渋谷『酒井商会』で出逢う居酒屋の理想形! 飲み手のツボを心得た定番料理が秀逸すぎるカウンター割烹の店

【連載】幸食のすゝめ #074 食べることは大好きだが、美食家とは呼ばれたくない。僕らは街に食に幸せの居場所を探す。身体の一つひとつは、あの時のひと皿、忘れられない友と交わした、大切な一杯でできている。そんな幸食をお薦めしたい。

2018年09月16日
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渋谷『酒井商会』で出逢う居酒屋の理想形! 飲み手のツボを心得た定番料理が秀逸すぎるカウンター割烹の店
Summary
1.フレンチから和へ。渋谷の超人気店『高太郎』で研鑽を積んだ料理人が2018年4月に独立
2.渋谷の喧噪を逃れた店は、大人だけの空間「カウンター割烹」というスタイル
3.人気のアがる揚げ物「みつせ鶏唐揚げ」や「雲仙ハムカツ」に、感嘆の声が沸き立つ

幸食のすゝめ#074、突き抜けた普通には幸いが住む、渋谷

「旬のおいしいお刺身と、おばんざいをいくつか、あとは讃岐メンチカツ的なものも絶対に食べたいんですけど」
テーブル席に座った4人客の先輩らしき男性がテキパキと料理をオーダーする。

たぶん、店主酒井(英彰)さんが渋谷の名店『高太郎』(※1)の出身者であることを知っているのだろう。
「ウチですと、雲仙ハムカツというのをご用意しているんですけど…」
酒井さんの説明が終わらない内に「えーっ、ハムカツ!それ、最高です」と興奮気味の客たち。

既にみんなは、これから繰り広げられる『酒井商会』の時間に心を躍らせている。

「呉豆腐(ごどうふ)です」、客の?顔に応えるように、酒井さんが料理の説明を始める。
「長崎から佐賀のあたりで食べられている郷土料理で、にがりではなく、葛で固めています。本日は、今が旬の金時草のお浸しを添えました。僕の出身が福岡県なので、主に九州の料理や食材を中心にしてお出ししています」。

サーフィンで鍛えられた逞しい肢体と、こどものような無垢な笑顔。大人っぽい空間なのに、初めてではないような安心感があるのは、酒井さんのキャラクターと料理、双方の優しさが店の空間を包み込んでいるからだろう。

中国から長崎に伝わり、焼物の里、佐賀の有田で人気料理になった「呉豆腐」の蕩けるような舌触りと滋味に酔っている内に「造り」の盛り合せが小石原焼(こいしわらやき)の器にのせられて運ばれて来る。思えば、水前寺菜の名前で九州ではポピュラーな金時草も、もともとは東南アジアがルーツ。九州の料理には、どこかに異国の面影がある。

本日の造りは、「アジのなめろう」と「炙りカマス」、「カツオの韮(にら)醤油」の3種が、それぞれのあしらいを施されて器の上に並ぶ。客が醤油をつけるのではなく、すべてに味を付けて出すのは、直感的にそのまま食べられることで食の楽しさを演出するため。そして、その素材を最も引き立てる調味で提供するためだ。

梅を練り込んだ「なめろう」は、自家製の十五夜味噌がアクセント。15日間でできあがる短期熟成の味噌は、爽やかな香気、麹の風味が生きている。カマスの脂を包み込む大根おろしは、細かいおろしと粗い鬼おろしが絶妙の比率で混在する。個性が強いカツオの身には、ニンニクではなく韮。
一つひとつの調理に、素材を知り尽くした繊細な技が光っている。

続いて供されるお椀は、「鱧(はも)と緑竹(りょくちく)の揚出し」。注文毎に骨切りして揚げる鱧と緑竹の揚出しは、みつせ鶏の白湯(パイタン)スープとカツオだしを合わせた特製のスープに抱かれている。
どこまでも優しい味わいの中に、なごり鱧の脂がのった身のうまみが広がり、緑竹の爽やかな歯ざわりと仄(ほの)かな甘みが句読点を打つ。鹿児島県産の緑竹は台湾で多く見られるもので、通常の筍と違い、夏から旬を迎える。

淡白なはしりには梅肉で和えられる鱧も、食欲を増した産卵後、なごりの時期には熟れた香気を放ち、白湯スープの味に負けない。ここでも、素材と季節を知り尽くした和のあしらいの中に、酒井さんならではのひと工夫が光っている。

仏から和へ、進むべき道との出逢い

福岡の大学を卒業後、ワーホリ(ワーキングホリデー)でオーストラリアへ。帰国後、再び渡豪して、現地のフレンチレストランに就職する。

皿洗いからデザート番、前菜の担当を経て、最終的には上から数えて3番目になった。
当時のフレンチはフュージョン化が進んでいた頃で、オーストラリアでも和を含むアジアンテイストが導入され始め、酒井さんは欠かせない存在になっていた。

帰国してからは、神奈川の『三笠会館』で2年間、クラシックなフレンチに従事した。しかし、この頃から独立を熱望、生半可な覚悟では成功できないと考えて、まずは『zetton inc.』(※2)で経営者としての知識を学んだ。5年間、あらゆる業態で経験を積み、時間ができると、いろいろな店を食べ歩いた。そんな日々の中『高太郎』に出逢う。

