超ロングセラーの絶品ランチ「炭籠弁当」は旬がどっさり! 明治時代から愛される日本料理店『とゝや魚新』

【連載】老舗の当主が明かす「老舗が愛され続ける、隠れざるヒミツ」。老舗を守り続ける当主にインタビューを敢行し、「老舗の逸品」「老舗のおもてなし」にスポットを当てる。
♯7『魚新』

2018年10月02日
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超ロングセラーの絶品ランチ「炭籠弁当」は旬がどっさり! 明治時代から愛される日本料理店『とゝや魚新』
Summary
1.老舗『魚新』の歴史を知ればそのおいしさが分かる!
2.東京・丸ビルへの出店を転機に商業施設にも出店しブランド力を高める
3.コンセプトは「10,000円でおつりがくる天ぷら店」。ニッチな業界でオンリーワンを目指す

明治23年創業の鮮魚店。名店出身の料理長を迎え、日本料理と天ぷらの店を展開

かつて花街として栄えた赤坂の地に、1890(明治23)年より店を構える『魚新』。鮮魚店としてスタートし、その後、花柳界の料亭への仕出し屋を経て、1980(昭和55)年、六本木に『天ぷら魚新』を開業。同年、仕出し屋を改め、日本料理店『赤坂とゝや魚新』として新たなスタートをきる。

現在は、『赤坂とゝや魚新』に加え、『天ぷら魚新』3店舗を都内に展開する。4代目当主の四分一誠氏に、店の変遷や味づくりについてお話しいただいた。

▲四分一 誠 (しぶいち まこと)
1972年生まれ。四分一家の長男として生まれ、姉と弟がいる。高校卒業後、赤坂『ザ・キャピトルホテル 東急』にてサービスを担当。家業のグループ店舗のバーの立ち上げから4年ほど携わった後、『とゝや魚新』『天ぷら魚新』のマネジメントに携わる。15年ほど前に代表取締役に就任

――鮮魚店からスタートして、現在は天ぷら店と日本料理店を経営されています。どういった経緯で業態を変えてこられたのでしょうか。

四分一:「私の曽祖父が、赤坂で鮮魚店『魚新』を始めたのが1890(明治23)年。その後、1935(昭和10)年から、店頭での鮮魚販売に加えて界隈の花柳界の料亭への仕出しを始め、1970(昭和45)年には、仕出し・出張料理業を専門に扱うようになったそうです。私が幼い頃は、店の裏に自宅があり、上の階は板前さんたちの寮になっていて、料亭に配達に行くのをよく見ていました」

四分一:「料理屋を始めたのは、父の代です。父は20代前半で結婚し、若くして家業を継いでいるのですが、新婚旅行から戻るとすぐに祖父から『今日からお前が社長だ』と告げられ、祖父はそのままパタッと隠居してしまったそうです。それもあって、いずれ自分で何か違う事業をやりたいと考えていたのではないでしょうか」

四分一:「当時、仕出し屋には天ぷらの老舗『天一』で修業した職人が若手の育成にあたっていまして、料理人も育っていたので実現できる環境も揃っていたのだと思います。そうした経緯で立ち上げたのが、六本木の『天ぷら魚新』です。また、母の弟(叔父)が料理人で、京都の懐石料理店『たん熊北店』で修業して帰ってきたこともあって、彼を料理長として迎え、仕出し屋を改装して新たに『とゝや魚新』を開くことになりました」

▲1980年、『とゝや魚新』開業時の貴重な写真


四分一:「『たん熊北店』は、カウンター割烹のスタイルで繊細な京料理を出すことで有名な店でしたから、『とゝや魚新』も、板前割烹的な店づくりでスタートして、その後叔父が色々と勉強しながら現在の形を作りあげてきました。店舗自体も1993(平成5)年に建て替えており、工事の間はもう少し溜池山王寄りの場所に仮店舗を借りて営業していました。建て替えが終わり『とゝや魚新』が現在の場所に戻った後は、父が居酒屋的な店として仮店舗の跡地に『御茶屋 二丁目 魚新』を立ち上げ、しばらくはこの3店舗体制が続きました」

――その後、東京の丸ビルへ出店されたのですね。

四分一:「この頃から私が経営に携わるようになり、2002(平成14)年に、『魚新 丸ビル店』をオープン。その2年後には、日本橋の『コレド日本橋』からも出店依頼がありました。ちょうど六本木の『天ぷら魚新』の店舗の老朽化が気になっていたので、思いきって店を閉め、『日本橋コレド』に移転というかたちでオープンしました。六本木では長く商売をさせていただいたこともあり、当時の料理長に顧客もついていましたので、彼に店を任せるかたちで2007(平成19)年に立ち上げたのが『西麻布 天ぷら魚新』。その後、2017(平成29)年に恵比寿店を出店しています」

▲『赤坂 とゝや魚新』の夜のコースより、「松茸の土瓶蒸し」。焼いたハモの骨でとっただしと、かつおだしを合わせて香り高い

元鮮魚店の強みを生かした魚料理が自慢。仕出し屋時代からのおせちも人気

――『とゝや魚新』は、鮮魚店時代からの仕入れの強みを生かした魚料理が評判ですね。

四分一:「叔父は京料理を学んできたので、当時東京ではまだ珍しかったハモなど、東京ではあまり見られない料理を取り入れて、独自に進化させてきました。現在も、仕入れはほぼ築地から。いい素材を使っているので、必要以上に手をかけず、素材の持ち味を生かすことを大事にしています。6年前に就任した料理長は、そうしたスタイルを理解してやってくれているので、料理の内容はほとんどお任せしています」

