目黒『メグロアンジュール』はパリに流れる空気そのまま!自然派ワインとビストロ料理をゆるりと楽しむ穴場

【連載】幸食のすゝめ #105 食べることは大好きだが、美食家とは呼ばれたくない。僕らは街に食に幸せの居場所を探す。身体の一つひとつは、あの時のひと皿、忘れられない友と交わした、大切な一杯でできている。そんな幸食をお薦めしたい。

2020年09月26日
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目黒『メグロアンジュール』はパリに流れる空気そのまま!自然派ワインとビストロ料理をゆるりと楽しむ穴場
Summary
1.パリの空気をそのまま味わう、目黒の隠れ家ビストロ『メグロ アンジュール』
2.自然派ワインに魅せられたソムリエと日本全国の生産者を訪ね歩いた旅する料理人のタッグ
3.料理もワインも、最良のものをさりげなく出す。2人の理想を具現化したレストラン

幸食のすゝめ#105、素顔のパリには幸いが住む、目黒

まだウイルスが街を席巻する少し前、パリ仕込みの肉のマエストロ、目黒『セラフェ』のタケシシェフのタルタルとカルパッチョを堪能した後、目黒新橋から大鳥神社を越えて、目黒通りを少しずつ上っていた。

疲れたらタクシーを拾えばいい、腹ごなしにしばらく通りを歩こう。そろそろ「元競馬場前」のバス停に差し掛かるあたりで、フランス語の歌声が聞こえて来た。

「コム・ダビチュード♫」というサビを大声で繰り返している。確かにフランス語だけど、メロディーには聞き覚えがある。あれは、フランク・シナトラの「マイ・ウェイ」だ。

そう言えばあの曲、元はフランスの人気歌手クロード・フランソワとジャック・ルヴォーの曲に、ポール・アンカが新しい詞を付け、シナトラが大ヒットさせたんだ。

そんなことを考えていると、いちばん声を張り上げていた若い女性が手招きしている。お隣のレストラン『kabi』のスタッフ、ゾエだ。暗闇に目が慣れてくると、近くで踊っているのは渋谷『ソンデコネ』のソムリエ、マルコだ。

他にも何人かのフランス人がいて、その真ん中を泳ぐように『メグロ アンジュール』の店主リョウさんがワインを注いでいる。そこは、そのままパリだった。

自然派ワインとの出逢い

フランス語が飛び交う店内で、何の違和感もなく周りの空間と1つになっていた人物こそ、店主の宮内亮太郎さん(写真上)。パリで最も早く、自然派ワインをポピュラーにした店の筆頭格『ル・ヴェール・ヴォレ』が初めて迎えた東洋人だ。

東京の下町で生まれ育ったリョウさんは、高校を出た後、専門学校で料理を学ぶ。栄養士だった母の影響があったのかもしれない。それ以前に、いつも料理に気を遣ってくれる母のおかげで飲食に興味を持ったのかもしれない。もう1つ、いつの頃からか惹かれているものがあった、パリだ。

卒業後、「ホテルニューオータニ」のレストラン、『トレーダー・ヴィックス東京』へ就職。5年の歳月の中で、サービスの基礎やシガー、クラシックなワイン等を学んだ。やがて、知り合いがパリで定食屋を開くというので渡仏。最初からカルトセジュール(滞在許可証)を所得して、“パリの日本人”になった。

いつもお金はなかったけど、その内に6ユーロ(約750円)くらいの小銭を持って近所にワインを飲みに行くようになる。そんな中、ドレッドヘアのファンキーな店主がやっている店で、次から次へと不思議なワインに出逢った。

力強くて、ミネラルを感じるのに、身体にスッと沁み渡るような感覚、畑のブドウがそのまま瓶詰めされたようなフレッシュなあと口…。

ヴァンナチュール 、自然派ワインとの出逢いだった。

憧れのビストロ初の日本人に

それからは、当時パリの右岸と左岸にポツポツと出来始めていた自然派ワインを置く店を回るようになった。その多くはワインを売る酒屋も兼ねていて、ビストロというより食堂のような雰囲気だった。その中でも、いちばん好きだったのが、10区サン・マルタン運河のほとりにある『ル・ヴェール・ヴォレ』だった。

