寒い季節の「ふぐ」と「鍋奉行」について~てっちりに五月蠅い男~

【連載】正しい店とのつきあい方。  店や街とのつきあい方がわからない人が増えている。初めてなのに常連と同じように扱われないと怒る人や金さえ払えば何でもしてくれると思う人。お客様は神様、などではない。客としてのあり方を街と店に深い考察を持つ江弘毅氏が語る。

2015年10月19日
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寒い季節の「ふぐ」と「鍋奉行」について~てっちりに五月蠅い男~
Summary
・鍋奉行とはなにか?
・鍋には「やり方」がある
・家で食べるふぐ

ふぐ消費量の60%は大阪

いきなりだが、わたしはてっちり(=ふぐ鍋)に五月蠅い。というのも、実家がある岸和田の同じ町内に大正2年(1913)創業のふぐ料理店「喜多八」があるからだ。この家には2つ上に先輩がいて、子どもの頃から懇意にさせてもらっている。
新書『「うまいもん屋」からの大阪論』を上梓したとき、ご主人の北浜喜一さん(1928年生まれ)に丁寧なお手紙をいただいたことがあって、そこには「ふぐ料理は下関からではなく、福原(神戸)からです。伊藤博文が兵庫縣令当時から天下御免であったことを堺縣令岡部長職公が語っていたことを岡部観堂公が話されて居りました」と書かれていた。
岡部長職(ながもと)公とは岸和田藩260余年最後の藩主。
多分、北浜さんの「堺縣令岡部長職公」は「岸和田藩知事」の記憶違いだと思うが、明治維新後に東京府知事、第2次桂太郎内閣の司法大臣を歴任した。
岡部観堂公とは、文部大臣、東京国立近代美術館初代館長を務めた岡部長景で、長職の嗣子である。
何ともエラい逸話だ。

という話はさておき、大阪はふぐの全国消費量の60%を占めている。また、しゃぶしゃぶの発祥についても、京都、大阪諸説あるが、大阪・北新地の「スエヒロ」という説が有力だ。そして商標登録されている「うどんすき」の船場「美々卯」。そんな鍋環境で育ってきたから、鍋料理の何たるかはわかっている。

そう思って50代に突入し、岸和田だんじり祭礼の曳行責任者や年番総務を歴任したとき、それこそ毎週、寄合や宴会だらけで、梅雨頃から秋にかけてはハモ鍋、寒い時期はてっちり。それ以外は、すき焼き、しゃぶしゃぶ、ちゃんこや寄せ鍋という、まことに激しい鍋の日常を送る、ちょっとうれしい羽目になった。

幼馴染みの同級生で昨年第212代目年番長を務めた男ほかと、だいたい一緒に鍋を囲むことになる。
「まだや。お前はイラチでガサツやから、さわるな。鍋をワヤにしよる」
ふぐの煮え具合を見ようなどと箸をつけると、にわかにそう叱責が飛ぶのだ。
会社や友人たちの「鍋の場所」ではいつも「鍋奉行」として活躍するわたしであるが、この祭礼関係者たちと鍋を囲むと、いつもその男にそう言われる。まわりは「また言われてる」とばかりどっと笑う。
わたしは「ほな鍋奉行、頼んどくで。オレらはこれから町(待ち)娘や。楽でええわ」と言ってもう一度笑わせる。
鍋奉行は鍋に入れる食材の順序やタイミングや量、煮え具合や火加減を点検し、「よっしゃ、もういけるで」と案内し、時には先にメンバーに身や白子をすくってお椀に取ってやったりする。

鍋はこうでないといけない。つまりフランクな間柄で鍋を囲み、誰か、すなわちその日の鍋において、一番深く知る経験者がリーダーになる。ここに自分たちが調理して食べる鍋と、ほかの食べものとの違いがある。

