神戸、創業50年の老舗洋食店のドミグラスソースの歴史を知る

【連載】正しい店とのつきあい方。  店や街とのつきあい方がわからない人が増えている。初めてなのに常連と同じように扱われないと怒る人や金さえ払えば何でもしてくれると思う人。お客様は神様、などではない。客としてのあり方を街と店に深い考察を持つ江弘毅氏が語る。

2015年12月10日
カテゴリ
コラム
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神戸、創業50年の老舗洋食店のドミグラスソースの歴史を知る
Summary
・港町の洋食の他の街との違い
・豪華客船の厨房が最高ランクだった時代
・昭和のはじめから継ぎ足されたソース

懐かしいごちそうとしての洋食

「うどんとお好み焼きと鮨(たまに洋食も)は近所のがいちばんうまい」
そういうことをグルメ誌の特集や新書などでよく書いているが、今この連載を見直してみると、うどんもお好み焼きも鮨も書いている。

ということで、洋食の出番だ。
「たまに洋食も」と書いたのは訳がある。
わたしはだんじり祭で有名な大阪府南部の城下町、岸和田で生まれ育った。
生家は商店街にある。そこは呉服屋や洋服屋や生地屋、ボタン屋といった繊維関係の店や家具屋、瀬戸物屋、金物荒物屋といった衣食住の「衣住」を扱う商店が並ぶ商店街だった。 

~鮨屋について その2~」でも少し触れたが、その旧い商店街の一筋違いの裏通りには、大工や左官、ブリキ屋といった職人が多く住んでいた。
近所にはそれらの職人たちが使う道具を扱う金物屋や鋸の目立て屋、というプロ仕様の店もあったし、着物や羽織に紋を入れる「紋入れ屋」、毎日店を開けると表の道にせり出して仕事をしている畳屋もあった。

そういう180世帯ぐらいの小さな町内会で、職人たちはわが町内のメインストリートである「昭和大通り」の店でメシを食べたり酒を飲んだりしていた。

町内会には鮨屋が三軒、うどん屋やうどんを出す食堂が三軒、お好み焼き屋が三軒、そしてとんかつ定食やカレーライスなどを出す定食中心の食堂を含めた洋食屋が二軒あった。

その一軒の洋食屋はカウンター型の店で、コック帽にコックコートを着たコックが2人でやっていて、「食堂」で出すとんかつの数ランク上のポークカツ、ビフカツやエビフライといったごちそうの類の洋食を出す店だった。

この店は同じ町内にあった鮨屋、うどん屋、お好み焼き屋に比べて特別感があった。すなわち、他所の街からわざわざ食べに来る客の率が高かった。
ちなみにこの洋食屋はわたしが京阪神の街雑誌「Meets Regional」を始めた頃(25年前)まではまだ健在だったが、跡取りがいないということでいつの間にか閉店している。

うどんのダシの具合や、お好み焼きの焼き方やヒネのかしわやあぶらかすなどの一般的でない地元仕様の具、あるいはどんな人間が握るのかといった身体的、感覚的としか言いようのない鮨屋の「馴染み方」に比べると、洋食はドミグラスソースの味やカツレツの衣の具合といった料理そのものが、カラダに馴染む以前に味覚的なインパクトが強すぎる。

その岸和田の洋食屋で「なつかしいなあ」と思うのは、ドライカレーにとんかつが載ったトルコライスで、それ以外のメニューの味は忘れてしまっている。

外国航路の船員だちが守ったソースやブイヨンの話

大学を卒業して神戸に住むようになって30年以上になる。
神戸の洋食が馴染んできたのは、フレンチが友人の店以外行くのが億劫になってきたこと、イタリアンのボンゴレロッソやアリオエオリオよりも、ケチャップで味つけて粉チーズとタバスコをかけて食べるウインナーソーセージと玉ネギ、ピーマンの具のスパゲティの方が、結局食べる回数が多いということに気づいたのと同時ぐらいか。

神戸の洋食は他所の街のそれと違うところがある。
それは外国船などのレストランで働いていたコックが「陸に上がって」始めた店、もうひとつは1868年開港から数年していち早く居留地にオープンしたオリエンタルホテルの系譜をもつ洋食屋だ。

元町にある[グリルミヤコ]は行きつけの「近所の店」だが、前者だ。
1965年にこの店を開いた創業者の宮前敬治さんは、アメリカ航路を中心に世界を回った「船のコック」だった。
現在はフランスで修業経験のある2代目の昌尚さんが後を継いでいるが、まだ飛行機ではなく船が外国への移動手段だった時代には、豪華客船の厨房が活躍の場所であるコックたちが、料理人のなかでは最高ランクだった。

外国航路の船舶で働くコックたちの社会には、代々ソースやブイヨンをパスしていく伝統があった。
この店の鰻屋のタレように追い足し追い足ししているソースは、昭和の初めに創業者の先輩が乗り込んでいた「ぶらじる丸」をやめて陸に上がった際に厨房から持ってきたものも入っているという。
自分が乗り込んでいた「富島丸」からはドミグラスソースとカレーソースを持って上がった。
タイタニック号の大惨事以降、船員たちの互酬的ネットワークは強く、コックにしても同様で、「あの船のソースはうまいらしい」と聞けば、鍋を持って分けてもらいに行ったり、船同士のソースのやり取りも頻繁にあったそうだ。

逆にコック仲間が神戸港を出る際には、グリルミヤコのソースを持ち出し、自分の船のソースに混ぜる。
何とも開かれたユニークな食文化だ。

その「船舶由来」のドミグラスソースを使った料理、シチュー類は周りにマッシュポテトをあしらわれているが、これは船が揺れてソースがこぼれないようにするためのスタイル。

昌尚さんは「旧いフランス料理にあるソース・ドゥミグラスとは違う趣向のソース」と説明するが、準日本料理という見方も出来る洋食のなかでも、この店のドミグラスソースは洗練の極みだと思う。

<メニュー>
3種あるシチューはビーフ(1,950円)、タン(2,150円)、テール(2,500円)

※江弘毅さんのスペシャルな記事『いい店にめぐり逢うために知っておきたいこと』はこちら

グリルミヤコ

住所
〒650-0000 兵庫県神戸市中央区元町通5丁目3-5 ヴィラ元町
電話番号
078-362-0168
営業時間
11:30~14:30、17:30~20:00
定休日
定休日 月曜
ぐるなび
https://r.gnavi.co.jp/h4zka3ug0000/

上記は取材時点での情報です。現在は異なる場合があります。

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柳原尚之
江戸懐石近茶流嗣家(きんさりゅうしか)/「柳原料理教室」副主宰