コルクを抜いてから1年のものも! 信じられない生命力のブルゴーニュワイン

【連載】東京・最先端のワインのはなし verre24  ヴァンナチュール。自然派ワインとも訳されるこのワインは、これまでのスノッブな価値観にとらわれない、体が美味しいと喜ぶワイン。そんなワインを最先端の11人が紹介する。

2016年05月11日
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コルクを抜いてから1年のものも! 信じられない生命力のブルゴーニュワイン
Summary
1.酸化防止剤無添加の完全な自然派だが抜栓後数カ月でも美味しいという生命力
2.2004ヴィンテージは2009年の瓶詰め
3.今後10年寝かせたらバケモノになる予感

白ワインの銘醸地の特別な生産者

ブルゴーニュといえば、ロマネ・コンティに代表される、フランスが世界に誇る銘醸地。その南部に位置するマコネ地区は、その生産量の7割が白というエリア。その中で、『organ』店主・紺野真さんが特に強い思いを持つ生産者がいる。

ジル・エ・カトリーヌ・ヴェルジェ。
ジャン・マリー・ギュファンス氏の「ヴェルジェ」とは特に血縁などの関係になく、ジルとカトリーヌの夫妻が営むワイナリーだ。

Vire Clesse "Le haut de Boulaise" / Gilles et Catherine VERGÉ(ヴィレ・クレッセ "ル・オー・ドゥ・ブーレイズ" /ジル・エ・カトリーヌ・ヴェルジェ)

5haの広さを持つ畑はジュラ紀に形成された粘土石灰質。栽培は月の動きを注意しながらできるだけ自然に任せ、醸造も限りなく自然に近い方法で気長に見守る。樹齢は若いものでも70年オーバー。ジルとカトリーヌの夫婦そろってSO2(=二酸化硫黄:酸化防止剤)アレルギーのため、SO2を全く使用せずセラーに宿す野生酵母だけで発酵させている。

<紺野さん>
かれこれ5~6年前の事ですが、たまたま同じタイミングでパリに来ていた都立大『マルカン』のシェフの遠藤千恵さん(現代表)と一緒に、パリ19区にある老舗ワインバーの『Chapeau Melon(シャポー・ムロン)』に行った時の事です。たまたま賑わっているテーブルにいたオジサンが声をかけてきたんです。
日本から来たという話になったとき「君は本当のナチュラルワインって何か知っているか?」と言われたので、店の棚にあったランジュ・ヴァンを指差し「これがそう」と答えたんです。それから、彼らが座っていたテーブルの上に並んでいたジル・エ・カトリーヌのワインも指差し「これもそう」と答えました。

彼らはその答えをいたく気に入ったのか、僕らをテーブルに招き入れ、明け方近くまでワインを飲み交わしました。最終的には彼らのヴァンに乗り込み、皆で「オー・シャンゼリゼ」を大合唱しながら、ホテルまで送ってもらった思い出があります。
なんと、その時のメンバーが、セレクトショップ『アナトミカ』のカリスマバイヤー、フルニエさんとジル・カトリーヌ夫妻だったんです。

以来、ジル・エ・カトリーヌのワインは追いかけていて、一昨年やっと蔵を訪問し、いろんな話お聞きすることができました。

蔵ではとても深い話しを伺うことができたのですが、中でも印象的だったのが、ジャン・ピエール・ロビノ氏が、ジル・エ・カトリーヌのワインを毎週少しずつ、1カ月かけて飲み、味わいの変化をチェックしているというエピソードです。

ジャン・ピエール・ロビノ氏とは、90年代にパリにナチュラルワインを広めるきっかけを作った伝説的ワインバー『ランジュ・ヴァン』のオーナーです。
その後ワインバーを閉め、ロワールに移住し、同名のワイナリー「ランジュ・ヴァン」を立ち上げ、現在もサンスフル(酸化防止剤無添加)のワインを造り続ける、ナチュラルワインの世界では生き字引とも言える、とても重要な人物です。

実はジャン・ピエール・ロビノ氏とジル・ヴェルジェは、S.A.I.N.S.というサロン(ワイン試飲会)を主催しています。このサロンに参加出来るのはサンスフルの生産者のみという、振り切った団体です。

そんなジャン・ピエールは、サンスフルで作ったジル・エ・カトリーヌのワインが、抜栓後どのように味わいが変化していくのかを観察しているというのです。
「ジャン・ピエールが俺のワインは抜栓して1カ月後の瓶底が一番旨かったってさ!」。とジルは誇らしげにそう話しました。

サンスフルのワインが抜栓、1カ月後、しかも瓶の底に残った部分が一番美味しいって?
その話しを聞いた時は、にわかに信じがたい事と思いました。
それを確かめるために僕もジャン・ピエールを真似て、全く同じ実験をかれこれ10回近くは繰り返しています。
そうして確認出来たのが、ジル・エ・カトリーヌのワインは、抜栓後2~3月くらいは平気でもつという事です。

ここにあるのは、ジル・エ・カトリーヌの2004年物。抜栓したのは今年の正月明けですから、つまり4カ月は経っていますね。しかも葡萄が収穫されたのは12年前。
最近、急激に暑くなってきた日本の気候のせいもあって、このワインは多少ダメージを受けていますが、未だこの生き生きとした感じがあり、信じられない生命力です。
サンスフルのワインは長期熟成には耐えられないという考えを軽く吹き飛ばしてくれるワインです。
むしろ抜栓直後はこのワインは強固すぎて、まだまだ寝かせた方がいいという印象です。抜栓後数日経ってからようやく奥の方から様々な表情が現れて来るんです。

