使っちゃいけない食材は?日本の伝統食「精進料理」について【代表的な精進料理は?どんな時に食べるの?】

日本古来の伝統食は、日本の気候や風土、歴史によって長年育まれてきた大切な食文化です。中でも、暮らしの節目節目にくり返される「行事食」には、日本人のスピリットが凝縮されています。本連載は、日本の伝統食、行事食にスポットを当て、知っておきたい基本知識について、日本料理研究家の柳原尚之さんにお話しいただき、さらに覚えておけば日々の食ライフがランクアップする、日本料理の基本レシピも随時紹介!

2018年12月08日
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使っちゃいけない食材は?日本の伝統食「精進料理」について【代表的な精進料理は?どんな時に食べるの?】
Summary
1.精進料理とは何か? 仏教と精進料理の関係は?
2.代表的な精進料理は? 食べる時期は? 精進料理にまつわる雑学
3.精進料理に欠かせない、本格「精進だし」のレシピを公開

連載第11回:「精進料理」について【日本料理研究家/近茶流嗣家・柳原尚之】

動物性食品を使わない和食「精進料理」がここ数年、再び注目を浴びているようです。精進料理は、宗教的な本来の姿以外に旬の素材を使ったヘルシーな料理として、さらに日本の伝統的な食文化に触れられるので、若い人たちや外国人からも注目が集まっています。京都や奈良を訪れた時にお寺や料亭などで味わう機会も増えていますが、精進料理そのものについては、まだまだ知られていないことが多いのではないでしょうか。

そこで今回は、NHK『きょうの料理』講師でおなじみの「江戸懐石近茶流嗣家(きんさりゅうしか)」・柳原尚之さんにご登場していただき、日本の伝統食文化「精進料理」について解説していただきました。

日本の伝統食文化「精進料理」とは?

精進料理は、和食の一つの分野ですが、仏教の影響を色濃く受けていることが大きな特徴です。「精進」は仏教用語で、美食を戒めて粗食をし、精神修養をするという意味をもちます。それゆえ、仏教の戒律に基づき、動物性の食品を使わず、野菜や穀物などの植物性の食品のみを使って調理されます。

精進料理を食べる目的は、殺生や煩悩への刺激を避けること。宗教により違いはありますが、植物ならすべて使ってよいわけではなく、ネギ、ニンニク、ニラ、ラッキョウ、ノビルなどは「五辛(ごしん)または五葷(ごくん)」と呼ばれ、刺激の強い植物として食することが制限されています。

精進料理は仏教の伝来とともに、中国から日本に伝わりました。奈良・平安時代には比叡山に天台宗、高野山に真言宗が起こり、寺院の正式な食事に精進料理がとり入れられ、形式や作法の原型が生まれたようです。鎌倉時代から室町時代には、仏教が民衆に普及すると同時に、精進料理も全国に伝わりました。現在、日本で作られている精進料理は、鎌倉時代、曹洞宗の道元が示したとされる、食に関する考え方を書いた『典座教訓』などがルーツとされています。

「精進潔斎(しょうじんけっさい)の食(じき)」について

私は奈良・東大寺にて精進料理に向き合った経験があります。長年、精進料理を研究していた祖父(故・柳原敏雄)と父(柳原一成)の縁で、東大寺二月堂の修二会(しゅにえ・お水取り)の期間中、菜(さい)と呼ばれる食事を作る院士(いんじ)職を平成25年から5年にわたって務めたのです。修二会は2月の中頃からはじまる別火(べっか)と3月1日~15日の本行との合計1カ月間、練行衆(れんぎょうしゅう)と呼ばれる僧侶が二月堂本尊である十一面観音様に罪を悔い、平和を祈る行事です。僧侶はこの間、東大寺の肉や魚、五辛を口にしない「精進潔斎(しょうじんけっさい)の食(じき)」を行い、心身を清めます。

修二会で作る食事の基本のパターンは飯と汁に、煮物を盛る「平(ひら)」と和えものなどが入る「坪(つぼ)」と呼ばれる和えもの、そして漬物が添えられます。食事は1日1食、昼食のみです。たった1回と驚くかもしれませんが、おかずの種類が多く、野菜のバリエーションも豊富。炭水化物、タンパク質、ビタミンのバランスがとれた食事です。

院士である私も、精進潔斎をして毎日、調理を続けました。私も練行衆と同じものを食しますが、不思議なことに、精進潔斎に体が慣れると肉や魚への渇望感は感じず、体の調子がよくなりました。目覚めが早く、味覚が鋭敏になり、淡い味付けのものもとてもおいしく感じられました。

長い歴史の中で繰り返し作られてきた料理を、練行衆と共に寝泊まりしながら作り、味わったことは料理人としても得難い貴重な経験でした。

代表的な精進料理は? どんな時に食べるのか?

日本料理の中でも精進料理は格が高く、難しい料理です。精進料理とひと口に言っても、具体的にはどんな料理があるでしょうか。仏教の戒律に基づいて調理され、宗派により、種類や調理法は多岐にわたります。

寺院で伝統的に作られてきた代表的な料理は、練りゴマを葛で練り上げ、固めて作ったゴマ豆腐。甘い味噌をかけた、なすの田楽。鳥のシギに見立てたなすのしぎ焼きや、野菜の天ぷら「精進揚げ」も有名です。

特徴として、豆腐や湯葉、油揚げなどの大豆製品を多用します。良質な植物性たんぱく質をとることで、肉や魚にも劣らない体力がつきます。これらの料理にご飯と豆腐の味噌汁に漬物を合わせれば、立派な精進料理の献立ができます。精進料理で使うだしには、もちろんかつお節を使うことができません。後述する「精進だし」が活躍します。

日本では葬儀や法事などの仏事で、精進料理を食べることが一般的でした。今でも近親者の葬儀の際、四十九日の法要が終わるまで肉や魚を食さない喪に服す地域もあります。喪が明けた日に食べる料理を「精進落とし」といい、その日を区切りに肉や魚を食べてよいとされました。

精進料理の要、「精進だし」とは?

日本料理を作る際、味の要となるのが、だし。昆布、かつお節で作るだしが一般的ですが、精進料理では動物性の食材であるかつお節が使えないため、昆布と干し椎茸を用いた「精進だし」を使います。

修二会で精進料理を作った時に実感したのですが、植物性素材だけで作る精進だしは、かつお節を使っただしと比べると繊細で、うまみの質が違います。精進だしで煮物などを作る場合、塩で味付けする際に「おいしい」と感じる味の幅が狭く、正確に狙いをつけないと、一度で味を決めることが難しいのです。精進料理が日本料理の中でも格が高いとされるのは、素材を見極める能力と、繊細で正確な味付けが求められるからでしょう。

すっきり、繊細な味わいの本格「精進だし」のレシピ

【材料(出来上がり5カップ)】

・昆布(羅臼昆布)30cm(15cm×2本)
・干し椎茸(大) 6個
・水 6カップ

【作り方】

① 鍋に水を入れ、さっと洗った羅臼昆布と干し椎茸を鍋に入れて一晩浸ける。

② ①を浸け汁ごと中火にかけ、アクが出てきたらていねいにすくい取る。

③ 沸騰直前に火を止め漉す。


家庭でも作ることができますから、一度試してみてはいかがでしょうか。精進だしを使う場合、いつもよりほんの少し塩を強めに。味噌汁を作る時には、味噌を少し多めに使うことがポイントです。季節の野菜をたっぷり使って、旬の繊細な味わいを楽しんでください。


※写真はイメージです
写真提供元(一部):PIXTA
編集協力:糸田麻里子(フードライター/エディター)