わがままを通すことが「食通」だと思うカン違いとネットにすべてを委ねる思考停止について

【連載】正しい店とのつきあい方。  店や街とのつきあい方がわからない人が増えている。初めてなのに常連と同じように扱われないと怒る人や金さえ払えば何でもしてくれると思う人。お客様は神様、などではない。客としてのあり方を街と店に深い考察を持つ江弘毅氏が語る。

2016年04月08日
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わがままを通すことが「食通」だと思うカン違いとネットにすべてを委ねる思考停止について
Summary
1.自らのネット検索リテラシーだけで店やメニューを決めること
2.「美味しい」と「マイレージ特典」はリンクしない
3.アレルギーとわがままでは意味が違う

レストランのホームページを覗くことは楽しい。
料理写真は何枚もアップされていて、フィレ肉にナイフを入れ肉汁が流れる瞬間の動画があったり、上からソースを注ぐシーンなど、グルメ誌よりインパクトがある。
モデルが入った店内写真、シェフのモノクロ写真によるポートレートなどはファッション誌顔負けだ。

長くビジュアル系の雑誌の仕事をしていてわかるのだが、この撮影はテーブルコーディネーターがついてるなとか、この文章はかなりのコピーライターの手練手管だな、とかがわかる。

新しい外食産業系の店など、まるでコンビニやスーパーに並ぶペットボトル飲料水の新製品ばりのグラフィック・デザインだったりすることがあって、それを制作した広告代理店の力量をひしひしと感じることがある。

インターネットの発達と普及は、そういった飲食店側の情報発信のイノベーションを担い、客とのインターフェイスを大きく変貌させてきた。

自分にとって「美味しいもの」は身体そのもの

また飲食店と客の関係性やつながりが大きく変わったのは、そうしたHPから可能になったネット予約だ。
誰もが予約したい日時や人数を▼で選び、食べたいメニューをクリックし、住所、氏名、性別、年齢とメールアドレスや電話番号を入力し、確認のうえ送信すると、即座に「予約を受け付けました。ありがとうございました」とメールが返ってくる。

行きたい店や食べたいものをGoogleで検索し、いろんなHPを訪問して店にネット予約する、というとても簡単なやりかたで、われわれは一気に知らない店とのアクセス可能性を獲得した。

ただ自分のネット検索のリテラシーだけで、行く店や食べるメニューまで決めてしまうのは違うと思う。
自分にとって「美味しいもの」は身体そのものなのだ。
まず店のドアを開ける。そして名前を告げ、案内され席に座る。一歩目から店側とのコミュニケーションが始まり、食べる前から店のそのものの「空気」のなかにまるごと自分の「身体」がねじこまれる。
その店の「合う/合わない」はそういった経験の積み重ねだ。

一義的な目的が「安くて、大人数が入れて、食べ放題飲み放題2時間で、幹事にはポイントが付く」という、旨さよりも便利さ、ある種のお得感が優先される状況ではネット予約もありだろう。
しかし「美味しい」は「マイレージ特典的」なものとはクロスしない。
その店のことを身体的に何も経験していないのに、データベースで突き進んでしまうのはすなわち思考停止だ。

予約する際の「電話」は、店側との時間を共有する生身のやりとりだ。ひとことふたことの会話のやりとりで、「分かる人には分かる」ことが多い。メールにはそのやりとりがない。

店側もネット予約に関しての落とし穴を感じ始めている。
「ネット予約といままでの電話での受付と2系統でやると必ず混乱するから、“メールでの予約は受け付けておりません”にしました」というのは、とある大阪のフレンチの大御所レストランだ。

なんといっても電話予約の利点はあらかじめ客と直にコミュニケーションすることによって、客の情報をキャッチできることだ、とシェフは話す。
予約係は必ず客のアレルギーや苦手な食材を直接聞く。これには客のある種の「消費者的傾向」が強くなったことがあるという。

「このところ変わったお客さんが多くて、魚も貝も鶏もジビエもダメ。わたしは牛肉だけなんです、とか言うような人が増えた」
これに関しては「ほとんど子供の好き嫌い以下ですね」との見解であるが、この人は基本的に複数の魚介と肉類でコースが設定されるフランス料理には向いていない。
「まあ野菜ばかりでコースを組みましたが、何が目的でフレンチを食べに来るんですかね」

アレルギーは仕方がないが、好きな食材のストライクゾーンが狭くて且つ、その自分のわがままを通すことが、何か「グルメ的に良い」と思っている節があるなら、それははなはだしい勘違いだ。

こんなこともあった。

メールで予約してきた一見のカップルが、女性のお誕生日ディナーだった。偶然、その隣も同趣旨の客で、店側は電話予約時にそれを聞きバースデー・ケーキを用意していた。
前者は怒って「せっかくの誕生日なのに…」と食べログに悪口を書いた。
「だからお電話をいただくと、必ず先回りして“何かの特別な記念日とかでしょうか”と訊くのです」とのことだ。

飲食店の商売は理不尽で本当につらい。

「より美味しい」の道の開き方とは?

先日、神戸トアロードにある『神仙閣』に取材がてら食べに行った。
昭和9年(1934)創業の神戸を代表する正統北京料理をルーツとする中国料理店だ。
店舗は7階建てで、総キャパ約1,000人、宴会ルームのキャパが400人という、とてつもないグラン・メゾンである。

中国料理は広東料理や四川料理などいろいろ系統はあるが、宮廷料理と密接な北京料理は、10人ぐらいで円卓を囲みそれが何テーブルも並ぶという宴会料理にふさわしいものだ。

実際この店は、来神した中国要人や華僑の大物の宴会によく使われるほか、「料理が美味しいから」ということで広く地元神戸の人々の結婚式の披露宴によく使われる。

新婦側の家族のひとりが、初めて食べたこの店の料理に感激して、誕生日かなにかで「もう一度」ということで予約を入れようとする。
ネットで検索する。細かいコースメニューが出てくる。が、あいにくこのグラン・メゾンは電話予約のみだ。

総支配人の中島正美さんは言う。
「いちど披露宴などでご利用いただいたお客さまのお名前は覚えています。そのつながりで、と仰っていただければ、そこからこちらはあれこれやりとり出来ます」

こと北京料理系の宴会料理は「満漢全席」とまではいわないが、「鮑参翅(バオサンチー)」つまりアワビ、ナマコ、フカヒレの三大食材ほか、食材や調理法の奥行きといったら、もう想像を絶する。

アワビにするのかフカヒレを食べるのか、フカヒレにしてもスープにするのか姿煮みを所望するのかで、全然その内容が違ってくる(値段も)。

「○×さんのパーティーで、あの時に食べたフカヒレの」で、そこから「より美味しく」の道は開ける。

※コースは6,000円から1,000円刻みであるのがこの店らしい。フカヒレの姿煮込みがメニューに入るのは10,000円のコースから。どうせならそちらで。

※江弘毅さんのスペシャルな記事『いい店にめぐり逢うために知っておきたいこと』はこちら

神仙閣 神戸店 (シンセンカク コウベテン)

住所
〒650-0011 兵庫県神戸市中央区下山手通2-13-1
電話番号
078-331-1263
営業時間
11:00~21:00 (L.O.20:00)
定休日
定休日 無休
ぐるなび
https://r.gnavi.co.jp/k150700/

※本記事に掲載された情報は、取材日時点のものです。
※電話番号、営業時間、定休日、メニュー、価格など店舗情報については変更する場合がございますので、店舗にご確認ください。