急激な温度変化や月の満ち欠け、気圧の変化などは、こういったナチュラルなワインには大きな影響を与えます。
俗に言う「マメ臭」。これもこういった環境の変化に深く関係していると思いますが、本当に強い葡萄で作られたワインの場合、抜栓後に出てきたマメ臭でさえ、その後また消えてなくなることがあります。
ナチュラルワインを相当飲み込んでいる人なら、経験された事のある現象かと思います。

このジル・エ・カトリーヌのワインも、過去には悪いタイミングで抜栓してしまったのか、開けたてからマメ臭がしていた事がありました。しかし数カ月後には、そのマメ臭は無くなっていました。
本当に彼らのワインの生命力の強さにはびっくりさせられます。

彼らのワインの特徴の一つに、樽を使用しないという点があります。
なぜ樽を否定するかというと、同じ年の同じ畑のブドウで作ったワインを例えば3つの樽に分けて仕込んだ場合、それらを試飲してみると、3樽すべてが違う味に仕上がります。
つまり、その差は樽が付けた味。ピュアなブドウの味わいを表現するのに樽は邪魔だというわけです。

ジュール・ショヴェの教え

ジュール・ショヴェ氏は、自然酵母による発酵と酸化防止剤の使用を必要最低限に抑える醸造により、純粋に果実味とテロワールを表現したワインをつくることを提唱した、自然派開祖的存在です。彼から醸造理論を教わったのが、自然派の父と呼ばれるマルセル・ラピエールと、フィリップ・パカレ、そしてジャック・ネオポールなどと言われています。
現在ではジュール・ショヴェの教えをしっかりと理解し理論的に説明出来る人はほとんどいないと聞いています。
そんな中で、ジル・ヴェルジェはジュール・ショヴェの教えを勉強し、実践している数少ない生産者の一人です。

醸造において一番大切なことは、自然酵母による醸造。
自然酵母の数は畑にもよりますが、プリミエ・クリュ以上になると、空気中に30以上の酵母が存在するそうです。そしてそれぞれの酵母は一度に活性化する訳ではなく、アルコール度数0~1度、1度~5度、5~10度と全部で5ステージに分けられ、それぞれのステージで異なる酵母が活性化しているそうです。
ジュール・ショヴェの教えでは、各ステージで複数の酵母が正常に活性化し、バトンリレーのようにステージを通過していくことが重要で、その過程で、それぞれの酵母が生成した香りや風味がワインに複雑味を与えるのだそうです。

その30ある酵母のなかで、ジル・エ・カトリーヌとフィリップ・パカレが特に重要視しているのがアピキュラ種(アピキュロン種と表記される事もある)です。アピキュラ種はアルコール度1~5度までのステージでしか活性化しない酵母ですが、彼らはこの酵母がワインに特有のアロマを与えると考えています。
なので、このアピキュラ種をいかに長時間活性化させているかが、彼らのワイン醸造のキーポイントになっています。

そこでジル・エ・カトリーヌの場合、樽を使用しないポリシーが、うまくぴたりとはまることになります。
樽を使用すると若干の空気の出入りがあるため、密閉されたタンクに比べて発酵が早く進みます。
ジル・エ・カトリーヌは密閉タンクを使用し、タンクが置かれた部屋を8℃という低温に保ちます。そうすることで発酵は通常よりかなりゆっくりと進みます。
結果、ジル・エ・カトリーヌの場合、アピキュラ種が活性化しているアルコール度数5度までのステージが終了するまでに、半年近くかかると話していました。

これは、常識的にはかなり危険なことをしているのですが、ブドウのポテンシャルを信じているからこそできることです。
この2004年ヴィンテージも、最終的に発酵及び熟成が終わり、瓶詰めされたのが5年後の2009年です。
そんなことをしているから、彼らの収入は安定していないのですが、それでも信念は曲げない。

このワインは、開けたてはとても強固です。あからさまに強い。アルコール感も強いし、ゴマやルッコラを連想させるような香ばしい香りがあります。
けれど口に含むと、とてもフレッシュなんです。グレープフルーツを思わせる軽い苦みを伴った溌剌とした酸があります。同時に南国を連想させるエキゾチックなフルーツ、たとえばマンゴーやドリアンのような香りや、白い色をした花の蜜のような香りも奥に存在しています。
もっと時間が経ってきたら、これらの香りが前面に出てくるような予感があります。酸味とまろやかさ両方を伴ったヨーグルトのような風味も感じます。飲み込んだ後も口内を引き締めるミネラル感は、長い余韻となって、口の中にいつまでも存在しています。
抜栓して数日後、あるいはデキャンタなどをすると、さらに様々な複雑な表情を見せ始めます。きっちりワインに向き合って扱いを知ると、とても面白いワインです。
抜栓せずにもう10年くらい寝かせてみたら、とんでもないワインになっているのではないでしょうか?

ナチュラルワインは、特に酸化防止剤無添加のワインは長期熟成には耐えられないと誤解されている方には、是非とも飲んでもらいたいワインです。もちろん、ナチュラルワインにも様々なスタイルがあって、彼らほど長熟向きのナチュラルワインというのはそうは無いかとは思いますが。

organ (オルガン)

住所
〒167-0053 東京都杉並区西荻南2-19-12
電話番号
03-5941-5388
営業時間
17:00~23:00
定休日
定休日 月曜
ぐるなび
https://r.gnavi.co.jp/dm54p8n40000/

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