「鍋」観の相違

一度、若い秀才の女性編集者ほかとてっちりを食べに行ったことがある。いきなりふぐの切り身と、豆腐や椎茸や白菜をどばどばと一緒に入れた。
その時、「まあ経験上、オレが鍋奉行せなあかん」と思っていたので「ちょっと豆腐や野菜は待ってくれ」と注意したら、逆ギレ気味に「鍋は野菜がおいしいのよ」と言われた。
絶望的な気分になったわたしは、仲のいい男ばかりだったら「これ、ちゃんこ鍋ちゃうで」と言うてたところなのに、なぜか「シュン」と悲しくなってしまった。

鍋は「食べる」ではなく、「鍋をする」なのだ。とくにふぐやハモ、しゃぶしゃぶといったある種の鍋には、それを「する際」のコード、つまり「やり方」があるのだ。
そのやり方はあまりグルメの本にはあまり書いてなくて、また地域やその人の「鍋の育ち」や、わたしのような「イラチな」性格のメンバーその他いろいろがあって、一般的な正解はない。その日その時の鍋の諸先輩方、先人に教わるあるいは学習し、積み重ねるしかないのだ。

祭礼のいろんな役員になり、他所の町のおなじ役員の漁師の網元や水産業者と親しく鍋を囲むようになって、初めて「あ、そういうことか」と思ったことがある。
ふぐやハモを「鍋にして」食べる場合、湯ダシをぐらぐらと沸騰させないほうが旨いということだ。沸騰させてしまうとダシがてきめんに濁るのだ。「沸く直前の状態」を保つとアクがダシに溶け込まなくて、エグ味が立たないのだ。

わたしは女性とは、家族や親しい友人や夫婦ともども鍋をする以外は、つまり「おねーちゃん」とは鍋を食べに行かない。それなら居酒屋や割烹にする(鮨はもったいない)。ふぐやハモに敬意を払わない類の人とは行きたくないのだ。
またしゃぶしゃぶやカニすきにおいての激しい高級素材の争奪戦あるいは駆け引きみたいなのも、気を遣ってしまってうっとうしいから、ある種の美食な類の人とも鍋をしない。

逆にちょっと苦手だった先輩や、仕事もろくすっぽできないダメな後輩と鍋を囲むことになって、そのあたりのことをしっかり弁えているのがわかり、「エエやつやなあ」と見直すこともある。

わたしはなによりもてっちりが大好きだが、このところ「外で鍋を食べ」なくなった。
それは家で食べる方が断然、おいしくて安いからであり。「来週ぐらい、てっちり、しょうか」と呼びかけると、毎年毎回のように鍋を囲んでたのしいメンバーが集まるからだ。
 
大阪の黒門市場には、普段は料理屋関係者が御用達の鮮魚店に、こういう人種が客が買いに来るふぐ専門店が何軒もある。
わたしの場合は岸和田の友人が長く働いている「みな美」に、毎年3〜4回は世話になっている。だいたい2〜3日前に「6人前ぐらい」と注文し、「何日の何時に取りに行く」とさえ言っておけば、食べて一番おいしい時間を計算して、早朝からふぐをつぶしてくれて、てっさ(=ふぐ刺し)も引いてくれている。
特製のぽん酢もついているから、あとは豆腐や野菜など、そして酒やビールをみんなで手分けして買ってきて、食材だけ切れば万事オッケー。2月になれば白子もデカくなるし、ラッキーな場合は鍋に入れても焼き白子もオッケーなくらい存分に食べられる(これが目的かも)。
大阪は、ふぐ王国なり。

予算 基本的に時価(今年は高いそう)だが、てっさも付いて1人前8千円見当

※江弘毅さんのスペシャルな記事『いい店にめぐり逢うために知っておきたいこと』はこちら

みな美

住所
〒542-0073 大阪市中央区日本橋2-3-20
電話番号
06-6643-0373
営業時間
9:00~17:00
定休日
日・祝休(10~3月は、正月4日間以外無休)

上記は取材時点での情報です。現在は異なる場合があります。