▲『赤坂 とゝや魚新』では、日本酒は常時15品ほどを揃える


四分一:「また、お酒は私の妻が担当していて、『新政』『九平次』『十四代』など有名な日本酒はおさえたうえで、季節ごとに個性のある品揃えにしています。夜のコースは10,000円と12,000円、おまかせ15,000円(税別)。このコースの価格は30年以上変えていないですね。近年は、最後のお食事を召し上がらないお客さまも増えたので、6年前からはお食事とデザートが付かない「酒肴コース」を8,000円でお出ししており、お酒を召し上がる方に好評です。それから、仕出しを始めた頃から毎年作り続けているおせち料理も、自慢の一品です。すべて手づくりの品々を仕切りのないお重にぎっしり詰めるので、『お酒のつまみが充実している』とご好評いただいています」

▲『赤坂 とゝや魚新』で、とくに女性に人気の高い『炭籠弁当』(税別2,500円)


四分一:「一方、お昼の人気メニューは『炭籠弁当』。創業以来、ずっと続けているロングセラーで、季節のご飯に魚介の焼き物、旬野菜の煮物、佃煮やお浸しなど15品ほどを盛り込んでいます。今日の内容で言えば、じゃこ飯にスズキの翁焼き、トウガンや南瓜の煮物、トウモロコシのしんじょう、トマトの赤ワイン煮、穴子のけんちん蒸しなど、旬の食材を使って季節感あふれる内容に仕立てています。ランチは他に、焼き魚の定食(税別1,800円)が常時6~8品ほどあり、こちらはビジネスランチにもご利用いただいています」

▲「のどぐろの塩焼き」は夜のコースの1品として。アラカルトでも注文可

料理修業なしで継いだ家業。東京・丸ビルへの出店で飲食店経営の面白さに開眼

――四分一さんは、家業を継ぐことに対してどんなふうに考えていたのでしょうか。

四分一:「父には、昔から家業を継げとは言われておらず、自分自身もいずれ継ぐんだという自覚はあまりなかったですね。最初にバーを手伝うようになったのも偶然で、父がバーテンダーを探していたところに、行きつけのバーのマスターが私のバー通いを知り、『息子にやらせればいいじゃないか』とアドバイスしたのがきっかけでした。最初はホテルとバーの仕事を兼任しながら、だんだんと父の仕事を手伝うようになっていきました」

四分一:「転機となったのは、丸ビルの出店依頼が来たこと。商業施設で商売をしようとは思ってもいなかったので迷いましたが、『面白そうだな』と初めて興味が沸いたんです。父がかつて天ぷら店を立ち上げたように、自分も何か父とは違うことをやってみたい、という思いがあったのかもしれません。最初は上層階に『とゝや魚新』をそのまま持っていく、という話だったのですが、最終的には本店も営業を続けたまま、低層階のカジュアル業態として出店しました。こちらの商業施設の店舗を経験したことで、自分が本当にやりたいことが見えるようになりましたね」

――これまでの歴史の中で、困難や危機などはありましたか?

四分一:「バブル崩壊後、赤坂も料亭がどんどんなくなって、接待も減って、割烹が全体的に厳しい時代はありましたね。天ぷら屋に関しては、日本橋はビジネス街で昼間の人口も多くいい環境なのですが、リーマンショックの直後は、証券会社の街ですから本当に無残なものでした。お客様の中にも、がくっと肩を落として『食欲がなくて食べられません』という人もいらっしゃいました。また、東日本大震災の直後は、日本中が倹約モードというか、外であまりお金を使っちゃいけないような雰囲気がありましたよね。そうした経緯もあって、『天ぷら魚新』では夜のメニューの構成を変えて、以前よりもリーズナブルに利用できるようにしたところ、お客様の反応もよくなりました。そのあたりから、天ぷら店の中堅どころというか、めざすべきスタイルが見えてきたように思います」

――時代に応じて進化させてきたのが、現在の『天ぷら魚新』なのですね

四分一:「天ぷら業態は、客単価20,000円を超すような高級店か、天丼屋さんのような安価な店に2極化していて、その中間の層があまりないんですよね。せっかく天ぷら店をやっているなら、いい形で残していきたいと思うので、きちんとした天ぷらを10,000円以下で楽しめる店をつくれないかと考えました。普通の食事としては少し高いけれど、天ぷら店と考えるとコストパフォーマンスがいい。それがいまの店づくりの主軸になっています」

本質を見極めながら、必要に応じてマイナーチェンジを繰り返す

――今後の展望をお聞かせください

四分一: 「最近は時代の移り変わるスピードが早くて、便利だと思う反面、すごくストレスも増えたと感じています。だからこそ、そういう時代の大きな流れとは関係なく、きちんと季節感のある日本らしい料理を残していきたいと思っています。若い頃はまだ何もわかっていなかったので、新しいこと、違うことをやりたいと考えていましたが、今はそうした時期を過ぎて、古いものをいかに残しながら、時代に合わせてどうマイナーチェンジしていくかを考えています」

【メニュー】
<ランチ>
焼魚定食 1,800円
炭籠弁当 2,500円
松花堂弁当 3,800円
コース 5,000円~
<ディナー>
喰い切りコース 竹 10,000円
喰い切りコース らん 12,000円
酒肴コース 8,000円
日本酒(1合) 900円~
※その他、アラカルトあり
※価格は税抜

赤坂 とゝや魚新

住所
〒107-0052 東京都港区赤坂5-1-34
電話番号
050-3466-8053
営業時間
11:30~14:00(L.O.)、17:30~21:30(L.O.)
定休日
日曜・祝日
ぐるなび
https://r.gnavi.co.jp/a907200/
公式サイト
http://www.uoshin.ne.jp/

上記は取材時点での情報です。現在は異なる場合があります。

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柳原尚之
江戸懐石近茶流嗣家(きんさりゅうしか)/「柳原料理教室」副主宰