「とにかく、めちゃくちゃ感動して、こんな大人の空間をいつか自分でも作りたいと思うようになったんです。かつて、あのジョエル・ロブションも感動して取入れたカウンター割烹というスタイル。客の目の前で調理して、接客もする、その所作と味、雰囲気、すべてに圧倒されました」。

善は急げと、すぐに求人の電話をするが、枠はなかった。そこで『高太郎』店主の修業先だった『FAIRGROUND』 (※3)の求人に応募、『並木橋なかむら』に入る。『高太郎』と共に、大人の渋谷を代表する店舗だ。

3年間勤務した頃、すっかり懇意になっていた『高太郎』の店主から「独立前の最後に勉強しないか」と誘われ、憧れの店の技と精神を叩き込む。独立を期した年からちょうど10年、今年の4月、いよいよ自分の城を渋谷に築いた。

明治通りと246(国道246号)に挟まれた三角地帯、新しい出口も完成して活況を呈する渋谷警察署裏にある、目立たない雑居ビルの2階。大人の隠れ家としては、最高のシチュエーションだ。

コンプリートしたい大人の居酒屋の完成

店内では、次々に登場する店の人気メニュー、「みつせ鶏唐揚げ」と「雲仙ハムカツ」に感嘆の声が沸き立っている。

地鶏の滋味とブロイラーの柔らかさの両面を持つみつせ鶏は、手羽先1本をそのまま加工するが、通常のチューリップとは違い、皮が外に来るように成形。手間は圧倒的に増えてしまうが、唐揚げとしての完成度は遥かに高い。パリパリの皮と、ジューシーで柔らかな肉。ナチュラルワインがどんどん進む看板商品だ。そのまま食べても絶品の雲仙産のハムを厚切りにした「雲仙ハムカツ」も、必ずリピートされる逸品。

〆には絶妙のコンビネーションで焼き穴子と昆布、チーズが共鳴し合う「焼穴子サンド」や3種の「五島うどん」。「ぶっかけ明太」と「月見とろろ」の冷やしのほか、九州名物の温かい「ごぼ天肉うどん」も揃う。
おなかに余裕があれば、土鍋ご飯も試したい。いちばん人気は、「ごぼうと揚げ穴子」。穴子は炊き込まず別揚げして上に乗せ、炊き込みご飯と混ぜご飯のいい所だけを活かした箸が止まらない〆だ。

酒井さん自身が大好きで休日に飲んでいたというナチュラルワインの品揃えも、居酒屋の域を軽くオーバー。イタリア料理店での経験も深い、美しきソムリエールがサーヴする。燗酒のセレクトも、申し分ない。

「えーっ、もうこんな時間!?」、カウンターの女性客が時計を見て驚いている。
「お風呂に入ってるみたいに、ふわーっとリラックスしてほしいんです」、酒井さんの言葉通り、この店は寛ぎと優しさに満ちている。

いつ食べても飽きが来ない定番の料理たちを、素材を活かし尽くす独創的な発想と確かな技で卓越した逸品に昇華させる。
何を食べてもおいしい、決して普通ではない当り前の料理たち。


突き抜けた普通には、幸いが住んでいる。

(※1)渋谷の喧噪からかけ離れた桜ヶ丘の裏路地にある、渋谷で最も予約が取れない有名店。店主の林高太郎さんは、池尻大橋の人気和食店『KAN』出身。地元香川県産の食材を中心に提供。名物は、「薫玉ポテトサラダ」と「讃岐メンチカツ」。

(※2)東京と名古屋を中心に全国展開する巨大外食チェーン。業務形態は、カフェ、レストラン、バー、ブライダル、和食と幅広く、海外でも、ハワイ、韓国にも出店している。

(※3)良質な大人の和食を中心に展開する飲食グループ。代表店舗は、酒井さんが在籍した『並木橋なかむら』、『高太郎』の林氏が在籍した『KAN』など。前述の『高太郎』をはじめ、池尻の『おわん』など、独立開業した成功店が多い。


【メニュー】
造り盛り合せ(2人前) 2,200円〜
鱧と緑竹の揚出し 1,500円
みつせ鶏唐揚げ 700円
雲仙ハムカツ 800円
丸茄子の煮おろし 800円
焼穴子サンド 1,500円
五島うどん 700~800円
土鍋ごはん 2,200~2,500円、
グラスワイン 800円~
ボトルワイン 4,000円~
ビール生中 600円 / 生小 400円
サワー類 650円~
日本酒 900円~
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。また、価格はすべて税抜です。

酒井商会

住所
〒150-0002 東京都渋谷区渋谷3-6-18 荻津ビル2階
電話番号
070-4470-7621
営業時間
月~金 16:00〜24:00(L.O.23:00)、土 15:00〜22:00(L.O.21:00)
定休日
日曜
公式サイト
https://sakai-shokai.jp/

上記は取材時点での情報です。現在は異なる場合があります。

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ライター/音楽家/ナレーター
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