幸食のすゝめ#083、旅の記憶には幸いが住む、新橋。
「えーっ、何コレ?口に入れたとたん溶けちゃう」、ミッドナイトブルーのスーツを着た紳士に連れられた、色白のソバージュ女性が甘い嘆声をもらす。
華奢(きゃしゃ)な指には、名物の「芝浦牛にこみ」のシロの串。とろとろに煮込まれたシロは、持ち上げただけで、もう串から外れそうになっている。
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続いて牛ホホ肉を頬張って、また溜め息。
「洋食屋さんのシチューより、絶対こっちの方が好き!」。
味噌ベースでコクのある味、でも、決して甘過ぎず、しつこさは一切ない。毎日、注ぎ足された煮汁には牛の滋味がとめどなく溶け出していて、そのうまみはまさに看板メニューにふさわしい逸品。一流イタリアンにも引けを取らないハチノス(トリッパ)も、噛む程に多幸感に包まれる牛スジも他の2本と甲乙付け難い。
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三者三様ならぬ四者四様の煮込みに夢中になっている内に、どんどんホッピーで割ったキンミヤ焼酎の杯が重なる。
こんな罪な煮込みは、いったいどうやって生まれたんだろう。
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マスターの梅津昭典さんは、以前トラックドライバーだったらしい。その頃、全国の煮込みやもつ焼きを食べ回って研究、理想の煮込みを新橋の地で完成させた。
以前より20kg痩せたというマスターの端正な顔立ちを見ている内に、遠い日の憧憬のように、ある少年の姿が重なった。
「ウルトラマンA」のウルトラ6番目の弟、梅津ダン少年だ。考えてみれば、名字も同じ、そう言えば頂いた名刺にはウルトラマンのマークがあった。
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「子役やってたんですよ、昔ね。最近よく見かける坂上忍くんが弟で、三浦友和さんが兄貴なんて設定のドラマも、やってたりしました」。
千葉県の浦安を舞台にした「貝がらの街」というテレビドラマだろうか、うっすらと覚えている。南佳孝さんが歌う、「潮風通りの噂」という主題歌も印象的だった。
それだけじゃない、マスターは僕が「男はつらいよ」より大好きだった「トラック野郎」のレギュラーでもあった。
故愛川欽也さん扮する憎めない相棒、やもめのジョナサンの次男役だ。すっかりスマートになったマスターの顔には、どことなく少年の日の面影がある。
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ホッピーの酔いに任せて感傷に浸っていると、少しずつ焼き物が運ばれてくる。
もちろん、それだけでもホッピーが進んでしまう美恵子ママ特製のお通し3点盛りも、まだ大切に食べている途中だ。
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真ん中に陣取った定番の出し巻き玉子を中心に、飲んべえには堪らないつまみが日替わりで盛られる。
この店の味と温かい空気感を作り出しているのは、梅津夫妻の包み込むような優しさと、食べ物に注がれる真っ直ぐな視線だ。煮込みや居酒屋が大好きで、年間2,000本ものホッピーを空けるという2人が、長年培った夢と理想をカタチにした酒場。
毎日、予約で一杯になるのは当然の結果だろう。
モツの特質を知り尽くした絶妙な一品メニュー
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大きな塊のままじっくり焼いて、中がうっすらレアの内にスライスし、余熱で火を通す「レバーステーキ」はたくさんのネギが入った塩ダレと、大葉やカイワレを合わせレモンを搾れば箸が止まらない。
芝浦の食肉卸売市場から、まとめて一頭分を仕入れる「牛ハラミのあぶり」は焼肉屋を凌駕(りょうが)する逸品、ワサビを合わせれば無限ループで食べられそうだ。
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シロやハチノスの串焼きも、煮込みとは違うモツのうまさに驚く。現在、最高級のモツを常に仕入れることができるのは、マスターが前職で通えない時期にも、いつも芝浦を訪れては顔を繫いでいたママの努力の成果だという。
バックステージで夫を支える美人ママと、料理上手のウルトラ兄弟。ここは、酒場の1つの理想郷かもしれない。
ファンだからこそ作り得た酒場の理想郷
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マスターは最後のクライマックス、「肉なんこつ焼」に取りかかっている。注文されてから、1本ずつ丁寧に成形して崩れないように網に乗せ、丸く丸く仕上げていく。そのまま食べても、もちろんおいしいが卵黄を合わせると、味は劇的に頂点を極める。チーズを乗せて、バーナーであぶり、チーズの衣を纏ったチーズなんこつも一度食べたら忘れられない。
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ちょっぴり辛い「ポテトサラダ」や「アボカドと海苔」など、サイドメニューの水準の高さにも驚く。
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〆には「だし焼きおにぎり」もあるが、肉のテーマパークさながらのラインナップを平らげて、〆に辿り着くのはかなりの猛者だろう。
今でも、休みの日にはおいしい酒場を求めて、全国へ出かけて行くと言う夫婦。
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藍色の暖簾には、「大衆酒舎」という白抜きの文字と共に、誇り高い店名の文字がある。
その店の名前は…
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