地元の客から「邪魔者」と疎まれるような態度でいると、「うまいものにありつけない」ということについて

【店づきあいの倫理学】店は生きものであり「おいしさ」や「楽しさ」は数値化できない。だから顔の見えない他者からの情報「評価」を比較して店や食べるメニューを決めたりすることは無効だ。その店だけの「固有の身体感覚」のようなものがあり、その場その時の「代替不可能な店側/客側のコミュニケーション」が、その店の真価を決定づけている。「店と客の関係性」をもとに「よりおいしく食べるための店づきあい」の方法とは?

2017年08月24日
カテゴリ
コラム
  • 食文化
  • 連載
  • 食事マナー
  • 大阪
  • プレミアム記事
地元の客から「邪魔者」と疎まれるような態度でいると、「うまいものにありつけない」ということについて
Summary
1.日常的な食べ物屋が多い街場は、下町的なコミュニティの上に地元民のための店がある
2.旧い店は、消費情報として抽出されてメディアに流通することをいやがる
3.「地元の店」の空気を見抜いて、扉を開け、その店のローカルルールを即座に読み解くことがゴキゲンへの近道だ

「地元民のための」店について。
居酒屋や蕎麦屋、本来の鮨屋、京都や大阪ではうどんや串カツやお好み焼きといった、日常的な食べ物屋が多い街場は、下町的なコミュニティの上に「食べること」が乗っかっている。

客の大半が、その町を生活の場とする住民や、その街に仕事場があったりする人で、それぞれの店に行くことはまさに「生活」そのものだったりする。

映画『男はつらいよ』に出てくる街のシーンが象徴するように、飲食店はその土地そのもので、『とらや』は葛飾柴又の微分型である。
だから寅さんに会いに来るよそからの「お客さん」と、タコ社長や住職さんとはまったく「違う客」として明確に分離される。

その店とその街の人々の相互嵌入のような関わり合いについて

長くそのような街場の雑誌づくりや記事書きをしていて思うのは、それらの「店情報」が消費にアクセスするだけの「グルメ情報」とは、根本的に違うということだ。

高級な鮨屋であれ安いうどん屋であれ、京都や大阪に多い旧い店は、消費情報として抽出されてメディアに流通することをいやがる(いわゆる「取材お断り」)ことが多い。
そんな時は、その店の客であるライターを探したり、馴染み客の知人についていってもらったりして何とか取材をお願いするのが常套だが、読者にとって消費対象であるメニューの写真が載ったり、書かれた記事にその値段や店の住所といったデータが添えられているが、基本的にその店とその街の人々の相互嵌入のような関わり合いが書かれることになる。

この記事にはまだ続きがあります

今すぐ続きを読む

プレミアム記事をすべて読むには、ぐるなびプレミアム会員登録が必要です

関連記事

身体的経験もなく無自覚に情報だけで店を選んでいるだけの客は実は店からもその「程度」を見抜かれている

【店づきあいの倫理学】店は生きものであり「おいしさ」や「楽しさ」は数値化できない。だから顔の見えない他者からの情報「評価」を比較して店や食べるメニューを決めたりすることは無効だ。その店だけの「固有の身体感覚」のようなものがあり、その場その時の「代替不可能な店側/客側のコミュニケーション」が、その店の真価を決定づけている。「店と客の関係性」をもとに「よりおいしく食べるための店づきあい」の方法とは?

店で何をどう食べるかまで情報に操られている、あまりにもショボすぎる日本の「子ども」なオトナのこと

【店づきあいの倫理学】店は生きものであり「おいしさ」や「楽しさ」は数値化できない。だから顔の見えない他者からの情報「評価」を比較して店や食べるメニューを決めたりすることは無効だ。その店だけの「固有の身体感覚」のようなものがあり、その場その時の「代替不可能な店側/客側のコミュニケーション」が、その店の真価を決定づけている。「店と客の関係性」をもとに「よりおいしく食べるための店づきあい」の方法とは?

店から「人間として小さい」と思われる客にならないための「客力」の鍛え方
店から「人間として小さい」と思われる客にならないための「客力」の鍛え方

【連載】正しい店とのつきあい方。  店や街とのつきあい方がわからない人が増えている。初めてなのに常連と同じように扱われないと怒る人や金さえ払えば何でもしてくれると思う人。お客様は神様、などではない。客としてのあり方を街と店に深い考察を持つ江弘毅氏が語る。

コンビニやファストフードでエラそうにクレームを入れている客は何様なのか?
コンビニやファストフードでエラそうにクレームを入れている客は何様なのか?

【連載】正しい店とのつきあい方。 店や街とのつきあい方がわからない人が増えている。初めてなのに常連と同じように扱われないと怒る人や金さえ払えば何でもしてくれると思う人。お客様は神様、などではない。客としてのあり方を街と店に深い考察を持つ江弘毅氏が語る。