ここにあるようなワインをもっと知りたい、ちゃんとお客さんに伝えられるようになりたい。そんな想いでいっぱいの頃、知り合いの日本人に『ル・ヴェール・ヴォレ』を紹介され、バイトとして入ることになる。

▲『ル・ヴェール・ヴォレ』のオーナー、シリル・ボウダリエ(左)とリョウさん(右)

バイトと言っても、無給のチップ制。まだフランス語が不自由な中、ホールからキッチン、受付、テイクアウト。ちゃんと予約が取れないのに、電話番もやらされた。

3ヶ月の激務の後、収穫に行くと約束していた「ジャン・イブ・ペロン」のブドウ畑へ。その次に、「ドメーヌ・アニエス・エ・ルネ・モス」の畑を手伝う。

▲「ジャン・イブ・ペロン」のワイン

パリでの日々が嘘のように、毎日が楽しかった。きつい傾斜の畑で剪定(せんてい)していると、とにかくおなかが減って、バゲットを食べまくった。造り手たちの情熱と、強い意思、ワインにかける想いに打たれながら、ずっとルネ・モスの畑にいたいと思った。

そんな時、パリから電話がかかる。
『ル・ヴェール・ヴォレ』のオーナー、シリル・ボウダリエからだった。

「『いつパリに戻ってくる?』、『まだ、まだ』、『戻って来いよ』、そんな会話を繰り返したと思います。何度も電話がかかってきて、その内『社員にしたから戻って来い』と言われた。忙しくて、人手が足りなかったみたいです」

パリに戻ったリョウさんは、自然派ワインのビストロで正式に働き始める。

パリと時差がない料理とワインを

約4年間働いた頃、「そろそろ自分の店を」と、シリルに帰国の意を伝えたところ、ごく自然に東京店の話が浮上する。こうして、今まで築いてきた関係をそのまま生かし、パリとの時差を感じさせない『ル・ヴェール・ヴォレ・ア・東京』が2012年11月、目黒にオープンする。

設計は本店を知っているデザイナーに頼み、紫と赤という象徴的な色を中心にして、フランスの日常や空気感をそのまま東京に運んだ。今では何軒かの店でも見かけるようになった、メニュー代わりに壁一面に値段を書いたワインを並べるスタイルも、ここから始まった。

▲料理酒にビネガー、並べられたボトルにパリ仕込みのエスプリが匂う

フランスを中心に選ばれた自然派ワインは、もちろん本国との時間差はない。付かず離れずの微妙なサービスも、パリ仕込みそのまま。当初は「ブーダンノワール(豚の血や内臓を使ったフランス伝統のソーセージ)」など、本店の料理を再現したものも置いたが、ワイン同様、その土地のものを大切に活かしたいという想いから、旬の国産食材を使ったメニューが増えていく。

月日が流れ、開店の頃に比べて自然派ワイン人口も増え、東京だけでなく全国から目黒通りを上ってくる人たちも多くなった。その間、シェフも何人か変わり、店の料理も変容していった。

そろそろ自分の可能性を確かめるため、更なる飛躍を求めて、心機一転、『meguro unjour(メグロ アンジュール) 』に改名。姉妹店ではなく完全な個人店となった。「アンジュール」とは、ある1日。平凡な日常にワインという祝祭を注ぐことで、目黒から東京の夜を変えていこうと思った。

大袈裟な宣伝もせず、御大層(ごたいそう)なマニフェストも作らなかった。あくまでもパリっぽく、気取らず、いい意味でルーズに、リラックスしてリョウさんの第二章がスタートする。

そして、お披露目も兼ねて、何人かのシェフたちを呼んだポップアップの中で、リョウさんが考える『アンジュール』に最もふさわしいシェフと出会う。旅する料理人、ノブさんこと並木康伸さんだ。

“移動遊園地”は目黒通りへ

レストランやワインに興味がある方なら、SNSなどで『kermistokyo(ケルミストウキョウ)』という名前を見たことがあるかもしれない。旅で出逢う食材、料理、人、それらを取り巻く文化や風土からインスピレーションを得て、その土地でポップアップする、それがノブさんだ。

