松尾編集長が推薦。2015年最高の「海のパイナップル」

The Best of Dish 2015 2014年11月15日から2015年11月14日までの間で賢人のみなさんと編集部員が食べた料理のなかで最高のひと皿をご紹介します。お馴染みのあの店か?はたまた隠れた名店か?みなさんにとって、2015年はどんな「おいしい」一年でしたか?

2015年12月11日
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松尾編集長が推薦。2015年最高の「海のパイナップル」
Summary
・「海のパイナップル」と呼ばれる珍味
・東京では出逢えない、フレッシュゆえの旨み
・都内にもファンの多い仙台の居酒屋にて

美味しい記憶

こんにちは。こんばんは、かもしれないですね。
dressingで編集長をさせていただいております松尾です。

実は、賢人のみなさんに今年「2015年最高のひと皿」を紹介してくださいと頼んだ張本人は私なのだが、そんなことを言われても困るのは重々承知しています。

私だって、新橋「フィネス」でいただいた丸鶏を何羽も使って旨みを抽出しきったスープがまさにフィネスを感じさせる味わいだったことや、9月にオープンしたばかりの銀座「ビストロ・シンバ」のアミューズで出されたセコガニのスープでいきなりやられたこと、同じくオープン間もない中目黒「CRAFTALE」の地に足の着いたクリエイティビティに感動したことは書きたいし、春に娘とのふたり旅で宮崎に行った時に「一心鮨光洋」で食べた鮨とエリック・カルキュ(既に廃業した幻のワイナリー)のワインとのマリアージュや尾崎牧場の尾崎宗春さんに予約していただいた尾崎牛のホルモンがいただける「燈・みやび」の尾崎牛のタンの塩焼きなどの鮮烈な記憶も捨てがたい。
また、大阪で「Meets Regional」という雑誌の副編集長をしていた頃もっとも頻繁に訪れていた「キュイエール」という店をたたみ、岡山、鹿児島などを渡り歩いたピエール・ガニエール氏の事実上の一番弟子・新屋信幸さんが新たに大阪・上本町で開いた「kyui」でいただいた大根ブイヨン煮の心に染み入る感覚もやはり皆さんに伝えたい(若干伝えておりますが…)。
このあたりを言い出せば本当にキリがない。そして、毎日どこかで美味しいものをいただけていることに感謝している。

そんな中でも、さまざまな意味において感慨深いひと皿があった。
思い出すだけで、あの味が口中に再現され、あの食材に関わった人たちのことを思うと、心が震える。

東北との邂逅

店の名前は「のんびり酒場ニコル」。
仙台にある小さな居酒屋だ。

本籍地が神戸、生まれ育ちは奈良、高校は大阪で大学が京都。最初の就職先は大阪だったし、父親は福岡生まれ、母親は奈良生まれ。
まったくもって西日本コンシャスに生きてきた私にとって、東北なんて転職で横浜に出てくるまでは未知といっていいほどの土地だった。まわりで東北出身者といえば、子供の頃、近所にお店があった呉服屋のおばさん一人くらいだったし、47都道府県すべてに行ったことはあるものの、東北地方はスキー場ダイレクトだけだったということがほとんど。
そんな感じなので、東北には悉く縁がなかった。あの震災までは。

WINE for CHARITY

六本木「祥瑞」のオーナー勝山晋作さんが中心となり、ナチュラルなワインで被災地と繋がるというイベントを行った。2011年7月のことだから震災から4カ月後のことだ。その時から、私は東北の人たちと関わることが急に増えた。
そして、仕事としてはなかなか東北方面には行くことがなかったのだが、彼らと関わるうちにある店の評判を聞いた。東北の食材と日本酒、そしてナチュラルなワインをいい意味でゆるく、穏やかな雰囲気の中で楽しめる店の話だ。

