマト 2,400円
カジキマグロのパン粉詰め焼“インヴォルティーニ” 2,100円
シチリア名物 イワシとウイキョウのスパゲッティ 1,500円
ノルマ風 茄子とリコッタのタリオリーニ、トマトソース 1,500円
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税別です
ROZZO SICILIA(ロッツォシチリア)
- 電話番号
- 03-5447-1955
- 定休日
- 毎週月・日曜日 祝日
※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。