観光のために旅している訳ではない、その土地に根付いて素晴らしい食材を届けてくれる生産者たちに実際に会いに行くためだ。ノブさんは、旅の中でたくさんの信頼できる人たちと食材に出逢う。

秋田県の田口さんの『T-FARM』の野菜、長崎県五島列島の『林鮮魚店』のクエ、長野県『八千穂漁業』の信州サーモン、北海道の放牧えりも短角牛、滋賀県の木下牛、福岡県の鹿ハンター・shikayaさん、熊本県『玉名牧場』のチーズ…。

「生産者ありき、顔が見えない生産者の食材は使いたくない。だから、2年半くらいかけて、コックをやりながら全国を色々まわって、行った先のお店でポップアップをやってきたんです。その旅で出会った人が、僕の全部なんです」

そんな食材の持つ味を最大限に活かしたノブさんの料理は、それぞれの土地のテロワールを大切にしながらワイン造りを続ける自然派ワインの造り手たちのワインと素晴らしいハーモニーを生み出す。

「kermis」とは、オランダ語で移動遊園地、旅する料理人にぴったりのネーミングだ。
彼の料理に惚れ込んだリョウさんは、何度も熱いコールを重ねた。その結果、移動遊園地はしばらくの間、目黒通りに“常設”されることになった。

▲五島列島の真鯛のセビーチェ、アメリカンチェリーとコリアンダーの花

▲鹿のパテ、紫キャベツと文旦(ブンタン)ジャム

▲北海道放牧えりも短角牛のレバーカツレツ、黒ニンニクとレフォール

▲紫蘇ジェノベーゼの冷製五島うどん

でも、まだ旅は終わらない。

ウイルスの季節が終わったら、今度はリョウさんという道連れを伴い、アムステルダム、ブリュッセル、パリへと旅の計画が始まっている。ノブさんの料理と、リョウさんが注ぐワイン。次は世界へと、どこまでも広がって行く2人のケミストリーに興味が尽きない。

春の終わり、武蔵小山の『Eme』で瞳を輝かせながら語っていたリョウさんが忘れられない。

「ずっとやってきて、今度やっと自分が考えてた理想の形になるんです。料理も、ワインも最良のものをさりげなく出す。そして、何でもうまい。パリ、そのまんまができると思う」

今、リョウさんとノブさん、最高のペアリングが生み出すパリと時差がない『アンジュール』の夜は、多くの客たちで賑わっている。

素顔のパリには、幸いが住んでいる。

【メニュー】
(ドリンク)
・グラスワイン 900円〜
・ボトルワイン 5,000円代〜

(ある日の料理から)
・鹿のパテ、紫キャベツと文旦ジャム 1,400円
・鹿のロースト(2PP) 4.800円
・海老しんじょうとレンコン、ソースタルタル(2PP) 2,400円
・愛媛県穴子となすのテリーヌ(2PP) 2,800円
・熊本バターナッツかぼちゃの冷製ポタージュ 700円
・ビーツと桃のサラダ、玉名牧場のモッツァレラ 1,800円
・紫蘇ジェノベーゼの冷製五島うどん 2,000円
・石川県イワシのマリネ、菊芋の味噌漬けとほおずき 1,800円
・五島列島の真鯛のセビーチェ、アメリカンチェリーとコリアンダーの花 2,000円
・北海道放牧えりも短角牛のレバーカツレツ、黒ニンニクとレフォール 3,200円
・玉名牧場ルミエールチーズ2種、青トマトのコンフイチュール 1,400円
・愛媛県水イカのイカ墨リゾット、ライム(2PP) 3,000円
※本記事に掲載された情報は、取材時時点のものです。また、価格はすべて税別です

メグロ アンジュール

住所
東京都目黒区目黒4-10-7
電話番号
050-5485-0556
(お問合わせの際はぐるなびを見たというとスムーズです。)
営業時間
月・木~日・祝前日・祝日
18:00~24:00
ワインショップは15時~OPEN
定休日
火曜日・水曜日
不定休あり
ぐるなび
https://r.gnavi.co.jp/58eu6b540000/

※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。