イタリア愛に溢れた千駄ヶ谷のレストランバー、約20年の歴史

【連載】通わずにいられない逸品  トレンドに流されず、一つのお店を長く観察し、愛しつづける井川直子さんにはその店に通い続ける理由がある。店、人、そして何よりその店ならではの逸品。彼女が通い続けるそのメニューをクローズアップする。

2016年02月15日
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イタリア愛に溢れた千駄ヶ谷のレストランバー、約20年の歴史
Summary
1.日本のイタリアンブームに火をつけた「バスタパスタ」
2.神宮前「AZ」を経て千駄ヶ谷へ
3.コース料理でも1杯のワインでも自由に

ヒラノさんは、いろんな愛でできている。
家族愛、地元愛、ワイン愛、アンティーク愛、陶器愛。どれも全力疾走感のある愛しっぷりだが、中でもイタリア愛は、ちょっとたじろぐくらいの熱く濃い愛だ。
「ヴィネリア ヒラノ」平野博文さん(※博文の「博」は、上に`がないものです)。イタリアワインただ一本で看板を立ち上げ、前身の神宮前「AZ(アズ)」時代から数えればオーナー歴18年。イタリアワイン歴は30年になる。

1985年、イタリアンブーム前夜の「バスタパスタ」

福岡の男である。
料理人を目指して調理師専門学校に進み、在学中にはフランスやスイスを食べ歩いた。卒業後は愛する地元のロシア料理店に就職。ピロシキを1日400個、生地から作っていたという。
親の都合で上京したのは、21歳か22歳のとき。紹介された店がたまたまイタリア料理、たまたま原宿の「バスタパスタ」なる店で、たまたまサービスを命ぜられた。
1985年。東京でもまだ「イタリア帰り」が珍しかった時代、現地で修業した山田宏巳氏をシェフに据えたリストランテだ。
「『バスタパスタ』は当時、新しい世界でした。魚市場をイメージしたショーケースも、舞台のようなオープンキッチンも。厨房にはハマサキやクラタニやウエタケがいて、みんなまだ駆け出しだった」
現「リストランテ濱﨑」濱﨑龍一シェフ、「クラッティーニ」倉谷義成シェフ、「カノビアーノ」植竹隆政シェフ。その後、1990年代イタリアンブームの花形としてばく進することになる彼らの、前夜の時代である。
98坪、98席の大箱は常に満席。階段まで人が並んだというが、「だったら“待つ”ところから含めて、絶対に楽しんでもらう」。そのサービス精神が、彼の根っこになっている。

イタリア専門ワインバーの先駆け「AZ」

自身のイタリアワインバー「AZ」を開店したのは1998年。すでにイタリアもワインも大ブームに突入していたものの、私の記憶では「イタリアワイン専門」なんてほとんどなかったと思う。
「AZ」は今で言う裏原宿のさらに裏の端っこで、ドアを開けると深紅のビロードカーテン、それをたぐった先に真っ暗なカウンターという、おそろしく入りづらい店だった。
席に着いてもワインリストが出てこない。最初に訪れたとき、「何杯飲みますか」と訊かれてビビったことを憶えている。2杯か、3杯か、もっといくか、それによって順番と組み立てが違うのだと。
飲む前から飲む杯数を考えたことなどなかったけれど、逆に言えば組み立てを考えてくれるということで、「自分が何を飲みたいか」すらわからないイタリアワイン初心者にとっては、案外助かるシステムだったのかもしれない。

事実、平野さんは作戦を練るように次の一杯をひねり出す。で、すごく楽しそうに解説するのである。
「このワインはロンバルディアの、ポー川よりちょっと上で……ああ、イタリア人はポー川を基準に、上を北、下を南って分けたりするんですけどね。北の人はそこから南を別の国にしようとか。南の人が働かないからって言って(笑)。この辺り、バイクで旅したことがあるんですよ。僕、ガイドブックなんて見ない。地図が好きで、いつもこれだけ持っていくからもうボロボロ……見ます?」
というわけで、脱線しまくりの平野ワイン学校。でもそのおかげで私はどんどん、どんどんイタリアワインとイタリアが好きになった。

血の通ったイタリア料理

2010年、千駄ヶ谷小学校の裏路地に移って、店名が「ヴィネリア ヒラノ」に変わった。
店は前より少しだけ広くなり、大きなガラス窓からはカーテン越しに中の気配がうかがえる。

ドアを開けるとイタリア家庭の玄関のようで、吹き抜けがあり、年代物のキャビネットがある。
「AZ」が隠れ家なら「ヴィネリア ヒラノ」は開かれた個人宅といったところだろうか。めちゃめちゃ入りやすい。

そしていつの頃からか「何杯飲みますか」という台詞は訊かれなくなった。

平野さんの作る料理にイタリアの血が通っている、と感じるのは、彼が料理人志望だったという理由だけでは説明がつかない。
たとえばナポリの焼き菓子、スフォリアテッラの息を呑む美しさ。何がイタリアの肝なのかを掴んで、それを表現するための軸を持っている気がするのだ。
だから糸島のイタリア野菜や玄界灘のクエ、天草の地鶏などを使っても、イタリアの匂いがする。(最近、九州愛が高まっているらしい)

天草大王のハツとささみを、自家製塩レモン(宇土半島産)でマリネして、シチリア産ケッパーとアジアーゴ・ベッキオ(ヴェネト州のチーズ)、天草の塩を振った突き出しは、九州食材版カルネクルーダ・アル・リモーネ(=レモンでマリネした冷製の肉料理)だ。

決まったメニューはなくて、食材やおなかの空き具合を話しながら決めていくことが多い。
この日はピエモンテ好きの私に、「今日はカレーマがありますよ。リゼルヴァよりクラシコのほうがダッシュ力がある」と同州の赤ワインを注いでくれた。パスタを頼むと、「同じワインで煮込んじゃおう」と平野さんは、ラグーソースに仕立てたのである。

包丁でさいの目に切った糸島玄海ポークと、肉厚のショートパスタ「トルティリオーニ」のガシガシ噛んでにじみ出る旨み、ラグーに使った発酵バター「オッチェッリ」の風味も効いて、これはもう合わないはずがない。
と言うと、クックックッ、と子どものように笑うのだった。

仲間が次々と華やかな舞台に立った時代から、店を大きくするわけでも、プロデュースを手がけるでもなく、毎日お店に立ち続けた人。「自分の城をじんわり守るのが好きだから」と彼は言う。
「僕は教えたいのでなく、分かち合いたいんですよ」
ようやく気がついた。この店に通っておよそ16年、全力疾走の愛を、私はずっと分けてもらっていたのだ。
平野さんはいつもハッピーだなぁ、と笑う私もまた、つられてハッピーになっている。愛ある店には、ハッピー以外のなにものも生まれない。

〈メニュー〉
コース(5,000円~応相談)でも、食事なしの一杯でもOK。通常は前菜800円~、プリモ1,400円~、セコンド1,800円~。ワインはグラス600円~、約60種類。すべて税別、コペルトなし、サービス料10%。

vineria HIRANO (ヴィネリア ヒラノ)

住所
〒151-0051 東京都渋谷区千駄ヶ谷2-5-5 ウィルコート1F
電話番号
03-5772-6230
営業時間
18:00~翌1:00、土曜16:00~(不定)
定休日
定休日 日曜・祝日(祝日は事前御予約のみ) 、12月31日および元旦は休み
公式サイト
http://vineriahirano.com/

上記は取材時点での情報です。現在は異なる場合があります。

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森一起
ライター/作詞家/ミュージシャン