料理の値段がわからない店ではどう振る舞うべきか?【店遣いの賢人に訊いた正しい店での楽しみ方】

【店づきあいの倫理学】店は生きものであり「おいしさ」や「楽しさ」は数値化できない。だから顔の見えない他者からの情報「評価」を比較して店や食べるメニューを決めたりすることは無効だ。その店だけの「固有の身体感覚」のようなものがあり、その場その時の「代替不可能な店側/客側のコミュニケーション」が、その店の真価を決定づけている。「店と客の関係性」をもとに「よりおいしく食べるための店づきあい」の方法とは?

2017年01月25日
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料理の値段がわからない店ではどう振る舞うべきか?【店遣いの賢人に訊いた正しい店での楽しみ方】
Summary
1.そろそろ創業100年を迎える神戸の老舗おでん屋と大阪のお好み焼き屋での話
2.値段の書かれていないメニューを頼むときに注意すべきことは何か?
3.いかにして、その店の空気の中にあるルールを読み取るか?

値段が書いてある店、ない店

以前ちょっとだけ書いたことがある、わたしが30年通っているおでん屋について。

そのおでん屋はそろそろ創業100年、もともと神社の境内にあった屋台の店がルーツである。
銅に錫をひいてある旧式のおでん鍋は燗胴壺つきで、その燗酒を飲みながら食べるおでんはこの季節最高だ。

この店のおでんは「おしながき代一五〇円/とうふ、こんにゃく、玉子、ちくわ」から始まり、すべてのメニューが値段表記されている。
そのおでんメニューはカウンター随所に置かれていて、客は「えーと、何を食べようかな」と見て注文したりする。

加えてこの店は「おでん以外のアテ」がすこぶるおいしい店だ。

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須永久美
ライター