それがこの仙台・大町の「のんびり酒場ニコル」だった。店主・伏谷淳一さんとは何度か顔を合わせていたものの、店を訪れたのは今年の春が初めてだった。

初めて訪れたその店は、まさにのんびりとしていて、私が生まれ育った関西の忙しない空気感とは違いすぎるのだが、イラチな私でも不思議とイライラすることはなく、むしろ癒される空気を持っていた。

そして、何を食べるべきかと伏谷さんに委ねたところ、オススメされたのがホヤ刺しだった。

関西ではほぼ食べる機会がない食材だが、東京に出てきてからは何度も食べている。独特の臭みもあれはアレでありだと思ってもいるが、特別好きと呼べるほどでもない。そんな中途半端な、通ぶった酒好きの肴という程度の認識だった気がする。

しかし、ここで食べたホヤは、私のこれまでのホヤ経験をすべて否定するものになった。一点の曇りもなく旨いのだ。
澄んだ海の香り、穏やかな塩分とじんわりと広がる旨みやかすかな甘み、柑橘を一滴だけ垂らしたような酸味、それらすべてを引き締めるような苦味。いまこの文章を書いているだけでもあの経験が蘇ってくるほど鮮烈だった。

その時、伏谷さんがホヤについていろいろと教えてくれた。ホヤは、五味を持つ数少ない食材で、健全なホヤを食べると口の中ではまさに秒単位で味の変化が楽しめること。けれど、コンディションが悪いとそのバランスが崩れて、ネガティブな味わいが現れるということだった。そして、東京で食べたホヤと味の違いについては、水揚げ後2日ともたないからコンディションが悪いのだという。また、この仙台でさえ採れたてを扱うお店は少なく、本当のホヤの味わいを知る人は実は少なく、ホヤへのネガティブな感情を持っている人は少なくないのだとも。

朝獲れ、4年子のホヤ

伏谷さんは、親族が漁師や牡蠣の養殖をしているということもあり、三陸の海の食材について本当に詳しい。毎朝塩釜の仲卸市場に仕入れに行くのだがこのホヤももちろんその日の朝に収穫したもの。私が食べたのが18時頃だからほんの10時間ほど前まで海にいたホヤということになる。

それにしても立派なホヤだったが、それにも理由がある。ホヤ本来の旬は6月~8月上旬。通常、約3年養殖されたものを食べる。しかし私がいただいたのは「4年子」(現地では養殖するホヤや牡蠣の歳を「1年子」「2年子」と言う)。震災後、漁師さんたちは「3年子」で収穫してすぐに現金化する道を選ばず、より旨いものを世に送り出すために耐え育て、次の春に収穫したわけだ。それゆえ、はしりの時季から爆発的な旨さを感じることができた。実は8月半ば、旬が終わろうとしている時季にも再訪した。この時のホヤは身質に厚みが出てより濃厚な味わいだったが、私は4月にいただいたあのフレッシュなピュアな味わいが記憶から消えない。

震災で宮城県の養殖棚は壊滅的な打撃を受けたが、その震災後、やっと安定して流通できるようになった初めての年が今年だったという。私がいただいた4年もののホヤは、東北の人々の心であり意地が詰まったものだったのかもしれない。漁師のみなさんは震災前、後継ぎがいなくて困っていたそうだが、今では息子たちが率先して跡を継いでいるのだというから当面、三陸のホヤは安泰だろう。来年もまた、はしりの時季にホヤを食べに行きたい。

<写真の料理、上から>
ホヤ刺し
ほっき貝の生からすみ和え
アジフライ(火入れ違い2種)

のんびり酒場ニコル

住所
〒980-0804 宮城県仙台市青葉区大町2-11-1
電話番号
022-263-1628
営業時間
17:00から開店 24:00頃迄営業
定休日
定休日 月曜
ぐるなび
https://r.gnavi.co.jp/29b9bfy00000/
公式サイト
http://nicoru44.exblog.jp/

上記は取材時点での情報です。現在は異なる場合があります。

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小田中雅子
ライター